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オカルト話

作者: 未一亜末

『オカルト』

 目には見えない、超常現象的事象。言葉では説明できない、摩訶不思議な出来事。時に神秘的で、時には陳腐で、バカバカしいことなのに崇拝される。そんな非現実な現実。実際に起きているかも証明できないのに、何だかとても凄いこと。

 あくまで一例で身近なオカルトを挙げるとするなら、『験担ぎ』が最も分かりやすい例えだと僕は思う。

 靴を履く時は右足から、扉は利き手とは逆で開ける、サンダルで出掛ければ勝負に勝つ、などなど。験を担ぐと不思議に一日が上手くいきそうな気がする。人によっては上手くいったからこそ験を担ぐ。そうそう、前々から疑問に思っていたけれど、よく受験シーズンになるとトンカツ系が食卓に並ぶCMをよく見かけるけど……よくよく考えてみて「カツを食べて受験に勝つ」とはどういった情報であり、心理的にはどういった状態なのか。そもそも受験とは勝ち負けの問題なのか。と僕は受験シーズンになると考えていた。

 自分の望んだ志望校に受かった場合、入試に『受かる』とはいっても入試に『勝つ』とはほとんどの場合言わない。僕も言わない。逆に入試に『落ちる』とはいっても入試に『負ける』とはほとんどの場合言わない。やっぱり僕も言わない。

 そこにあるのはやはり、食べ物から得る精神的な何か、ここでは『験』であり、験とは目には見えない現存しないもの……つまり『オカルト』だと呼べる。ここでまた一つの例を挙げよう。同じだけの勉強と理解力を持った受験生が二人いて、一人は験担ぎをして入試に挑んだものの、落ちてしまった……。一人は験担ぎもしないで入試に挑んだら、受かってしまった…………。じゃあそもそもだよ? 『験』なんてものは存在しないじゃん。って、落ちた人は思うじゃないかな。つまるところ、『験を担ぐ』という言葉の発祥は、偶然が重なって起きた強運の持ち主がある特定の行動なり何なりをした結果、それにあやかりたい人たちが『崇拝』し『昇華』された結果が験担ぎなんていう言葉のオカルトを生み出したのではないかなと。

 言葉ない言葉であえて表現しまえば、喜びの保険を打っておきたいのかも。何か行動した時に発生した失敗は『○○のせいだ。××をしなかったから』と言いやすく言い訳するために。自分の責任ではなくて『オカルト』という目には見えないものの責任にしやすくするために。

 結論。『験』なんていうオカルトはこの世に存在しない。キュー・イー・ディー。だっけ?

ここまで言えば察してもらえると思うけど、僕たちがしていることは、自分たちの目には見えない超常的事柄に対して、あれこれ難癖付けて、因縁付けて、オカルトを信じている人たちの夢をぶち壊す話し合いを日々している。綺麗に言いかえれば現実を見せてあげている。

 そしてそんな夢のない話を努々語っている場所。それがこの学校にあるオカルト研究部、通称ルト部。部長の僕を含めて部員は三人。部活ではなくほとんど同好会といってもいい。名前だけで特別オカルトに関して研究もしていないし、大体は部室で下らない話に花を咲かせ、一週間に一度くらいのペースでオカルト的な事象をいかに現実的にぶち壊せるかの話をしているような、していないような……そんな感じ。本当であれば僕の中学生の頃の友人二人が入部する予定だったのだけど、一人はバスケ部に、もう一人はサッカー部に入部した。モテたいという一心で。それはもう、下心しかなく。

 ただ……もう済んでしまったことだから別にいい。二人を強制的にルト部創設の為だけに引き込むのは、僕としても気が引けてしまう。二人とは中学時代にそんな話で盛り上がっていただけであって、僕がまさか本当に部活を創設するなんて思ってもみなかっただろうし。かくいう僕も、創設されるなんて思ってもみなかったけれど。

 実はこのオカルト研究部、創部まで前途多難の日々で、毎日ベッドに潜りながら求不得苦に心を痛めていた――なんてことはさらさらなく、今のメンバーが集まった翌々日、僕がオカルト研究部を作ろうと周りに提案してから一週間と一日分でこの部は創部された。何の苦労もしないで。僕だってドラマみたいに苦労を重ねて、友だちと協力し合って、挫折を繰り返しながらでも前向きに、最後の最後に感動と共にこの部が創部される。なんて展開を少なからず望んでいたのかもしれないけれど、それはもうあっさりさっぱり、カップスープ並の速さで感動もなく創部された。いいことですけどね。

 ともあれ、語るに語れない経緯があったところで何のことはなく、オカルトな話を学校で唯一語っていることは間違っていないので部活としての機能はちゃんと果たしている、と思う。

 桜がまだ完全に散り切っていない四月末。僕がこの学校に入学して一ヶ月も経たない頃にその人はやってきた。胸元に赤いネームプレートを付けた上級生。入学式前から僕たちの中学校内でも巻き込まれたら嫌な思いしかさせられない、と噂の上級生が。

 考え深く過去の回想に浸ろうとしたその時、部室の扉を仰々しい上に騒々しく、いつかこの部室の扉を壊すつもり算段があるんじゃないかな。と思えるような勢いで入ってきたのは一人の女生徒。胸元で光るネームプレートは赤色。

「やあ、やあやあ、霧島クン。部長らしく今日も一番乗りだね。新しく創設された部活にノリノリなのかな?」

「創部されて一ヶ月くらい経ってもそのネタを引っ張るんですか……毎回言っていますけど、HRが早く終わるだけのことです、僕のところは。ところで出雲先輩、今日のジャージは小豆色にしたんですか? 珍しく地味な色ですね」

「ん? うーん、そう、だね。したというよりはさせられた感が強いね。登校してきた時は蛍光ピンクだったんだけど、クラスから目に悪いと不評でね。仕方なく着替えた」

 ジャージを二着以上常備していることに驚く。しかも別カラーで。

 ジャージ先輩もとい出雲真中、三年生にして卒業生……いや、卒業決定生と言い換えるべき、かな。一学期もまだ頭のこの時期、既に県外の超有名大学に進学が決定していて半分以上惰性で学校に来ている二つ上の先輩。去年からそうなのか、卒業決定生になってからかは知らないけれど、常にジャージを着用している。本人曰く、洗濯も楽で着心地、機能性に優れており、制服よりも身体のラインがはっきりさせることができるので何気にエロい。とのこと。でも、エロいという理由だけでセンスの欠片も見当たらないジャージを普段から着用するのは少し、いや、かなり理解し難い考えではある。

 念のため断っておくと、僕の通っている高校は結構自由というか、緩い校風のためか着てくる服装に縛りはない。一応指定の制服はあるけれど、着用しているのは全校生徒の三分の一ほど。かくいう僕も制服を着て学校に来ることはほとんどなく、入学式以降は私服で登校している。制服の方が楽といえば楽だけど、精神的に楽なのはやはり私服。

 緩い校風。といっても、僕の目の前でジャージの袖を結んで遊んでいる先輩のように、見た目と行動はあれでも頭が良い。という学生は意外に多かったりする。進学校でもないはずなのに、進学率は三年生比率で六割ほど。そのほとんどが希望する所に進学ができている……と、学校のパンフレットには記載されていた。

「今のご時世、進学よりも就職した方が無難だけどね。就職先さえ絞らなければ学費を支出するより、人生の収入を多くした方が良いものさ」「私が進学する理由かい? そんなもの何となく、だよ。花の大学生活も堪能したいしね」などと、出雲先輩は言っていたけれど、このくらいの理由で進学を決定し、入学を確定させている学生がいるのも事実。なので高校自体の評判は悪くなく、倍率もそこそこらしい。

 上がる人は上がって、下がる人は下がる。学生の見た目以外は普通の高校。

 そろそろ話を戻して――ここにいる出雲先輩こそが、このルト部創設のカギとなった人。そして噂の上級生でもあった。

『私は確信したのさ。あの日、あの時、あの場所で。君ならきっとできると、ね? さあ、私と一緒にオカルトを研究しよう!』

 今までに僕と出雲先輩が出会った日なんてなかったのに、やや強引に押し切られる形で僕と出雲先輩は出会った。

『私が手のひらを返せば、学校に圧力をかけることができるって訳さ』

 サラリと恐ろしいことを口にしながら、部活動創設嘆願書に教師、教頭、校長のサインが入っている紙を持ってきてこの教室を陣取ったあの日から、僕たちは晴れて『オカルト研究部』として活動できている。談話、という名前の活動を。なお、このルト部に顧問の先生はいない。一応いるにはいるんだけど、他の部活動と兼任させられているためこっちに顔を出すことはほとんどない、のが正しい言い方。

 本当にどんな圧力をかけたのか、知るのが少しだけ怖い気もする。

「なんだい、私の顔をそんな見つめて? 顔にご飯粒でも付いているのかな?」

「付いていたら笑ってますよ」

「笑いのツボが浅いね、君は。そんな雫程度の浅さのツボだとバラエティを見るのも辛いんじゃないかな?」

「出雲先輩だからこそ笑えるんですよ」

「なはは、なるほど、そういうことかい。いいね、気分が高揚するよ」

「この程度で気分が高揚していたら、年中浮足立ってるんじゃないですか?」

「安心したまえ、私はいつだって発情期だよ」

最低な人だ。

「しっかし君は、髪の毛の手入れをしないのかい? いつも見て思うけど、マンガの主人公みたいじゃないか」

「主人公みたいですか、僕が?」

「マンガに主人公は大体髪の毛がぼさぼさじゃないか。君も然り、だよ。手入れをした方が良いと私は常々思ってはいるんだけど、個性的な個性のなさが好まれるんだろうね。ただ君は『主人公(ヒーロー)』と呼ぶには……不適切というか物足りない気がしなくもないけど」

 身体を頭からつま先まで舐めるように見られた挙句に、この上なく馬鹿にされた気がする。

「言っておきますが、背の低い主人公だっていますよ?」

「最近流行りのミニ専ってやつかい? いくら何でも君の背の低さは絵にならないし、映えないレベルだろう…………まあまあ、そんなに不貞腐れなくてもいいじゃないか。霧島クンは主人公の素質があると私は思っているよ。思っているだけ、だけどね」

「出雲先輩の言い方は何だか回りくどいですよね?」

「そうとも。私はくどい女さ。例えるなら味噌バターチャーシュー麺にトッピングバター並のくどさだね」

それはもう、ただの脂女では……?

