馬鹿は死んでも治らない
「えっとー。ロックガンド・トリオだっけ?」
思い出しながら、キャルはこっそりベンチの後ろに隠れると、三人が通り過ぎるのを待った。
ロックガンドとは、この国の北にある切り立った山脈で、この三人はそこで山賊をしているから、適当にこの呼び名が付いたらしい。
頭に見えない頭領のあの男の名前はなんといったか。
「えっと?マイワンだったかな」
記憶の端っこから、辛うじてその名前を引っ張り出せた。まあ、どうでもいいといえば、かなりどうでもいい名前だが。
見ていれば、三人揃って聖堂に入ってゆく。
しばらくして、他の人々と一緒に、悔しがりながら揃って出てくるのも見届けた。
「あいつらも、聖剣目当てだったんだ」
自分の力量を知らないとは恐ろしいものだと、妙に感慨深くなる。
「何やってんのキャル?そんなところで」
いきなり後ろから声をかけられ、驚いて飛び上がる。
見ればセインが腰をかがめてこちらを見ていた。
「セ、セイン!驚かさないでよ!」
「ごめんごめん」
あはは、と笑うその頭を、ごいん、と殴る。
「あ痛!」
「あんたっていっつも、どっかから湧いて出てくるわよね」
「だからって殴ることはないじゃないか、ひどいなあ」
セインは眼鏡を掛けなおして、涙眼で訴える。
キャルはこれでも名の知れた賞金稼ぎだ。その自分に気配を感じさせもせずに、セインはいつも気が付けば側にいる。
「あたしの立場ってモンがないじゃない」
ブツブツと小さく呟く。
「こおーんなに、ぼうっとしてんのに、セインって不思議よね」
「そう?」
面と向かって言ってやれば、セインはちょこっと肩を持ち上げた。
その情けない顔に、もう一度殴ってやりたかったが、いかんせん既にセインは腰を伸ばしていて、手が届かない。
その長身による身長差にも、実は腹が立ったが、これはもう仕方がない。
絶対に成長過程で牛乳飲みまくって頭に手が届くようになってやる、とは、心のうちに秘めた野望だったりする。
実際、座ってくれないと、見上げてばかりで首が疲れるのだ。
「とにかく、座らない?」
セインに、目の前のベンチを勧める。
「それより、中に入っちゃおうよ。人も空いてきたし」
彼の言葉に、見れば聖堂の入り口も、人がまばらになっていた。
街灯に明かりがともり、夜がそこまで来ていることを告げている。
「やっぱり、いいわ。ここで」
キャルはぽん、と、ベンチを叩いて、セインに隣に座るように促した。
「だって、中でコレは食べられないでしょう?」
食べ物の入った袋を見せれば、嬉しそうにセインは頷いた。
結局、二人はベンチに座りながら、人気がなくなるまでの時間を、キャルが買ってきたサンドイッチで腹を満たして過ごした。
「へえ。これ、美味しいね」
「そう?良かったわ」
そんなたわいもない話をしていれば、すぐに聖堂の中のガス灯の明かりが付いて、人々は立ち去り、最後に老人が曲がった腰を庇いながら出て行くと、周囲は二人だけとなった。
そうなるとようやく、聖堂の中の、いつもの定位置である、岩にまで移動して座り直す。
「やっぱりここが一番落ち着くな」
と、セインが言うからなのだが。
「そういえば、セインって聖剣に詳しいわりに、あんまり研究とかしているように見えないわね」
キャルが、セインの隣に腰掛けながら、考えるように言う。
「そう?」
「そうよ」
「まあ、僕は管理人だから」
えへへ、とセインは笑う。
「管理人が研究しても仕方がないじゃない?」
思えば、出会ってからセインは、聖剣に触るといっても、撫でたりするだけで、管理しているというよりは、ただ、傍にいるように見えるのだ。
まあ、触って手入れをするような物でもないのだろうが。
しかしながら、やっぱりセインロズドの事には、やたらに詳しい。
キャルにとっては、夜に会えるのはのんびりできるから良いのだが、雇い主から頼まれているのだとしても、夜中まで管理することもないと思う。
