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心を奪いたい男、胃袋をつかみたい女  作者: ぽてとこ
胃袋をつかみたい女
3/6

前編

夏南視点です。

人を好きになるということが、こんなに嬉しさをもたらすものとは知らなかった。

恋愛と縁遠かった自分が初めて付き合うことになった上司、君島堅一きみじまけんいちは、始まり方こそ人に言えるようなエピソードではないが、自分をとても大切にしてくれている。夏南のペースに合わせ、夏南のしてほしいことを一緒にし、楽しんでくれている、と思う。

そんな堅一に、何か返せないだろうかと言うことが、遠藤夏南えんどうかなの最近の悩みごとだった。




「夏南、彼氏でもできた?」

「ばふぁっ!」


飲んでいた水が気管に入ったのか、盛大にむせる。


「ちょっと大丈夫?あー正面にいなくてよかった」


夏南を心配しているようで、自分のことを一番心配しているのは花岡真子はなおかまこ、夏南の同期の1人である。

今日は一緒に、ランチに来ていた。


「花ちゃん?急に何言うの!」

「だってあんた、最近変わったもん。何て言うか、雰囲気?だから彼氏でもできたかなーって」


どうなのよと詰め寄られて、夏南はとっさに何も言えなくなる。

こういうとき、どうかわしていいか分からない。

ただでさえ相手は、勘の鋭い真子なのだ。


「お・・・お察しの通りです・・・」

「あーやっぱり。で、相手は?いつから?どっちから?あ、そりゃ相手よね」

「う・・・」


答えに詰まる。

絶対に隠しておこうと決めたわけではないが、夏南が勝手にばらして堅一に迷惑がかかったら困る。


「相手に関しては、ノーコメントでお願いします・・・」


絶対に突っ込まれると思ったが、意外にも真子は「ふうん」の一言でスルーし、注文していたランチセットを受け取って食べ始める。

夏南が注文していたメンチカツセットも来た。サクサクの衣がおいしそうだ。


「いつから?」

「先月の中頃」

「あら、私としたことが1ヶ月以上も放置してたなんて」


そういう真子の声は少し悔しそうだ。


「何て言って告白されたの?」

「あー・・・うー・・・」

「なんだ、お前らもこの店だったのか」


答えに窮する質問に返答できずに声をかけてきたのは、森田雄輔もりたゆうすけだった。


「森田、1人ならこっち来なよ。面白い話が聞けるから」

「お、何?」


森田はさっさと夏南の隣に座る。夏南は2人に挟まれる形になった。


「夏南に彼氏できたって」

「ちょっと花ちゃん!」

「何!?うわー先越されたー!」


森田は会社の先輩にずっと片想いしている。

それは本人から暴露済みで、夏南と真子は「だから協力しろ」と無理難題を要求されている。


「どこの誰だよ?」

「それがねぇ、ノーコメントなんだって」

「・・・ふうん」

「2人して同じ反応って、なんか怖いんですけど」

「まあまあ。相談とかあったら話聞いてあげるからさー」

「相談・・・」


夏南が食べる手を止める。


「お、その様子じゃああるな。何?お姉さんに言ってごらん?」

「お前、絶対楽しんでるだろ」


森田は的確に真子の心情を言い当てる。


「あのね、何ていうかね、私ばっかりもらってばっかりだなぁって・・・」

「何?貢がせてるの?」

「違うよ!そうじゃなくて!・・・甘えてばっかりっていうか。向こうが年上ってこともあるんだろうけど、全部私に合わせてくれてるんだよね。たまには、何か、相手に返すことができないかなって」