「あえて味噌ラーメンをチョイスしているのが、ここでの例えのミソ、だね」

 美味くない。いや、上手くない。

 ひらひらと結び目を解いて、ダルダルになった長い袖を振り回しながら部室の椅子に腰かけ、慣れた手つきでドリップコーヒーを作って我が物顔で飲み始めた。ちなみに、この部室にはコーヒーの他に紅茶、緑茶、お茶請け……などなど、学校に持ってきていいのか疑問に思える物品が数多くある。全て出雲先輩の私物で。

「豊満クンはまだHRかな? それとも、終わってはいるけれど他の生徒とお話でもしているのかな? それならそれで、君と私で話でもしておくかい? これといった議題は特段ないけれども。あぁ、こんな話題はどうかな。今朝、何食べた?」

「……今朝はご飯とみそ汁、漬け物にヨーグルトです」

「漬け物の中にヨーグルトを入れたのかい? 随分と奇抜で器用だね。ちなみに私はエッグベネディクトと――」

「残念なことに議題にするべきことならあります」

 興味の湧かない話だったので強制的に出雲先輩の話を打ち切って、自分の話題を切り出す。けど、当の本人は切られたことをさほども気にすることなく耳を傾けた。正直悔しい。

「おや珍しい。部長が自ら議題を持ってくるなんて。これは今日の夜にでも雨が降るね」

日を跨がずにして天候を変える力が僕にはあるのか。

「馬鹿にされてると受け取っても?」

「お好きなように」

 不敵な笑みを浮かべてへらへらと真面目な顔をする出雲先輩……イラッとする。

「今朝、クラスメイトに渡されました」

 そう言って僕は一通の封筒を先輩に手渡す。

「ふむ、未開封。これは君が受け取ったのだろう? 何故開けていないんだい?」

「僕は受け取っただけですよ。僕宛てでないのなら僕のじゃなく、このルト部の物だと思いましたから。なんとなく……そう、なんとなくです」

「ふーん? ま、君がそう思ったならそうなんだろうね。なあに、私は部員で君は部長だ。部長の君がそう判断したのなら、それに従うまでさ。学生だって立派な縦社会だからね」

 本当に、いちいち回りくどい言い方をする人だよ。

 あの日あの時、僕がじゃんけんに勝っていなかったらこんな扱いを受けていなかったかも、なんて思うと、どうしてあの時の僕はパーを出してしまったのだろうと後悔する。そもそもの発端は出雲先輩が「年功序列は癪に障るから、公平にじゃんけんで決めよう」とか言うからで……と、言っても納得した僕たちも悪いのだけど。

「この多感な年頃に社会の仕組みを知るのは良いことだよ、うん。人生、どこで落ちぶれて年下と立場が逆転するか分からないからね。年下もまた、いつ年上を顎で使うようになるか分からないからね」

「顎で使った記憶なんて、僕にはありませんけど?」

「それは君の自己判断、だろう? 私が顎でマッサージをしてくれ。なんて頼んだらどうするんだい?」

「…………それは顎で使うのではなくて、顎を使う。ですよね?」

 しかも過去にしていないなら、現在進行形でないなら、未来のことだし。少なくとも今の僕の記憶にあるわけない。

「いやいや、もしかしたら君の記憶にだけタイムパラドクスが発生して、一時的に並行世界の自分との記憶が混濁しているだけかもよ? 霧島クン、君の記憶は一体誰が保障してくれるのかな?」

「では僕も、出雲先輩に同じことを問います。先輩の妄想は、誰が現実と認めてくれるのですか?」

「私自身だ!」

「…………」

「そんな冷めたジト目をしないでくれよ、悲しくなっちゃうじゃん」

 なっちゃうじゃんって……可愛くない。

「私はこれでも寂しがり屋の小ウサギなんだ。構ってくれないと死んでしまう」

「偏見ですね。ウサギは基本、群れでは行動しないで単独です。ウサギが本当に寂しがり屋なら、そこら中に死体がありますよ」

「ふむ、だったら私は独り身で恋人募集中の処女ってことになるね」

どうしてそう解釈されたの? 僕の話、ちゃんと聞いてました? 話の流れ、きちんと理解していました?

「私のことはどうでもいいか――っと、どうやら最後の部員が来たようだよ、部長?」

 ――コンコン

「あやぁ……すいません~、遅れちゃいましたぁ」

 控えめなノック音の後、扉を開いて入ってきたのは手でもなく、足でもなく、頭でもなく、まったく控えてない胸だった。もちろん、この部室に入ってきた以上、彼女もルト部の部員であることは明らかだし、僕もまた、その光景は見慣れているはずだった。

 ただし、慣れると馴れるではニュアンスが異なる。見慣れてはいるけど、馴れてはいない。一ヶ月近く経っている今でも新鮮にその姿は映る。制服越しでも分かってしまう胸の柔らかさは、言葉ではきっと言い表すことはできない。

「はーっはっはっはっ! 豊満クン、今日も良い胸をしてるね。揉み応えもあるし、しごき甲斐もある良い胸だ」

「あっ、や、やぁ……止めて下さいよ~、出雲先輩ぃ」

「こんな胸をしている君が悪いのさ。この胸で老若男女、籠絡してきたのだろう? 知ってる知ってる」

「してませんよぉ……」

「霧島クン、そんなところに突っ立ってないで君もどうだい?」

「冗談は止めて下さいよ。僕がしたら犯罪になりますよ?」

「き、霧島クンはそこまで豊満クンを苛め抜くのかい……?」

「冗談ですよ」

「そんなことは分かってるさ」

 この先輩は…………ま、まあ、僕だってしたい気持ちはなくもなかったりしないでもないような気がしないでもない気はあるけれど、僕の学校的立場を維持するためにはここで自制しなければならない。自省しないためにも。うん、今のは上手いと思う。

 豊満音穏さん。僕と同じ高校一年生で、学校で一、二を争う胸を有している(出雲先輩談)おっとり系女生徒。そして、この学校では珍しい指定制服を着用している一人でもあったりする。その姿が逆に男子生徒の心をくすぐるようで、入学してからすでに四回も告白されているらしい。羨ましい限りですね。

「だから髪の毛の手入れをすればいいと、私は言っているんだよ」

「勝手に人の心を読まないでくれますか?」

「分かりやすい顔をするからだよ、霧島クンの場合は特にね」

「確かにそうかもですねぇ~」

 そんなに分かりやすく顔に出るのかな、僕は。

「すー…………はぁー……」

「おいおい、何も豊満クンの残り香を吸って誤魔化さなくてもいいじゃないか。素直になりたまえ」

「吸ってませんよ……いや、意図せず深呼吸した時点で吸っているかもしれないですけども、僕にそんなつもりはありませんから」

「そんなつもりはない、ね。なるほど、豊満クンとはお遊びだったわけだね? 今までお遊びで付き合っていたわけだね!」

「あやぁ……そうなの、てるちゃん? 私とはお遊び?」

「豊満さんも釣られて乗らないでほしいな。僕を何キャラにしたいんですか、出雲先輩」

「部長としては影が薄いからね、君の場合。少しはイメージってもので影を濃くしてあげようかな、という先輩からの優しいアドバイスだよ」

 また余計なことを。

「豊満クンは胸を、霧島クンはキャラをイジるのが私の使命だ!」

 なんて嬉しくないお言葉。

「でもぉ、イジり方にも限度がありますよ~。いい加減にしないと、天中殺ですぅ」

「いい加減か。アクセント次第で意味が異なるね。限度の加減なのか、揉み方の加減なのか……私としては後者のアクセントが望ましいかな」

「え~い」

 ブスリ、と。豊満さんはにこやかに人差し指を出雲先輩の喉元あたり、鎖骨の上近くに文字通り、一刺しした。

「――ぅぐッ!?」

「融通の利かない先輩にはお仕置きです~」

「おしょ……おし、お仕置きが……き、つすぎじゃあ、ない、かな……?」

 ――とまあ、いつものじゃれ合いを解説したところで話が進まないので閑話休題。

「何はともあれ、豊満クンも来たことだし、そろそろ私たちも部活動に勤しもうじゃないか。このルト部が創設されて、もしかしなくても初めてのリアルオカルトを扱うことになるかもしれないからね」

