蟻
「・・・さて、と」
キャルはきょろきょろと、辺りを見回してみる。
馬車が停まった場所は広場であるらしい。
石畳の綺麗な円形の模様に、中央の噴水が映えて綺麗だ。
「とにかく、聖剣の安置されているとかいう場所を、探さなきゃね」
と、口に出してみたものの、どうやら探さずとも済むらしい。
「・・・何よ、これ?」
広場の端っこに、デカデカと立てられた看板が、キャルの目に飛び込んできたからだ。
<伝説の聖剣、大賢者・セインロズドの聖堂はこちら>
ご丁寧に、地図に矢印まで付いている。
「ありがた味も何もあったもんじゃないわね」
呆れて看板をコツコツと叩いてみるが、道に迷わなくて済んだことに変わりはない。
「ま、いいか。この調子だと、道の角という角に案内の看板が出ていそうね」
実際、地図のとおりに歩いてみれば、もう既に、道の向こうの角に、何だか矢印の形をした看板が見えた。
「観光地?」
この前訪れた、国宝やら文化財やらの古い建物があちらこちらに点在している町には、やれ、何々はこちら、あれこれはこちらと、道々に看板で道筋が示されていたのを思い出した。
とにかく看板どおりに道を辿ってゆくと、そんなに苦もなく、聖剣の場所に辿り着いた。
「・・・だから・・・」
脱力感を覚えて、本日二度目の台詞を吐いた。
「何よ?これ!」
ダンダン!
と、足踏みしてみるものの、納得できない状況は変わる事無く。
目の前に広がる光景は、想像以上に観光地のそれだった。
さほど広いとはいえない道の両側に、露店が立ち並び、様々な商品が所狭しと売らている。そしてそれらをあれこれと、これまた見るからに力自慢だけの頭の悪そうな連中が品定めをしているのだ。
ちょっと物騒な観光地。
そんな感じだ。
「・・・これじゃあ、おばあちゃんの息子さんくらい、身ぐるみ剥がされちゃうわね」
馬車で知り合った老婆の顔を思い出した。
確かに、素人が剣を腰に刺していたら、良いカモだ。
美味しそうな香りを漂わせる屋台の、その鍋をかき回している頭の禿げた店主からして、既にガラが悪そうである。
とりあえず道を歩いてみる。
道の先には、六角錐のとんがり屋根がちょこんと見える。
青い瓦に覆われた屋根はとても小さいが、何だか派手な装飾が施されている。
「・・・どこで発見されてこんなところに持って来たのか知らないけど」
白い柱に金ぴかの彫刻が目立つその建物が、例の聖剣の安置されている”聖堂”なのだろう。
「・・・やりすぎよねえ?」
誰に言うでもなく、キャルは一人ごちた。
「これじゃあ、本物かどうかも胡散臭いわね」
何せ伝説のシロモノだ。
発見されただけでも奇跡なのに、この扱いはなんと言うか・・・。
「商売根性丸出しのエセ臭さだわ」
趣味の悪い成金が、持て余した大金をとりあえず使って金持ち度をアピールしてみた、そんな印象ばかりが先立つのは、もうどうしようもない。
「ディーナって、首都のわりに貧乏だったのかしら?」
そう思っても仕方がない。
物騒なのが目立つだけで、見ればやはり普通っぽい人もいる。中には騎士なのか、鎧をまとった者や、何だか立派な服を着た人もいて、あちらこちらから人々が集まっているのは一目瞭然だった。
この人々が落としてゆくお金。すなわち聖剣の噂による経済効果は、いかほどのものなのだろうか。
「ま、あたしには関係ないけどね」
とにかく、噂の剣を見てみたいのは、キャルもここに集まった人々と一緒。
例の、聖堂、とやらに近づくにつれ、何となく足早になる。
「えーっと」
近づいてみれば人の列。
小さな売店で拝観料を払ってチケットを買わなければならないのかと思ったが、さすがにそれはなかった。
本格的に観光地になっているのなら、それもあるのかも知れないと思ったのだが。
ほっとしながら最後尾に並ぶ。
それでも結構な行列だった。
徐々に近づく聖堂は、遠目に見るよりも更に煌びやかで、間近にすると、豪勢を通り越して滑稽に思える。
聖堂は、六角に造られていた。