「はー幸せな悩みだねー」


真子はわざとらしくため息をついて見せた。


「プレゼントとかは?」

「それは・・・誕生日とかにとっておきたい・・・」

「それもそうだね。んー。森田、男の意見は?」


いつの間に注文していたのか、唐揚げ定食を食べている森田に話を振る。


「最近付き合い始めたんだろ?彼女が何してもうれしいんじゃねぇの?」

「参考にならない!もう少し具体的には?」


何故か真子の方が熱心に聞き出してくれている。


「そうだなー・・・してもらってうれしいことを返す、とかは?」

「ああなるほど。そういう手もあるか。夏南、どう?何かない?」

「おいしいご飯作ってくれる」


夏南の答えに、両脇の2人は「だよね」と即答する。


「え、何で分かるの?」

「夏南落とすのに、料理は不可欠でしょ」

「遠藤を落とすほどの料理上手な男か。会ってみたいもんだ」

「とりあえず、相手の好物でも聞いてみれば?さりげなく」

「うん、そうする」


これ以降、同期3人で、夏南の恋愛相談会を時折開くことになったのだ。




10月に入ったある金曜日。

今日も3人は、ランチに来ている。


「花ちゃーん!どうしよう!好きな物、お寿司だって!」

「寿司ぃ!そりゃまたハードルが高いな・・・」


先日、堅一に聞いた成果を報告する夏南に、真子は頭を悩ませた。


「なんかこう、もっと手作りって感じの物聞いてこれなかったの?」

「私の腕では、これが精いっぱいでした・・・」

「寿司ねぇ・・・寿司なんて、弟子入りして年単位の修行が必要じゃない?」

「そうだよね・・・」


それは夏南も考えたことだ。どうしたらいいだろうか。


「あ、そうだ!手巻き寿司は?」

「あんまり手料理って感じがしないかなって」

「確かにねー」


それまで黙っていた森田が、口を開いた。


「ちらし寿司は?」

「ちらし寿司?」

「そう。具とか飾りによっては結構華やかだろ。俺が通ってる料理教室で、ちょうど今日やるんだよ。来る?」

「え、そんなに突然で行けるの?」

「体験教室ってことにすれば大丈夫。連絡してこようか?」


森田に後光が差して見える。夏南はつい、祈りをささげてしまった。


「森田様・・・!」

「おー森田、すごいじゃん。じゃあ、そこでしっかり学んでおいで」

「あ・・・でも今夜、デートの予定だった・・・」


堅一との約束を思い出す。今日は一緒にご飯を食べようと言っていたのだ。


「そうか。じゃあ俺が学んできたことをレクチャーしようか?」

「でも・・・私、あまり料理できないから、自分でちゃんと先生に習った方がいいかも。うん、今日のデートは、うまく断るよ」

「大丈夫?あんた、嘘とか苦手でしょ?」

「う・・・頑張る・・・」


その場でスマホを取り出し、うんうん悩みながらメールを打つ夏南を、2人はほほえましく見守るのだった。




終業後、森田のもとに慌てて行き、一緒に料理教室に連れて行ってもらった。

4人一組でちらし寿司を作ったのだが、教え方がうまいのか、とてもいい出来だった。


(これなら、主任も喜んでくれるに違いない!)


あまりの出来に、夏南は興奮した。

まずはこれを、1人で作れるようにならなくては。


明日は友人の結婚式で、作ることができない。

リゾート地での結婚式のため、小旅行気分で1泊2日にしたのだが、少し早めに帰り、ちらし寿司を作ることにしよう。


友人の結婚式は、とても素敵なものだった。

夏南は、結婚式というものに初めて参列したが、友人の幸せそうな笑顔に、思わず涙ぐんでしまった。


(好きな人と一緒にいて、それをみんながお祝いしてくれるって、いいなぁ・・・)


堅一の顔が浮かぶ。

自分たちもそんな風になれるだろうかと考え、1人先走っていることに赤面する。


(とにかくちらし寿司!そこからだよね!)


決意を新たに、夏南は自宅に帰ってきた。


そしてもらったレシピを見ながら作ってみたのだが。


「あれ・・・?なんかうまくいかない・・・」


見た目は、悪くない。

けれど、よくもない。

やはり料理教室の時は、夏南以外の3人がうまく作ってくれたのだろう。


「う・・・これは・・・かなり練習が必要かも・・・」


落ち込みつつ、もったいないので作った分はきちんと食べることにした。




翌日の月曜日は、仕事が立て込んでいて、夏南も残業をした。ほとんどのメンバーが残っており、堅一も一緒だったので、夏南は少し嬉しかった。

火曜日は、堅一が会議の日だ。夏南は定時すぐに上がり、またちらし寿司を作った。

この間よりはうまくできたが、まだ食べてもらいたいと思えるレベルにならない。


早く堅一に会って、食べてほしいのに。

結婚式がすごく素敵だったという話もしたい。写真も見てほしい。

でも、中途半端なことはしたくない。


「ううううううう」


何がいけないのだろうかと悩みながら、自分で作ったちらし寿司を平らげた。




「どう?夏南。ちらし寿司、うまく行きそう?」


翌日の水曜日。

恒例になってきた同期3人でのランチで、真子が聞いてきた。


「それが・・・うまくいかなくて・・・」

「そうなの?意外と難しいのかな。ちらし寿司。市販の素使ってしか作ったことないけど」

「そこまで複雑ではなかったけどな。1つ1つの具材を用意しておくのは、結構手間か」


一緒に習ってきた森田は簡単そうに言うが、それは森田が料理教室に通って結構経つからだろう。

例の先輩が、バリバリのキャリアウーマンで、「理想の男性は家事がしっかりできる人」と言っているのを聞いてから習い始めたらしい。


「どうしよう・・・今日デートなんだよぅ・・・」

「いいじゃん別に。それはそれとして楽しんでくれば」

「でも私、隠し事とか絶対顔に出るし・・・。おいしい手作り料理食べたら、習ったちらし寿司全部忘れちゃう・・・」


夏南はあまり器用なたちではない。2つのことを同時にこなせないのだ。


「・・・やっぱり今日も断ろう」

「大丈夫?そんなに断ったりして」

「・・・大丈夫、だと思う・・・」


本当は会いたかった。

ずっと2人で会っていない気がする。

顔だけは、会社で見てはいるが。

スマホを取り出し、沈んだ顔でメールを打つ夏南を、2人は心配そうに見守っていた。


『件名:ごめんなさい

 本文:しばらく、一緒にご飯できないです。

    ごめんなさい。       夏南』


結局、こんなメールを送り、その日も早く帰ってちらし寿司作りにいそしんだ。

1人で作るようになって、もう3回目。

それでも。


「なんか違うんだよなぁ・・・」


自分で食べながら考える。

次第に、正解の味が分からなくなってきた。

これはおいしいのだろうか。おいしくないのだろうか。

1人で作ることに限界を感じていると、スマホがメールの受信を知らせた。

堅一からである。


『次の土日、予定はどうだ?会えそうかな?』


会いたい。

会って話したい。

堅一のおいしい料理が食べたい。

手を繋ぎたい。

ぎゅっと抱き締めてほしい。

でも。


『ごめんなさい。土日もちょっと予定が立て込んでて・・・なかなか時間を作れなくてすみません。もう少しだけ待ってください』


まだ、だめだ。


そのまま、新規メールを作成する。宛先は同期の2人だ。


『件名:助けて!

 本文:ちらし寿司作りがうまくいきません。2人とも、次の週末空いてない?食べに来てくれないかな?』

「予定が合うといいんだけど・・・」


そう1人でつぶやきながら、ネットで『おいしいちらし寿司の作り方』を検索し、いろいろな情報をかき集めるうちに、夜中になってしまった。

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