「リアルオカルト、ですかぁ~? ……あぁ、出雲さんが持っているその封筒は~、オカルトが封入されているのですねぇ? 開けた瞬間に煙が出てきてぇ――」

「私がおじいさんになるって?」

「いえいえ~、聖人君子になりますぅ」

 それは怖い。

「何を言ってるのかな豊満クン、もう私は聖人君子だよ?」

 それも怖い。

「冗談はそろそろヤメにして、霧島クンがクラスメイトから受け取ったらしい封筒を開封するよ?」

「どうぞ」

「お願いします~」

 僕たちの応えを聞いてから出雲先輩はバリッと封筒を開封する。真ん中から。まるで玉子でも割るかのように。先輩曰く、端っこから開封したら中の手紙を取り出すのが手間になるらしく、いつの日からかこのように開けるようになったらしい。

 …………どうでもいいことだね。

 封筒の中には手紙が一通だけ入っていた。当然といえば当然だけどオカルトを銘打っている以上、カミソリも入っている。なんてことを期待していた僕もいた訳で。

「どうやら期待には応えられなかったようだね。まあこのご時世、カミソリレターなんてものを知っている学生の方が少ないんじゃないかな」

「……なんのことでしょう?」

「顔に書いてあるよ?」

「オカルトですね」

「オカルトかもね」

「でも~、この場合は比喩、ですよねぇ」

「そうだね。しかし案外なのか意外なのか、オカルトの原典は比喩表現かもしれないね。詳しく調べてみないと何とも言えないけど……ま、調べないだろうね。手間だし」

 二人揃って頷く。

 僕たちルト部の方針の一つとして、オカルト話について詳しく調べないこと、がある。最初に述べた通り、あくまでも難癖付けるのが僕たちの趣味、趣向なだけであって、好き好んでオカルト話をしたい訳ではないのが理由。あと面倒。怖い話だって、呪いのビデオやら心霊写真を扱うテレビを見るのが好きであって、心霊スポットにわざわざ出向きたいとは心底思っていない。

 じゃあ何故オカルト研究部なんてものを設立させたのか。

 ………………。

 …………。

 何故だろう?

 自問自答してみたけれど、この部のみんな、オカルト話を積極的に話題に挙げることないんだよね……。本当に趣味で始めた部活、だと思っているからなのかな? ほら、やっぱり何かあると怖いじゃない? あんまり本格的に扱って、アレがコレしたらやだし。

「表情をコロコロ変えて何をしているんだい、霧島クンは?」

「てるちゃん、大丈夫~? 頭悪そうな顔してるけどぉ」

「頭悪そうな顔って」

「何をいまさら、元々頭は良くないだろう?」

「くっ……否定は、まあ、できませんけどね!」

 学年トップレベルの豊満さんと、学校トップレベルの出雲先輩。そりゃあ、僕なんて二人に比べたら月とスッポン。永遠に届かない月みたいな存在で、僕はどこにでもいる平凡以下の成績を持つ学生。肩身だって狭くなりますよ。

「霧島クン。この世は頭の良し悪しで決まるわけじゃない。その人が持つ、魅力と行動力がものをいうのさ。さっきも言っただろう? 就学よりも就職が今は無難なのさ。勉学はお金で買えるが、勤勉はお金では買えない。あぁ、ここでの勤勉は会社に勤めるという意味だよ?」

「で? 結局何が言いたいんですか?」

「そんな挑発的な顔をしなくてもいいだろう? 私はただ、霧島クンにしか持っていない魅力に気づいてほしいだけだよ」

「綺麗事ですね」

「その解釈は霧島クンが汚れていると勘違いされるよ?」

 本当にああ言えばこう言う人だ。

「何はともあれ、今はこの手紙だろう? 前置きが長いとダレるからさっさとするよ?」

「どうぞ」

「どうぞ~」

「こ、これは……!?」

 中に入っていた手紙を広げた出雲先輩はなんとも分かりやすいリアクションで驚いた。その先輩の姿に僕も少なからず驚いた。豊満さんは少しも驚いていなかった。

「いやー、今のご時世でこんな手紙を渡してくる人がいるんだね。いるもんなんだね。いたんだね。珍しい。天然記念物かな?」

 手紙の内容が面白かったのか、それとも先の自分のリアクションが面白かったのか、先輩はやや爆笑に傾くような笑い方で「それ」を僕たちに見せた。

「またこれは……」

「あやぁ……」


〈オ前に呪イヲかけタ

                 苦シミながら

                                死ネ〉


「またご丁寧に新聞や雑誌の切り取りですか。今時、こんなのパソコンを使った方が楽ですし、人物も特定されにくいと思いますけど」

「ははっ、霧島クン、それは早とちりってやつだよ」

「……? どういう――」

「新聞なんて世の中いろんな人が読んでる。雑誌もチラシもマンションのポストに勝手に投函されるだろう? その手紙を創る過程さえ誤らなければ、証拠なんてほとんど無いに等しい」

「確かにそうだとは思いますけど」

「でもぉ、その手紙を創った人は~、少なくともこの地域に住んでいる人、ですよねぇ」

「そうだね。県外に出れば別の新聞、雑誌が手に入るだろうけど、わざわざこんなものを創るのに遠出はしないだろうね。そもそも――」

 出雲先輩はまるで含みを持たせるように言葉を切って、こう続ける。

「どういった経緯であれ、差出人と受取人は身近な存在だ。何せ差出人は呪いをかけるレベルで受取人のことを知っているのだから。見知りもしない人間に呪いなんてかけられないし、かからないだろう?」

「『かからない』なんて、オカルトの肩を持つんですか? 出雲先輩は」

「オカルトに肩なんてないじゃないか。生き物じゃあるまいし」

 そういう意味で言ったんじゃない。一々この人は一言も二言も多い。

「ともあれ、この手紙を霧島クンに手渡した女生徒に会いたいんだけど、まだいる?」

「いると思いますよ。たしか手芸部だったと思うので」

「なら善は急げ、だね。ああ、そうそう、この手紙を渡してきた子の名前は?」

「えっと……山梔子さん、だったはずです」

「珍しい名前、だねぇ」

「いやいや、豊満クンには負けるよ。初見で君の苗字を読める人なんてそうそういないだろう?」

「そうですか~?」

「早く行きますよ」

「霧島クンだってそうだろう?」

「…………さっさと行きますよ?」

 出雲先輩の言葉はどういう意味だったのか。

 僕は深く考えないことにした。




「ふぅ……」

「何を緊張しているんだい、部長?」

「あ、いや、その……何というかこの学校の手芸部、昔から色々と言われているので」

「色々ってどんなこと~?」

 特進系学校の手芸部。部活の内容は想像できるような日常の小物作りから、地域の幼稚園、保育園の園児たちにあげる小さなぬいぐるみ、果ては個展を開けるレベルまで様々な物を作っている。の、だけど……噂によると男子禁制の女の園で、その……。

「彼女たちはレズが多いんだよ」

「出雲先輩、少しは言葉を慎みましょうよ」

「ん? 百合と言った方が良かった?」

「そういう意味でなくて……」

 意味的にはどちらも変わりないし。

「なるほどぉ、じゃあてるちゃんは、その百合の園に興味があるんだねぇ~」

「ないからね!?」

 ガラリ――と、僕たちがあまりにもうるさかったのか、心底迷惑そうな顔で僕たちを睨みながら手芸部員が出てきた。

「あの……先ほどから部室の前で騒いでいますが、今から部活なので騒ぐなら別のところに行ってもらってもいいですか?」

「あ、すいません……」

「違うだろ、部長。ちょっといいかな?」

「えっ?」

 僕たちの後ろで見えなかったのか、出雲先輩が手前に出てきた瞬間、女生徒は明らかに不愉快な顔になった。プレートの色は出雲先輩と同じ赤色。下手すると同じクラスなのかもしれない。たぶん僕の憶測になってしまうけど、この手芸部員の先輩は出雲先輩を見て「あぁ、またややこしいことに首を突っ込んだな」とか考えてそう。

「部活前に突然すまないね。ちょっと部員の一人に話があるんだけど。なに、すぐ終わるから君たちは部活を続けていいよ?」

 まったくすまなそうな気持もなさ気に出雲先輩は部室にずかずかと入り込んで、奥の方でおどおどとしていた女生徒の襟元を掴んで持ち上げると(だと乱暴な言い方だけどそれに近しい感じで)、そのまま颯爽と部室を出ていった。

「すいません、山梔子さんをお借りします」

 頭を下げて僕が代わりに謝っておく。

 部員の不躾を部長が尻拭いする。この状況が先ほど出雲先輩が言った学校の縦社会、その一端なのかな。と思いつつ、部長は意外にも損な役回りばかりさせられるのかもと考えると、この先が不安で仕方なかった。

 急いで出雲先輩の後を追うと、廊下の奥、普段はあまり使用されていない階段の踊り場で山梔子さんは文字通りの尋問を受けていた。この場合、出雲先輩が質問者で豊満さんが調書を取る係りになると思う。端から見ればいじめていると言い換えてもいい。