六枚の壁と、六本の柱の上にある、六角錐の屋根の青い瓦は、磨かれてぴかぴか光っていたし、その縁を飾る彫刻は、かの聖剣の物語を表してはいたが、どれもできたての感が拭えず、更に金色に塗られてしまっているせいもあって、豪華というよりは、逆に安物っぽい。
白い壁や柱はそれなりに美しかったが、真新しすぎて年代を感じさせないものだから、屋根のゴテゴテした彫刻も相まって、白さだけが際立ってしまい、正直ケバケバしい。
内部に入ってみると、キャルはもう回りを見るまいと、うつむくことにした。
何せ教会でもないのに、六辺の壁にはステンドグラスを嵌め込まれた窓が一枚ずつあり、夜には明かりが灯されるのか、六角の屋根に合わせて立つ六本の柱のそれぞれに、上の方には妙に繊細に作られた、花の形をした鉄製のガス灯が、真ん中のあたりにはキャンドルスタンドが立ち、屋根の天辺からはキラキラと、ステンドグラスのカラフルな光を反射させて、それは見事なシャンデリアがぶら下がっていたのだ。
しかし、うつむいてみれば床が目に入ってしまうもので。
「床まで最悪ね」
白い大理石なのはいいが、継ぎ目のところどころに輝石を嵌め込み、何か意味があるのか知れないが、タイルで幾何学模様に彩られた部分がちょこちょこと点在していた。
どうしたら、こうも統一性のない装飾が施せるものなのか。
建築家の顔をぜひ見てみたい。
そんな感想を抱きつつ、ちらりと前を見ると、ようやっと、伝説の聖剣・大賢者セインロズドの側まで来ることが出来ていた。
「これは・・・なんていうか・・・?」
ゴツゴツした大岩に、黒々と錆び付いて、刃もボロボロに欠けてしまっている、かろうじて剣なのだろうと分かるようなシロモノが、その中腹に、突き刺さっていた。
柄があるので、一見黒くてぼろい十字架にも見える。
この、聖堂の派手な外見と、安置されている聖剣のみすぼらしい外見の違いは何なのか。
「ギャップのありすぎも甚だしいっていうのかしらね・・・?」
立ち入り禁止の柵はなかったので、もう少し近くで見ようと列が進むのを大人しく待つ。
と。
前に並んでいた、ちょっと、というか、いかにも腕っ節の強そうな、いかつい男が突然、のしのしと、自分の前に並んでいた中年の男を押しのけて、剣にガッと取り付いた。
「・・・え?」
呆気にとられて見ていれば、男の肩の筋肉が隆起した。
「ふんぬうっ!」
気合一発。
男が精一杯の力で剣を引き抜こうとしているのは、男の顔がみるみるうちに真っ赤になっていくので分かったが、それだけ力を入れているのにもかかわらず、剣はぴくりともしない。
「ふぬうう!!!!」
もう一度、男が力を込めて引っぱり上げる。
ついには腕が震え始めてしまった。
それでも、この古臭くてボロボロの剣は一向に抜ける気配がない。
「ちいいいっ」
気が済んだのか、男は剣から手を放し、岩から降りた。
相当悔しかったのだろうか。近くにいた見物人の腰から剣を奪い取って、鞘ごと真っ二つに折り曲げてしまった。
「うわ。怪力」
その怪力をして、このボロい剣は抜けなかった。
キャルは、列から離れてみた。
聖堂の壁に寄り、聖剣から少し離れて見ていると、我もわれもと、次々と力自慢の男達が剣を引き抜こうと奮闘していく。
中には女性や、果ては老人までいる始末だ。
下を向いていたために、人々の行動に気が付かなかったのだ。
手にした者は世界を制す
そんなフレーズを思い出す。
一振りで百人をなぎ倒し、持つ者に千の智恵を与えると言われる伝説の剣。
聖剣・大賢者セインロズド。
目の前のこの剣が、本当に伝説の聖剣なのだとしたら、抜いた者は万の力を得ることになるのだろうか。
キャルはぞっとした。
そんな力を欲しているのだ。ここに集まった人々は。
逃げるように小さな聖堂を後にして、キャルはあの露店の並ぶ街道へとまろび出た。
「・・・宿、探さなきゃ」
思い出したようにポツリと呟き、大きな鞄を引き摺って、ガラゴロと歩き出す。
「冗談じゃないわ」
あんな頭の悪そうな連中に、剣が抜けるとは思わないが、ああして集まって、次から次へと剣に取り付いてゆく姿は見ていたくなかった。