プロローグ -朝-
久々の投稿です。
長く続けられるよう、皆様に楽しんで頂けるよう頑張ります。
不意に目が覚めると、そこにはいつも通りの散らかった俺の部屋。悪い夢を見ていた訳ではない。誰か居るのか?周りを見回したが誰も居ない。でも確かに誰かが居た。どこかで見覚えのある誰かが。ぼんやりとしか思い出せないけど、その瞳、その輪郭、その声、全て俺は知っている。でも思い出せない。いつ?どこで?誰が?そんな事をまだ醒めきらない頭を必死に捻って考えていた。
辺りはまだ暗いながらも、遠くで鳥の声が聞こえる。こんな時間に目が覚めた事がないから、よく分からなかったけど、どうやら今は朝のようだ。夢の事を忘れられないまま、忘れかけていた昨日の事を思い出そうとしていた。そうだ、確か昨日は村の皆で宴をしていたんだ。それもただの宴じゃない。昨日16歳になったばかりのセリアを皆で祝うための―
セリアは無事なのか!?ふと頭をよぎった。さっきの夢とは関係無いはずのセリアの身を案じて、家族を起こさないように忍び足で、なんて考えが起きる間もなく急ぎ足でセリアの家に向かった。よくよく考えればおかしい事だが、自分よりセリアの身に何か起きていやしないかと不安になった。足元も見えない、月の光すら浮かぶ暗い朝の空の下を、ただひたすらに走った。
少しして、村で一番日の出が綺麗に見える小高い丘に差し掛かると、セリアが座って空を見ていた。安心しつつ、息を切らしてセリアの元へ駆け寄った。先に声を掛けてきたのは来たのはセリアだった。
「珍しく早起きね。」
まるで俺が来る事を知っていたかのように、落ち着いた様子で笑顔のまま続けて言う。
「そんなに息切らして、よっぽど私に会いたかったのね。心配しなくても、忘れたりなんかしないのに。この寂しがり屋さん。」
いつものように皮肉めいた冗談を言うセリアに安心した俺は、ようやく声を掛ける事が出来た。
「そんな理由でわざわざこんな寒い朝に起きて走ったりしねぇよ。―それより、何か変わった事はなかったか?」
「べっつにー、なぁんにもないけど?」
「冗談で言ってるわけじゃないんだ。」
「そうねー、変わった事と言えば、アレックスがこんな時間に起きて、私のトコに走って来た事位かな。」
「まったく・・・。」
「それより、何か理由があるんでしょ、ここに来たのには。」
本当の事を言おうか迷ったが、今までセリアに嘘をついて見破られなかった事が一度も無かったので、観念して俺は打ち明けた。
「その、なんだ、夢を見たんだ。不思議な夢を。知っているのに、誰か思い出せないんだ。絶対にどこかで見た顔で、どこかで聞いた声なのに。」
「ふーん。それで、恐くなって私に会いに来たと。」
「違ーよ。俺は無事でも、お前の身に何か起こって無いかと心配になって―」
「心配しなくても、この通り無事よ。そうやって余計な世話ばっか焼いて、周りが見えなくなって冷静な考えも出来なくなる、アレックスの悪いとこ全部出ちゃってるよ。ほら、髪もボサボサ、しかもパジャマのまんまで―」
「うるせーよ。」
「でも、ありがとう。」
「いや、別に、無事なら良いんだよ。」
やや長い沈黙を終えて、冷静になった俺は、ようやく当たり前の疑問を尋ねる事が出来た。
「お前は何でこんな時間にここにいるんだ。」
「何でって、まぁ、単純に言えば、眠れなかった、からかな。」
「眠れなかったとしても、ここに来る事もないだろ。」
「女心は複雑なの。」
都合の悪い事を聞かれるとこうはぐらかすセリアだが、今回に限っては答えてくれた。
「私、何でこの村の、この家系に、こんな時代に生まれたのかな。」
俺は何か言葉を返したかった。いや、返すべきだった。だが、言葉を返すには、俺とセリアが背負うもの、辿って来た境遇、辿らされる運命は似ているようで大きくかけ離れていた。それをまざまざと感じ黙り込む俺と対照に続けてセリアは話す。
「ずぅーっとずっと昔のご先祖様が偉大なる結界師っていうだけで、私の家系は16歳になったら男女関係なしに一人で旅に出させられるのよ!今まで旅に出た人の中には死んじゃった人もいるんだよ!お姉ちゃんもそうだった!しかも最近は空を変なカタマリが飛んだり、遠くからすごい地響きみたいな音がするじゃない!」
「私、嫌だった。この日が来るのが。旅に出るのが恐かった。16歳になるまでに、死にたいと何度も思った。」
涙声だった。セリアが初めて、俺に泣き言を言った。
「でもね、行かなきゃいけない。私が生まれて、今、ここに生きているから。だから、この村で一番早く日の出が見えるここで、一人でずっと、朝が来るのを待ってた。もう迷わないように。もう振り返らないように。」
彼女は強かった。俺の目に映っていたのは、ただの幼馴染ではなく、決意に満ちた勇者だった。
「―私が居なくなったからって、泣いたりしないでよね!」
「―泣かねぇよ。」
俺が返せる精一杯の言葉だった。
太陽が昇っていた。眩しい光が彼女を照らす。
「行かなきゃ。みんなが待ってる。」
俺はただ立ち尽くした。遠くなるその背の距離に触れる事も出来ないまま。
「先に行ってるから、いつまでもボーっとしてないで、見送りに来てね!」
彼女は笑顔だった。
色んな思いが頭を駆け巡る。なんて俺は小さいんだ。彼女はもうとっくに前を向いているのに、俺は未だに過去を見てうつむいている。俺には何も出来ないのか。ただ一つでも、俺にしか彼女に出来ない事は何だ。叫んだ。ただただ、遠く向こうの何かに叫んだ。俺の無力さを嘆くように。たった16歳の少女が背負うには重すぎる運命を責めるように。
そして、いつの間にか呟いた。
「俺は、主人公にはなれない。」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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