「出雲先輩がいじめているみたいな構図ですね、これ」

「んー、そうかい? ジャージ姿だからって、ヤンキーに見えるとか言わないでくれよ? これでも私は品行方正を買われているのだからね」

「ま、売っていたつもりなんて端から思ってもいないけど」と付け加えながら。

「じゃあ、私は~、お二人のやりとりをメモすればいいわけですねぇ」

「僕は……どうすれば?」

「椅子でも用意してふんぞり返っておくのはどうかな? 実に上司らしい行動だと、私は驚いてグーパンするかもしれないけどね」

 ならしない。

「ところで山梔子クン、この手紙を霧島クン、ひいてはルト部宛てに渡したのは君で間違いないかな? あぁ、警戒するのも分かるけど、質問にはある程度答えてもらわないと困る。君がオカルト話をルト部に持ってきた以上、こちらとしても全力で解決したいからね」

 たぶん、出雲先輩の言葉は嘘だと思う。この人は基本、自分の興味本位でしか行動しない。面白そうか、否か。楽しそうか、否か。首を突っ込みたくなるような出来事か……否か。

 だからこそ、この人は他人から嫌悪される。

 正しくは少しだけ違うんだけど、行動基準が基本そうなので、大方間違いじゃない……噂で聞いた。

「……………………」

 山梔子さんはうつむいて黙ったまま、時々こちらの様子を伺うように顔を上げ、すぐに下げる。

「答える気がないのか、それとも……『答えられない』のかい?」

『答えられない』という言葉を少しだけ強めて出雲先輩は山梔子さんを見る。

 山梔子さんは相変わらずおどおどした表情のまま、顔を少し上げては下げる、を繰り返していた。

 その姿が何だか可哀相で……僕はすかさず合いの手をいれた。いれてしまった。

「答えられないって、どういうことですか?」

「はああああぁ……気づいてなかったのかい、ルト部部長」

 明らかにバカにされててイラッとする。

「彼女は君に手紙を渡したのだろう? それも、君宛てともルト部宛てとも言わずに、だ。手紙を差し出すなら、最低限受け取る相手の情報が必要だろう? そして事実、この手紙は霧島クン宛てではなかった。さらに手紙の文言に『呪い』ときた。ここまで考えて彼女の態度を当てはめればおのずと答えは出るさ」

 そこまで言い切って出雲先輩は膝を折り、今度は山梔子さんの顔を見上げるような恰好で、今度は優しく、語り掛けるように質問を続けた。

「あの手紙で君は言葉に呪いを『かけられた』のだろう? あの手紙を読んだ以上、こちらも君の状況をある程度は把握しているつもりだよ。だから……ここからは頷くか振るか、そのどちらかをちゃんと示してほしい。何も君のプライベートを詳しく聞きたい訳じゃない。君だって辛いことを根掘り葉掘り聞かれるのは嫌だろう? 私だって嫌さ。簡単な質問だから落ち着いて答えてほしい。一つ目の質問。この手紙を我が部の部長に渡したのは君で間違いないかな?」

 少しだけの間が空いて、山梔子さんは小さくゆっくりと頷いた。

「次、君はこの手紙の差出人と面識はあると思う?」

 今度は横。というよりも小首をかしげているぐらいの微妙な反応。

「なるほど……過去に誰かを苛めていた、もしくは苛められていた経験は?」

「…………」

「さすがにない、か。うーん…………あ、そうだ! 私のことは知っているかな? わりかし有名なんだけど」

「有名だって自覚はあったんですね」

「成績優秀だからね」

「違う意味でも有名ですけどね」

「顔が広いからそういう噂も立っちゃうね。参るな」

「悪名ですけどね」

「褒めるなよー」

「褒めてませんよ」

「……………………」

「山梔子さんがぁ、困ってますよ~?」

「ああ、すまない。横やりが入るとどうしても茶々を入れたくなってしまう性分でね」

 あなたが変な受け答えするからです。……僕にも悪いところは一ミリくらいあるけど。

「その様子だと名前も聞いたことはない、かな?」

 また少し傾げるような頷き。

 最初ほどの強張りはないものの、それでも怯えながら答えているという感じは否めない。脅しで取った言質なんて、あまり価値はないのに……。

「はーっはっはっ! そういえば君たち、最近巷ではヴァーチャルアイドルというものが流行ってるらしいじゃないか。何だっけ? 音楽ゲームってやつ? 私は身体を動かすゲームがとことん苦手でね。画面を見ているだけで吐き気がするんだが、学校が終わったあととかにゲームセンターに行ったりするかい?」

「また突拍子のない質問ですね。しかもゲーム画面見てるだけで吐き気って」

「まあまあ霧島クン、GWが明ければ中間テストだろう? 別にゲームじゃないにせよ、日々の娯楽は必要さ。ゲームセンターのイメージは男子が強いけど、最近では女子も遊べるゲームが色々あると聞いたからね。もしかしたら君たちも行ってるのかな? と思っただけさ」

「私は、太鼓を叩いてますよ~」

「ほぉ、豊満クンにしてはアクティブなゲームをするんだね。私はてっきり格闘ゲームをやって相手をリアルファイトを演じる方かと思っていたよ」

「…………先輩ぃ?」

「申し訳なかったかな。ま、冗談はさておくとしても、霧島クン、豊満クンだけじゃない。山梔子クンだってこの高校に入って初めてのテストだろう? これでもこの学校は進学校を名乗っているんだ。そこそこ難しいテストが出ても難儀しないように、ある程度の対策はしておいたほうがいいかもしれないね。ただ、肩ひじ張って気合を入れたところで、ここでの勉強は社会においてあまり役に立つとは到底思えないけど」

「学生の言葉とは思えませんね」

「勉学なんてそんなものだよ。さて、山梔子クンもそろそろ部室に戻ったほうがいい。私と長い間居すぎるとあらぬ噂を立てられる。わざわざ入学早々、上級生に目を付けられるのは嫌だろう?」

 そう言って出雲先輩は軽く山梔子さんの背中を叩き、送り出す仕草をしてから「またね」と後ろ向きに手を振ってルト部の部室へと戻っていった。


「言葉が話せなくなる呪いの手紙、ね……霧島クン、豊満クン、君たちはどう考える?」

 ルト部の部室に戻ってしばらくパイプ椅子に腰かけ、コーヒーカップを片手に窓の外をアンニュイ気に見ていた出雲先輩が急に聞いてきた。

「非現実的ですね。普通に考えて呪いがあるのだとしたら、あの手紙を読んだ僕たちにも何かしらの影響があっていいものだと。でも、実際には今、僕たちがこうして会話が出来ている以上、呪いなんてものはありえないと思います」

「私もてるちゃんと同意見です~。影響が受け取った本人にしかないのは、ちょっとおかしい気がしますねぇ。局所的過ぎるといいますかぁ、呪いとしての分別じゃあ、ない気も~」

「ふむ、概ねそうかもね。だが、呪いに関するオカルトはいつだって一方通行だと私は考えるけど。藁人形を使った丑の刻参りだって、木に刺された藁人形を見た人間が呪いを受けるわけじゃないだろう? 対象の人を想って出した呪いなら成立しているんじゃないかな」

「文面ではなく、過程に含まれている。という感じですか?」

「そうそう。差出人が山梔子さん憎しであの手紙を制作したのであれば、既に呪いとしては成り立ってしまっている。ということさ」

「ではでは~、山梔子さんの呪いを解くには~、差出人さんに土下座をさせて解呪、なんですかねぇ? 直接投函されたのであればぁ、差出人さんはまた投函しに来るかも~?」

「どうしてわざわざ土下座なの?」

「詫び入れは~、地べたに頭を擦り付ける土下座で決まりだよぉ~」

 しれっと怖いこと言うなぁ。

「でも謝れば呪いが解けるって、呪いなのかな、それは?」

「呪いたい一心でかけたなら、解きたい一心も通じるよぉ。たぶんね~」

「たしかにオカルトっぽいけど……」

「目で見えなくて、説明がつかなければ大体オカルトじゃないかなぁ」

 身も蓋もないことを……。

「…………」

 珍しい。出雲先輩が黙っているなんて。普段なら疑問形で訊ねられたらすぐ、皮肉交じりを含めて返しているのに……。

「ミステリ小説なんかじゃ、犯人は現場近くにいるのが定説だよね? でも、次にいつ投函してくるかも分からない差出人を待つのは僕たちの役目じゃないと思うけど。もしも無差別な行動だとしたら、それこそ次はないんじゃないかな?」

「そうか~。では、私たちにできることは、もうないのかなぁ? それはそれでぇ、心残りがあるね~。一生人と話せないなんてぇ、どうしようもなくつまらないです~」

 心残り、か……。確かにそれはあるかも。あんな手紙、普通の人なら笑い飛ばしてしまうような、滑稽で典型的なオカルトだけれど山梔子さんにとってはそうじゃない。真剣で、不安だから僕たちを頼ってきたのだとしたら、それこそ解決してあげないと可哀相。

 一生人と話すことができない。それだけじゃなく、独り言すらも山梔子さんは奪われてしまった……ことになる。一応。僕はけっこう独り言を口に出してしまう派なので、特にキツイことだ。

「ミステリ?」

「えっ?」

「ミステリ……ミステリ、ね。霧島クン、君は今、かなり失礼なことを言ってしまったんじゃないかな?」

「オカルトと、ミステリは別もの~、ですよねぇ?」

「そうだね。そこを混同してしまうのはルト部部長としてはいただけないんじゃないかなと私は思うよ」

「私も思います~」

 あれ? 今の流れって、僕だけが悪者になるの?