「でも。セインだって夜の方が良いって言ってたわよね?」
「そりゃ、あれだけの人で、昼間にはごった返すからね、ここは」
その最中では、こうして剣の側でくつろぐことも出来ないのだから、管理するのも、やっぱり夜の方がいいのだろうか。
「まあ、いいわ」
ここでまた、セインの話に夢中になってしまってはいけないと、キャルは話を中断させて、ごそごそと紙袋を取り出した。
「今日はね、見せたいものがあるの」
大事そうに取り出したのは、途中の本屋で見つけた、あの絵本だ。
「どうしたの?それ」
紙袋から出てきた、綺麗な青い本に、セインも興味が沸いたらしい。
「今日、本屋さんで見つけたの。セインにはいっつも面白い話を聞かせてもらっているから、こっちも仕返ししないとね」
「ええ?仕返しされるの?僕」
真剣に身を引くセインに、キャルは笑った。
「いやあね、冗談に決まってるじゃない!」
「ええ?そ、そうなの?」
ずり落ちた眼鏡を直しながら、本気で聞いてくるのがまたおかしくて、キャルはなかなか絵本が開けない。
「笑いすぎだよ!」
「あははは!ごめんごめん」
その時だった。
「・・・!」
「何?」
キャルが、不意に笑いを止めて、きつい眼差しを、聖堂の入り口に立つ一本の柱に向けて放つ。
いつもと違った、見慣れないキャルの表情に、セインも少女の目線の先を追った。
「誰?」
誰何の声をキャルが投げかけるが、返事は返ってこない。
「誰なの?!」
二度目も、聖堂は静まり返るばかりで、二人の出す物音意外は聞こえない。
イライラしたキャルが、スカートの裾の中に手を伸ばす。
岩に座ってぶら下げていた足を上げ、片膝をつき、体制を整える。
「そこに居るのは分かっているの。さっさと出て来てくれないかしら?」
セインは息を殺して、キャルの行動を見守った。
「私、そんなに我慢強い方じゃないのよね?」
カチリ
硬質な音が、キャルのスカートの下から、かすかに聞こえた。
しばしの沈黙。
息苦しい空気に耐え切れなくなったのは、相手の方だった。
「はいはい、分かったよ、お嬢さん」
両手を上げて出てきたのは。
「あれ?あんた・・・」
「フフフ」
キザったらしくて、いやらしい流し目を送りながら、聖堂の明かりに照らし出されたのは、キャルがこの街に来てすぐ、あの小さな喫茶店で、美人のウェイトレスにちょっかいを出していた顔だった。
ついでに言えば、先ほど聖堂の前でも見かけている。
「ああ、本気で思い出すんじゃなかったわ」
今日、セインに会う前に、ちらりと脳内の記憶をかすめただけで、一度ならず二度までも、こんな見たくもない顔を拝まねばならないとは。
しかし、この男がここにいるということは、あの連れの二人もいるはずだ。
「あと二人、いるわよね?」
キャルが用心深く構えながら、入り口の柱へ向かって声を掛けると、案の定、派手な男に続いて、二人とも両手を上げて並んで物陰から出てきた。
「お知り合い?」
「になんか、なりたくもないわね」
セインの質問に、言葉尻を捕まえてそのまま返答する。
「つれないじゃないか。知らないフリかい?」
両肩を上げて、大仰に首を振る。
「悪いんだけど、知らないフリも何も、あんたがセクハラ魔人ってこと以外知らないんだけど?」
キャルの辛辣な言葉が、派手な男の眉をヒクつかせる。
セインが、キャルの隣で腕を組み、少し首をかしげて不思議そうに呟いた。
「セクハラ?」
「あたしの入った喫茶店のお姉さんに言い寄っていたのよ。そりゃあ見事にフラれていたけど、当然よね」
「うわあ、最悪だね」
「でしょ?あたしなんか口も利いてないのよ?」
「それで知り合い扱い?」
「図々しいにも程があるわよね」
二人の会話に、ロックガンド・トリオのヘッド、マイワンは眉だけでなく、口端までヒクつかせた。