「ま、ともかくだ。今回の呪いの手紙、少しだけ私は気になるかな」

「気になるというのは、呪いの手紙がですか?」

「一理ある。けど、もっと根幹の部分が私は気になるのさ」

「根幹~? ではではぁ、山梔子さんのことがって、ことですか~?」

「まあね。霧島クン、一つ質問があるんだけど」

「はい、なんでしょうか?」

「彼女は、本当に言葉を呪われたのだろうか?」




「ふあ……あぁ~、眠い…………」

 足取りも重ければ、瞼も重い。

「結局、分からずじまいだったなぁ」

 あの後部活動はとりあえず解散となって、僕は帰宅したあとすぐにネットで呪いの手紙にまつわる話を色々と調べてみた。けれど、出てくるのは主にすでに死んでいる人からであったり、受け取った本人の近い将来図(特に死亡の仕方)、苛められていた人の強い復讐心ばかりで、昨日出雲先輩が言ったような『命以外の何かを奪う』というものは一切見つからなかった。例え近しいものがあってもカテゴリ的には『不幸の手紙』で、呪いとはまたちょっと違う。そんなものばかり。

 人の言葉を奪う。

 仮にそんなことができたとするなら、正直僕は人間の所業とは思えない。むしろ、できるならその特技を使ってお金を稼いだほうが無難。

「なーんて考えるのは僕だけなのかな」

 憎んでいるのなら、恨んでいるのなら、呪いをかけたいと願っている人間にとってはお金よりも重要なこと。相手のかけがえのないものを奪えるのであれば、見世物にされるよりも強い達成感がある……気がする。

 山梔子さんを苦しませること。あの手紙の内容から察すれば、そこが一番重要な個所。そして、今回の手紙の肝でもある。


 ――彼女は、本当に言葉を呪われたのだろうか?


 自分で言っておきながら、最後に疑問を持つってどういうことだよ。自分で振ったんだから言葉を奪われた前提で話を進めればいいじゃんか。


 ――どういうことですか?

 ――あの手紙には『呪いをかけた』と書いてあったが、何に呪いをかけたのか書いていなかっただろう?

 ――まあ、そうですけど……でも出雲先輩だって山梔子さんの態度から呪いをかけられたのは言葉だって想像したんですよね?

 ――そうさ。ま、私も迷いはしたんだよ。オカルト研究部を名乗っている以上、この世にオカルトなんてものはないことを証明しなければならない。だが、差出人を本人の目の前で謝罪させたところで、差出人が本人を恨んでいることに変わりはしないだろう?

 ――……はぁ。

 ――そこにはオカルトよりももっと厄介な隔たりが存在する。と私は思えて仕方がないんだ。

 ――……はぁ。要するに?

 ――部長には呪いで人の言葉が奪えるのか調べてほしい。呪いで人が言葉を『持てる』のかを、ね。


 犯人が言葉を持っている。

 例えばあの呪いの手紙に書かれた文面、文字を見た影響? とでも言いかえればいいのか分からないけれど、使われた文字を使わせない、リポグラム的な何か。知識は完成していなくても、五十音という言葉の羅列はすでに完成している。手紙に使われていた音は二十八音。日常生活に影響が出るくらいには、確かに奪える。

 本当に呪いで言葉を『奪えれば』の話だけど。

「でもあの手紙の内容って、濁音あり、かぶってるのあり、だもんねー。本当にその制約で山梔子さんの言葉が足りなかったとしても、うん。とか、はい。ぐらいの返事はできるし」

 結局呪いで人の言葉を奪えるようなことも、僕が調べた以上では出てこなかったし。

「うーん、どうしたものか…………あれ?」

 部室のカギが開いてる。あれ? 昨日僕、ちゃんと閉めた、よね?

「おはようございます」

「待ちかねたよ、部長」

「うぇっ! 出雲、先輩……?」

「何だいその反応は。お化けを見た訳でもあるまい? こう見えても私は乙女なんだよ。その藪から槍が出てきたような反応をされると、防弾ガラスに水鉄砲を当てた程度には傷つく」

「全くと言っていいほど傷ついていないじゃないですか、それ。少し驚いただけですよ。カギが開いていたのもそうだし、まさか出雲先輩がいるとは思っていなかったので」

「午後からの授業をサボってここにいるからね」

「は? マジですか?」

「嘘に決まってるだろう」

 聞いて損した。

「おはようございます~」

「おはよう、豊満クン。今日もたわわに実っているねぇ。眼福眼福」

「え、えぇ~?」

「セクハラですよ、出雲先輩」

「何をバカな。セクハラとは相手が不快に思ってなければセクハラとは呼べないのだよッ!」

「不快です~」

「何を……バカな…………くっ、私の心を抉る深い言葉だ」

 浅い考えだなぁ。

「ところで霧島クン」

「急に話を振らないでください。で、何ですか?」

「文句を言いつつも話を合わせてくれるとこ、私は好きだよ」

「いいから、話を進めてください」

「釣れないね、最近の若者は。はてさて、今日は皆さんに悲しいお知らせがあります」

「大学進学取り消しですかぁ?」

「取り消されてもこの人の場合は喜びそうだけど?」

「それもそうかぁ~」

「私の気持ちを代弁してくれて嬉しい限りだが、少々真面目な話さ。私には珍しくね」

 いつになく真面目なトーンで出雲先輩は言った。

 その後に見せた不敵な笑みさえなければ、もしかしたら出雲先輩の株も上がっていたかもしれないけど、どうしてもその笑みを見てしまうと、何というか、悪いことを考えている気がしてならなかった。

「理由を聞いてもいいですか~?」

「筋書きに理由なんて必要ないさ。第一それはすぐに分かることだよ。ああ、その前に一つだけ。霧島クン、君が調べた限りでは人の言葉を奪う呪いなんてものはなかっただろう?」

「そうですね。僕の調べ方が悪かったのかもしれませんけど、見つかりませんでした」

「やはりそうか。ま、そんなことだろうと思ったから自分で調べなかったんだけど」

 分かっててこの人は僕に調べさせたのか。

「じゃあ早速、山梔子クンをこの部室に呼んできてくれるかな?」

「呼んでくるってことは、差出人の見当がついたってことですか?」

「おおよそはね。あとは本人に聞いてみないと分からないことだろう? 私たちと差出人の面識がなければ、彼女の周囲にこんな人間はいなかったか? みたいなカッコいい刑事的な質問をしないといけないからさ」

「ドヤ顔で言ってもカッコよくないですよ~、出雲先輩~」

「ははっ、褒めるなよー」

 いや、褒めてない。褒めてないよ!

「ともかく、だ。こんなことを始めた人間がいるのなら、終わらせる人間もまた同一人物だからね」

 懲りもせず出雲先輩はドヤ顔でそう言い放った。

「こんな端書きにもならない話、さっさと終わらせるに限る」




「君自身だろう? この手紙を書いて、君に差し出したのは」

「――っ!」

「はあっ!?」

「ですよねぇ~」

「――って、豊満さんは気づいてたの!?」

「えぇ~? あの状況では~、それ以外考えられないよねぇ?」

「そ、そうなん、だ……」

 気づいてなかったの、僕だけ?

「無駄に純粋すぎるんだよ、君は」

 今褒められたのかな、僕は?

「えっと……その、ちょっと待ってくださいよ出雲先輩。それだと――」

「まあまあ、ちょっと待つのは君だよ、霧島クン。彼女が決断を下すまで黙っていたまえ。私は今、彼女に質問をしているんだから。声が出せないのなら首だけでいい。縦に振るか、横に振るか。それとも……もっと強烈で凶悪な方法で、この手紙を書いたのは君自身だという証明を出してほしいのかな?」

 表情はほのかな微笑を浮かべていても、出雲先輩の言葉は力強く、脅しに似ていた。万人を黙らせ、服従させ、屈服させてしまいそうな言葉がそこにはあった。僕の言葉を奪う言葉が、そこにはあった。


 静かになった部室で聞こえてくるのは時計の秒針音、サッカー部の掛け声、吹奏楽部の管楽器音、廊下を通る人の靴音…………意外に多い。

 どれくらい経ったのか、外からの音が少なく聞こえるぐらいに耳慣れた頃、ようやく山梔子さんは決心がついたのか小さく首を縦に振った。

 つまり……手紙を出した差出人は自分自身だと、認めたということ。

「……そうか。ならしばらくしたら君の所へ警察が行くと思うから、素直に応えたまえ」

「いや、違うでしょ」

 思わずツッコミを……。

「えっ? 今の頷きは後者の方法を選んだってことだろう?」

「僕が答えるのもおかしいですが、違いますよ。今の頷きは前者の質問、つまり、その……

山梔子さん自身が呪いの手紙を書いたことに対する回答だと思いますけど」

「彼女が回答した以上、君に発言権は戻ってきたけど……君は山梔子クンを庇うのかい?」

 出雲先輩は結構な剣幕で僕を睨みつけてくる。

 けど、口出ししてしまった自分のためにも、何より目の前で困っている山梔子さんのためにも、僕がここで折れる訳にはいかない。

「それを言うなら、後者の質問側にも首を縦に振るか、横に振るかを聞けば良かったんじゃないんですか?」

「…………なるほどね。確かに霧島クンの言う通りだね。そこは私のミス、か。失礼、私も脅すつもりはなかったんだよ。ただ――いつまでもこんなことを長引かせる訳にもいかないから少々強引な質問をしてしまっただけさ」

 あれが少々? なら、多々強引な質問だったらどうなっていたのか……あまり想像したくはない気はする。

『ごめんなさい。騙すつもりはなかったんです。』

 千切られたノートに震えた文字で書かれた紙を僕たちに渡して、山梔子さんは深々と謝った。

 これが本当に謝っているのかは人それぞれ思うことがあっても、少なくとも僕は……今までよりも遥かに薄く書かれた文字と山梔子さんの表情から、謝罪の気持ちは感じ取れた。

 けれど、この場にいる一人だけ、許すことを良しとしない人が僕の目の前にはいた。

「騙すつもりはなかった、ね。君の謝罪の文字は受け取ったよ。でもね? 君はこれから会う人たち、全てを騙していくつもりなのかな? 言葉にコンプレックスを抱いてることは、今ここにいる人間にしか分からないし、知らない。学校生活だけのことならいいと思うよ? しかしこの先、生きていれば私たちは否が応でも大人になって社会に出ていくんだ。そこでもコンプレックスを抱いているからといって、君は自分の言葉を塞ぎ続けるのかな?」

「出雲先輩、それは――」

「霧島クン…………少し、黙ってろ」

 ――やばい……僕、チビったかもしれない……。

「最初に私は言っただろう? 君を苛めるつもりはないと。私が聞きたいのは覚悟だよ。彼女の覚悟。せめて三年間、そのスタイルを貫く覚悟がないのなら、君の言葉を知らない異郷の地にでも行った方が良い。文字に書くのと口にするの、同じ言葉であっても重さは違うものなんだから」

「…………」

「あぁ、今のは口に出す言葉は見えなくて軽い、書いた言葉は芯の重みがあるから違うという冗談を言ったつもりなんだけど……面白くなかったかな」

 この雰囲気で言う冗談じゃないと思いますけど。

「ま、冗談と言う冗談はさておいて、改めて聞くよ? 山梔子クン、君は少なくともこの三年間、その無口なキャラクターを貫くことはできるかい?」

 ……ん? 無口な『キャラクター』を貫く?

「私としては可能であれば貫いてほしいよ。筆記で会話するキャラクター、面白いと思うし。それにアレじゃないか。無個性ばかりのキャラクターたちがただただ話しているだけの物語なんて、普遍的すぎるし、面白味もないからね」

 あれー? そんな話でした?

「フリップで会話する少女……斬新とは言い難いけど、個性的ではある。アリだね。大いにアリだ」

「では~、話も纏まりそうなのでぇ、山梔子さんにはそろそろご決断を~」

「いやいや、纏まってないよね!? 違う方向性に纏まったといえばそうかもですけど、何か違うというか、路線がズレていってるというか……」

「何をアホなことを。方向性は何一つとして間違ってもなければ、ズレてもいないさ。私が聞いているのは彼女の覚悟。自分を偽ると決めたのであれば偽ることを投げ出してはいけない。一生涯貫け、なんてことまでは言わないとしても、せめてもの学生生活ぐらいは貫くべきだと私は思うね。自分で決めた決意がこの程度で揺らぐのであれば続ける価値はないだろう? それならここまでした理由は、意味はどうする? 呪いの手紙(オカルト)なんてものを持ち出してまで彼女は自分の言葉を封じたのだろう? そこには強い意志があったはずさ。なければこんな面倒で遠回りなことをする意味がない、理由がない。それとも何かな? ただ構ってほしいだけでこんなことをした。とでも言うのかい?」

「それは……」

 僕は山梔子さんじゃないから詳しいこと、心情までは分からないけれど、ただ構ってほしいだけなら僕たちにではなく、クラスメイトに相談していた方が大事になるし、これを理由に構ってもらえると思う。

 じゃあどうして僕たちに? 名前だけとはいえ、オカルトを扱っているから? それともまずは近場から?

 違う。僕たちに……いや、僕にこの話を持ってきたのは、きっとこの話を信じるから。クラスメイトの誰よりも、真摯で親身にこの呪いの手紙(オカルト話)を信じる。笑わないで、馬鹿にもしないで、話を真剣に聞いてあげる。オカルトなんていう目で見えない、ありえない事象を難癖付けて『壊すため』の研究部だからこそきっと、山梔子さんの他人と開かれている溝を埋めることができる。

「山梔子クンがすぐにでも欲しかったのは声を出せない恐怖心からの同情で、衆情を掴むことじゃない。他人との明らかな距離を持っている状態での自分との付き合いをしてほしい人間、を望んでいたんだろうね。普通の人ならば山梔子クンが持っている本当の声を聞きたがるか、オカルトを気味悪がって近寄らなくなるか……たぶんどちらかだと私は思うよ?」

「ここまで呪いの手紙に真摯になる人たちは~、私たちを除いていない。ということですかぁ?」

「うん。私たちは過分にアホな部類だからね」

「アホは余計ですけどぉ、一理あると思います~」

「それが真理だからね」

「上手くないです~」

「なっ……に…………? 今のは素敵なステーキ並に語感が良いと自信があったにも、関わらず、だ、と……?」

「そんなのがぁ、良い語感だったらご先祖さんに顔が立ちません~」

「口は立ってるけどね。なーっはっはっはっ!」

「先輩は面白いですねぇ~」

 何なんだ、この状況。雰囲気についていけない僕が悪いの?

『私、このままを貫きます。』

「よく言った!」

いやいや、言ってないからね?

「なにはともあれ、これで一件落着かな」

「そうですねぇ~」

「なにやら不服そうな顔をしているけど、どうしたんだい部長?」

「…………別に」

 なんか僕だけ置いてけぼりを喰らってる感がハンパない。この場合、輪に入れていない僕が一方的に悪いのかな? …………けどもう、どうでもいいや。解決したことに間違いはないし、誰も傷つかないで済んだから。

 僕は放置されたままで、ルト部員+手芸部員は仲良くワイワイキャッキャッウフフとお喋りをしている。僕を放置したままで。僕だけ蚊帳の外で。僕だけが取り残されている。

 さみしくなんて……ない、から…………。

 でも……。

 言葉を奪われた。

 あの出雲先輩の言葉は、ある意味では当たっていた。山梔子さんは自分自身の意思で、自分の中にあるもう一人の自分を犯人として、自分自身の言葉を奪った。単純に、奪われた側と奪った側が同一人物なだけだった。

 山梔子さんの過去に何があったか、僕は知らないし、知るつもりはない。山梔子さんもきっとこの先、それを語ることはないと思う。

 そこが出雲先輩の言う強い覚悟。

 欠けた自分と、自分の過去と、向き合って生きていくための覚悟。

 じゃあ、僕は……?

「霧島クン、何もそんな道端で捨てられたミーアキャットを見つけた時のような、どうしようもない感じみたいな顔をするなよ。さ、こっちにおいで」

「ミーアキャットを道端で見かけたら、それこそ問題になりそうですけどね」

「霧島クンも入ってきたことだし、今日はもうお開きにしようか」

「ですねぇ~」

『わかりました』

「結局ハブられるの!?」

「なあに、後輩をイジってあげるのも先輩の役目さ」

「そんな役目、部長命令で降りていただきますよ?」

「ふっ、良いこと言うね、部長」

 そこからはただただ他愛のない話。授業のこととか、嫌いな先生のこととか、好きな科目、気になっている人……放課後にありきたりな学校の世間話。記す必要もないような、僕たちの中で留めておく隠された(オカルト)話。




 部活動終了のチャイムが鳴って、僕たちの話も一区切り着いたところで本当に今日はお開きとなった。

 校門の先で方向が反対の豊満さんと山梔子さんと別れ、僕と出雲先輩は並んでいつも通りの道を帰る。

「出雲先輩はどこから気づいていたんですか?」

「ん? なんのことかな?」

「わざとらしいですね。今回の、山梔子さんの件ですよ」

「あ~、そうか、そういうことか。どこから、とはまたけったいな質問だね。どこから、と聞かれたらわりかし最初からだよ。と答えるしかないけど、いいのかい?」

「最初から? 最初から気づいていたのに、こんな回りくどいことをさせたんですか?」

「『させた』なんて語弊が誤解を招く言い方をするね。おっと、そんな顔で見ないでくれよ。有り体な言い訳をさせてもらえば、聞かれなかったから私も答えなかった。それだけさ。しかもこのルト部創設されて初めての依頼ごとだろう? この先あるか分からない初めてのお仕事なのだから、少しは思い出作りさせてくれよ。私は来年の今頃、ニートかもしれないし」

 大学に推薦が決まっている人がよく言う。なんだかんだ言いつつも今日まで皆勤しているくせに。説得力の欠片もない。

 でも……出雲先輩の言う気持ちは何となく分かる。オカルト関係の相談事を受け付けているわけでもない僕たちの部活に、こんな形で相談事が舞い込んでくるとは思っていなかったし、この先、こんなことがあるとは限らない。

 できれば面倒事はないことに限るけれど、話のタネとしてはこれから先もきっと、思い出話をふけるときに出てくる。そう、これから先も。

「オカルトなんて類、本来なら出あうべきものではないけどね。ただまあ、インパクトに残る事柄であるのは確かさ」

「そう、ですね」

 もしも本当に、今回とは違って人を殺してしまうようなオカルトであったなら、僕たちはきっと後悔している。誰も救われない、救えない、そんなオカルト話なら。

「山梔子さんが呪いで死んだ」

 そんなことになってしまったら、一体全体僕たちは誰を憎めばいいのだろう。恨めばいいのだろう。誰も信じるはずがない与太話だと一蹴されてしまったら、わだかまりしか残らない、ただのつまらない話だ。

 だからこそ……というわけじゃないけど、特に誰も被害を受けない今回のオカルト話は色んな意味で助かったと言えるかもしれない。

「私はほら、有名だろう?」

 唐突に、本当に唐突に出雲先輩は呟くように聞いてきた。

「自慢ですか?」

「そうじゃないよ。霧島クンも、私のことは中学時代から何となく聞いていたんじゃないかな。関わるのが面倒な先輩がこの学校にはいる、と」

「まあ、そう、ですね」

「私が君をルト部創設のために誘ったのは周知の事実だ。ここいらの中学生でも知っている、面倒だと噂の上級生に霧島クンは巻き込まれてしまった被害者だと。私にだって周囲から一目置かれていることは知っていたよ?」

「自分で言いますか、それを」

「ああ、もちろん。でも…………山梔子クンは知らなかったのだろう?」

「あっ……」

 瞬間、僕の中で色んなものが繋がる音がした。本当に、色々なものが。

 悪名で名高い出雲先輩と関わりある僕。そんな先輩と創部から関わりある僕に声をかければ必然、後ろからついてくることなんて考えれば明らか。例えオカルト話に全力で耳を傾けてくれるとはいっても、「面倒な先輩がいれば、面倒事になるのではないか」と考えるはず。より自分の内面に近い問題ならば。

 なのに山梔子さんはこの件を『ルト部』に持ってきた。

 知っていれば誰もが避けたい道を、避けずに歩いてきた。

 何故?

「彼女が私という存在を知らなかったからだ。周囲の中学校にも知られている私の存在を、最初から知らなければ面倒の度合いが分からない。つまり……山梔子クンは高校に入学する前、こっちに引っ越してきた可能性が非常に高くなる。そうだろう?」

 別に出雲先輩の評価が悪く、新聞沙汰になるようなことを起こしたから周囲にも名前が知られているのではなく、単純に、明確に、学年別成績で二年間不動の一位の地位を得ている、この出雲真中という先輩の実態が霧のように不明瞭なところが噂されているからだ。

「正確には二年間じゃないよ。一年生の最初の中間テスト、私はどんけつだったからね。なにせ、全ての答案用紙を白紙で出したのだから」

 こんなことを言っているこの人が、そんなことをしているこんな人が、センター試験も待たずに大学入学を決めてしまっているからこそ、なおさら名前が知れ渡る。惰性に天才をしているような姿も含めて。

「渡された手紙の内容。彼女の声について言及されていただろう?」

「ふぇっ!? えっと……そうでしたか?」

 急に話を戻すからびっくりした……。

「霧島クンのクラスメイト、全員に聞けていないから確固たる証拠があるわけじゃないけど、君も含めてあのクラスで誰も彼女の言葉を聞いたことがないのに、手紙の差出人は彼女の声に触れていた。呪いと銘打っていたけれどね。呪いで封じられて誰も聞いたことのない彼女の声を知っていたとするのなら、彼女と差出人は旧知の間柄であるはずさ。引っ越してきたばかりなのに旧知とはこれ如何に……と考えれば勝手に答えは絞られてくる。ま、差出人と受取人がニアリーで結ばれたのは、ほとんど当てずっぽうではあったけどね。そもそもだ、彼女は呪いの手紙を後生大事に取っておいたのだろうか。私だったら破り捨てるね。差出人の目の前で。たとえ効力があったとしても、なかったとしても、気味の悪いものを取っておくなんて頭が悪いにもほどがある。ほら、考えれば考えるほどに、彼女の行動は不可解だろう? 答えなんてものはそれくらいの浅い考えで出てくるものさ」

 当てずっぽうと言いつつもそれなりに根拠があると思ってしまうのは僕だけ、なのかな?

 ただ、この人の場合、どこまでも本気で、どこまでも虚偽、かもしれないけれど。

 この人はいつもそうだと、僕は常々思っている。

 出雲真中。高校三年生。名前の通り発言も行動も、存在そのものがグレーゾーンにいるような人。どちらに対しても味方であり、敵でもある。味方につけば心強く、敵対すれば心底手間がかかる。だからこそ関わること自体が面倒だと言われる上級生。

 なのに嫌われない。

 性格、人柄、相性、雰囲気。どこを取っても、どこから取っても、平等に接してくる出雲真中という存在。

 怖くもあり、頼もしくもある僕の先輩。

「でも実際のところ、山梔子さんが本当に呪いを受けていたらどうすれば良かったのでしょうか……?」

「考えが貧困でしょぼいね、霧島クンは」

「そこまで言われる必要がありますかね……」

「呪いっていうのは、言葉にしたり、文字に起こした時点で呪いじゃなくなるのさ。起こした時点でそれは、呪いでなくただの暗示、だね」

 暗示……。

「催眠術ってあるだろう? あれだって言葉を口にするわけだ。相手をいいように操る。それ自体は超能力で呪いみたいなものだが、実際には暗示と呼ばれる。口にしているからね。知っているかな、霧島クン。呪いってね、まじないとも読むんだよ? 超常現象に対抗するための超常術。つまるところ元は天災、自然現象に対することだったのさ。供物を捧げ、人柱を捧げ、天地に対する平穏を願うためのものが呪い、ひいては呪術と呼ぶのであれば、本当に彼女を恨んで、憎んで、妬んで言葉を奪ったのなら、それは人が人に対するただの願望だよ」

 なんてことはない。彼女がそうなりたいと願っただけ。彼女が彼女に対して願った願望。それだけのこと。

「暗示といえばそうだね、星に願いをなんかもそうだよね。流れ星に三回願い事を口にすると叶うー、とか言われてるけどさ、あれだって結局は自分の叶えたい願望、展望、欲望を口にするわけだ。そして叶えるために行動するという自己暗示をかける。叶えばより強くオカルトを信じ、叶わなければオカルトなんてないと切り捨てる。都合のいい頭を持っているのさ、私たち人間は」

「夢も希望もない発言ですね、それ」

「夢や希望がなければオカルトは存在しないさ。見えない力にロマンを求めるからこそ、オカルトはあると信じる人がいるだけだよ。一種の酔狂な宗教と言い換えても過言じゃないかもね。狂えば狂うほど、信仰心は熱くなるのだから」

 つまりはカルトで成り立つオカルト、ということかな。

 あるはずもないものがあると信じる。それは逆の立場からしてみれば、カルト的と言ってもいい。しかし、そういった人たちがいなければ、肯定派と否定派がいなければそもそもオカルトなんて言葉すら存在しなかった……かもしれない。

 今回の場合「言葉を口にしたい」という彼女の表面的な肯定派と、「言葉を口にしたくない」という内面的な否定派が生んだオカルトだった。言葉という目には見えないものを「呪いの手紙」として形にし、それを所持することで自己暗示をかける。周囲には「呪いの手紙」のせいで言葉を発することができないという「オカルト話」をアピールして、自分を守るための殻をどんどん厚くしていった。

 ただの逃げ口上だと言う人がいるかもしれないけれど、結局、自分の身は最終的に自分で守らないといけないのだったら、彼女の行動も自己防衛の意味としては成立している気はしている。今現在、山梔子さんという学生は生きているのだから。自分の声を他人には聞かせたくないという願望、展望、欲望――そして、希望を彼女はそこに見出していたから。

『望み』は人を強くする。

 先があるから人は『望む』。

 じゃあ、望まなければ先はないのか、と問われたなら、あながち間違いではないと僕自身は思っている。

 将来の夢、あれがしたい、これがしたい、行ってみたい、触れてみたい……何をするにしても根源的にあるのは「生きていたい」という望みがあってこそ。生きているから何でもできる。死後の世界なんてもの、信じている口じゃないから。

「オカルトは合って然るべき、ということですか?」

「限りなく正解に近いかもね。ただ私自身の考えでは、オカルトは合うのではなくて、遭うものだと思うよ? そこに在って、何かと合って、誰かが遭う。でなければ認められない。自己満に近いものになってしまうからね」

「結局、都市伝説は正しい。ということですよね? あれも誰かがそれらと遭っているから話として創られ、尾ひれが付いて回る」

 正しいのニュアンスが通常と若干違うけれど、間違いじゃないと思う。

 今回の不幸の手紙、もとい呪いの手紙だってそう。不幸の基準は人によって様々なはずで、その不幸の基準を知っているのは間違いなく自分しかいない。『毎日一回以上転ぶ』みたいな呪いをAさんがBさんにかけたとして、呪いをかけられたBさんが普段からおっちょこちょい、または天然であったなら、その呪いはBさんにとって普段の延長線上にしかないものと捉えられたら、それは不幸でも呪いでもない。そこは当人にしか判断できないのであれば、呪ったと判断するのは周囲の人間だけ。

 つまり……オカルトをオカルトだと判断してしまうのは、尾ひれを付ける第三者、なのかもしれない。

「そうかもね。結局は怪談譚だろうが、都市伝説だろうが創り話さ。どんなものでも、話にまつわる物は嘘ばかりだよ。何かを、誰かを介した時点で脚色がされて、脚注が加わり、最終的に失脚する。嘘であるが故に、ね。でも、人は嘘に頼りたがる。どうしようもなく。嘘だと分かっているのに、虚だと解っているのに」

「自分を守るための絶対的方法、だからですか?」

「まあね。中にはそんなことをしなくてもいい人もいるけど、そんなのはレア中のレア、生肉どころか素材そのものだろうね。素直さと正直さは相容れないものだから。誰だって傷つくのは嫌だし、傷つけるのは嫌だろう?」

 素直さと正直さはどちらも諸刃の剣。ある時は他人を傷つけ、ある時は自分を傷つける。

 それなら、最初から嘘をついていた方が気楽で、面倒なこともなく、色んなものを守ることができて、色んなことから守ることができる。

 例えば会社の面接でこんなテンプレートがある。

『あなたがこの会社を選んだ理由を教えてください。』

 そんなもの、これから生活をしていくためのお金が必要だからです。なんて、大体の人は言える訳はずがない。好きでもない、やりたいとも思っていない仕事の会社ならなおのこと。正直に「お金が欲しいからです」とか、素直に「本当は嫌いなんですけど」とか言ったところで、面接官がその人の実直さに心打たれて「採用!」なんてことはほとんどありえない。

 ならどうする? 何する?

 僕ならきっと、建前という名前の嘘を吐く。偽って、本心のように本当でもないことを並べて話す。

 僕自身を脚色して、心に脚注を加えて――最終的に、夢も希望も無くなったとき、僕は社会から失脚して脱落する。

「考えてしまったら、救いようがない世の中ですね……」

「それは違うね、霧島クン。救いようがないから、救いがあるのさ」

「……? 救い、がある?」

「うん。本当に、どうしようもこうしようもなく、この世界に救いがないのなら、最初から嘘を吐く必要はなくなる。言っても無駄なら、人は言葉を失っているさ。でも、この世界は嘘が通じてる。一片の偽りなく嘘が通じているのさ。騙し騙され、虚実に虚勢を張って、下らなくもないこの世界は間違いなく、『嘘』(オカルト)があるんだよ。偽りばかりの救いのない世界だから、嘘を吐けるという救いがあるのさ」

「『偽り』を否定して、『嘘』を肯定する、ということですか?」

「私たちルト部の方針としては間違えていないだろう? どう捉えるにせよ、本当のことなんて口にする必要なんてないのさ。君と同じようにね。言ってしまえばだよ、霧島クン。私から見てみれば君の方が『オカルト』だと思うけど? いや? オカルトチックに成りたがっている、が正解かな」

 真っ直ぐで捉えどころのない瞳で、出雲先輩は僕に向かって言った。

「……どういうことですか? 出雲先輩の意図が分かりませんが」

「なはは……分からない、ねえ? いやなに、気にすることではないよ。人間誰しも秘密の一つや二つ以上持ち合わせているものだ。君の限らず私にも言えることだが、誰だってオカルト持ち、さ。霧島クンの場合は名が体を表していないだけだね。愛称だけは名らしいけど」

「相も変わらず、遠まわしで皮肉を言いますね、出雲先輩は」

「愛は変わるものだけどね。特に重さが。遠回りするのが私のクセさ。ストレートよりも変化球が好きな性分だから必然、言い方にも変化球が加わるのかな? いや、もしかしたら君にとっては危険球、かもね」

 ニヤリと、何かを……いや、完全に含めるように出雲先輩は僕に向かって言った。

 まるでアニメのワンシーンのように。

 専用のカットインがあるのではと思ってしまうように。

「大丈夫さ、ルト部部長。君はきっとこの先も『主人公』のままだよ。色んなイベント盛りだくさんの『主人公』だ」

 出雲先輩は笑って、

「ま、台無しにしてしまえば、人は誰だって自分の中では『主人公』だけどね」

 本当に台無しにした。

「出雲先輩らしいですね」

「おや? 私のことを知ってくれたような発言だね。嬉しい限りだ」

 特に感情を込めたわけでもなく、不敵な笑みを浮かべたまま出雲先輩は言った。

 誰だってオカルト持ち。

 それは例外なく、目の前にいる出雲先輩にも言えることで――

「おっと、今日の補習授業はこれで終わりかな? さてさて、愛しの我が家にでも帰宅するとしましょうか。じゃあ、霧島クン。また明日」

「はい、ではまた明日」




 ともあれ、これで僕たちルト部に依頼された奇妙なオカルト話に決着はついた。

 呪いの手紙、なんて数年前に流行ったオカルトを自分自身の目で見られるなんて思いもしなかったし、見ていて気持ちいいものじゃなかったのは確か。オカルト関係で後味スッキリミント味な話を見つける方が稀だとは思うけれど。

「スッキリしていないのは僕も同じ、か……」

 出雲先輩の言葉。あれはどこまで踏み込んだ発言なのか見当もつかない。僕のことを解っている発言、なのかな。誤魔化しているようで、その実真理を突いてくるようなところ。

 あの人は本当に、名前が体を表している。

 僕とは違って。

 常に真ん中に立っている。

 善行も、悪行も、正しさも、誤りも、身内も、他人も、色々なものに平等で、様々なものに不平等。どちら側にも付いて、どちら側にも付かない。そこに立っているだけ。絶対的な中立立場を貫いているような気がしてならない。でもきっと、そのことを出雲先輩に聞いたところで、軽くあしらわれるのがオチだと思う。「私は君が望んだ方に付いてるー」みたいなことを言って。

 ただ……この世界にどれだけの人が自分の名前と外見が一致しているのか疑問には思う。人だけじゃなく、物だってそう。『はさみ』なんて挟む物じゃなくて切る物。じゃあ、名前は『きり』で良かったのでは、とか。

 名前なんてそんなものじゃないかな。意外に意味が込められているようで、存外に案外、込められていなかったり。

 そもそもだよ? 名前負けしている、なんて言葉があるからいけないのであって、名前に重要性を置かなければ僕だって卑下する必要も、悲観する必要もなかったわけで。特にしていないけれども。

「初見で読める人なんてそうそういる訳ないけど、あの人の場合は読めそうだから怖いし、掴みどころがないんだよね」

 霧島照國、上八代高校一年生、出席番号七番、身長一四〇弱、体重そこそこ、血液型O型、オカルト研究部部長。得意科目は理科と家庭科、主に裁縫。趣味は休日に友だちとプリクラを撮ったり、屋内スポーツ施設でサッカーやらバスケットをすること。商店街にあるクレープ屋さんが特に好き。まあまあ社交的なほうで、来る者拒まず、が信条――


 出雲先輩が僕のことを『主人公(ヒーロー)』と呼ぶはずがない。何故なら僕は――『主人公(ヒロイン)』と呼ばれるのが相応しいはずだから。


 ――性別、女性。同じ高校に進学した中学時代の友人二人は、それぞれ女子バスケ部とサッカー部のマネージャーになった。彼氏を作りたい下心一心で。

 一人称が「僕」と言っている理由もあり、名前も素直に見ればそれらしくもあるため、多くの人に勘違いされる。一々面倒になるから名前を名乗ったことは一度もない。間違えられたところで、僕の人生には大した影響でもないし。ああ、それと見た目もそうかも。昨日、出雲先輩に言われたみたいに、毎日トリートメントは欠かしていないはずなのに髪の毛は猫っ毛でバサバサ、身長も平均以下な上に着ている服はシャツとデニムパンツがメイン。残念な胸の大きさも相まって、遠くから見ても近くから見ても小学生男子。公共交通機関は子ども料金で通過できる……と思う。試したことないから分かんないけど。

『オカルトチックに成りたがっている』

 僕のような存在は都市伝説。なんて言いたかったのかな、あの人は。

 僕っ子はたくさんいるし、背の低い女子高生もいる、髪の毛がボッサボサの女性だってたくさんいる。僕はたまたまそれらの要素を出雲先輩の近くで兼ね備えていただけで、探せばきっといるはず。世界は広いから。

 ただ――そうだよね。間違えられるような恰好を最初からしなければいいだけであって、今の恰好に拘らなければ勘違いされるようなこともない、はず……。似合う似合わないの問題ではなくて、イメージの問題。

変えるつもりは、ないけど。

「ふふっ……そうか、確かに――」


 ――それこそ『隠された理由(オカルト)』かもね。





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