勧誘っていうのはね
「国王も大変ね」
呆れてキャルが言えば、王様は大仰に頷いてみせる。
「予なんかはまだ良い。役所を管轄している王宮の役所管理官は、まだ若いというのにすでに禿げ頭じゃ」
民のためと、市政を敷いてみたら、そこはだらけた役人の温床と化してしまった。今では民衆を代表しているのだからと、王宮のいう事なぞ、これっぽっちも聞きはしない。
その役人を、民衆が投票して決めているというのだから、また頭の痛い話だ。
「・・・まあ、私なんかは、その役所に世話になっている口だから、あんまり言えないけどね」
ヘッドハンターを管理している大元は、各地域の役場である。もちろん、企業や個人で賞金を懸けている場合も多いが。
パスの発行は役所だ。
「まあ、とにかく、扉を付けたいからと、管理官に申し立てて来てな。しかも、ラオセナルがなにやら、夜まで管理人を置いているというではないか。聞きもしないのにその管理人の情報まで寄こしおったが、それがまたあやふやでなあ・・・」
それはそうだ。
役人の誰か一人でも、セインに会った事のある人物はいないのだから。
ヒゲ役人の言うところをまとめれば、キャルの話を王宮に伝えたことになる。元々人からの伝い聞きなのだから、あやふやにもなるだろう。
「ま、その役所の言うところの、聖堂の管理人の見た目だけを聞けば、我が家の居間に置いてある肖像画にそっくりだったのだよ」
国王の家の居間。
それはいったいどんなものだ。
軽く突っ込みたかったが、話が中断してしまいそうで、キャルは黙っていた。
「そうしたら、夕方になってラオセナルが予の執務室に尋ねて来おってな。やっぱり、物騒だから、あのみょうちくりんな聖堂に、扉を付けろと言う」
これはもしや、と、いうことで、国王は聖剣の存在の有無を確かめると同時に、扱いに困った役所を懲らしめる策を思いついた。
「で、役所と結託したかのように見せかけて、わざわざ近衛隊まで引っ張り出したわけですか?」
「そう。もちろん、ここに倒れている近衛隊全員が、役人連中の本性を証言してくれるに違いあるまい?」
そのために、役所へは、国王から治安正常化のための討伐隊として、近衛隊を借り受けたから、好きに使ってよい、と、管理官に伝達までさせたのだ。
良く考えなくても、国王がおいそれと、自分の軍を貸し出すわけもなく、あまつさえ、好きに使って良いなんて、言うはずもない。
「じゃあ、この人たちは巻き添え食ってセインに倒されたっていうの?」
「あ、安心して。みんな峯打ちだから」
「当たり前よ!」
ガス!
「うぎゃっ」
勢い良く踏まれた足の親指を抱えて、セインが飛び跳ねた。
血が一滴も流れていないことから、誰一人、傷つけていないことは分かっていた。それでなくとも、セインに簡単に、人殺しが出来るとはキャルには思えない。
「まあ、国のためだ。一石二鳥で納得してくれるだろうて」
中央を叩けば、他の地方も恐れをなして、しばらくはおとなしくなるだろう。
国王は、積み重なった自分の精鋭部隊を、複雑そうな目で見る。
「聖剣セインロズドが、まさか実在していたとはね」
聖剣を手に提げた、長身の青年を、感慨深げに見つめれば、むっと、睨み返されてしまった。
「眼鏡を除けば、その髪と瞳の色、携える剣までが、いつも見ている肖像画にそっくりだ」
あやふやな情報ではあったものの、背が高くてひょろりとした青年。髪は色素が薄く、瞳の色は青みがかったグレー。
本来なら、顔立ちや、髪型、決定的な身体情報も報告されるべきではあったが、オズワルド家からも、役所からも、あの聖堂に夜、管理人を置くなどという報告は、一切受けていないという王宮の管理官の話を聞けば、充分に怪しい。
まさか、と思いつつ、名高い賞金稼ぎのゴールデン・ブラッディ・ローズが絡んでいるという話を、諜報部員から仕入れれば、肖像画だろうが聖剣だろうがなんだろうが、悪者退治に乗り出さない手はなかった。
本当に、肖像画の人物とそっくりであれば、一見の価値もあるだろう。他人の空似でも。
「やだ。利用する気満々だったんだ」
腕を組んで怒ってみたものの、そんなにセインにそっくりだというのなら、居間に飾ってあるとかいう、その肖像画を是非見てみたい。
「ラオセナルから、セインロズドは人の姿を取ることもできるなどと、御伽噺のようなことを、昔から聞かされていたが、目の前にしてもまだ夢のようだ」
「・・・その肖像画。タイトルはなんていうの?」
セインは、物珍しいものでも見る様にはしゃぐ国王を、うるさそうに見つめた。
「そう嫌わんでもよかろう」
ちょっと傷ついた顔をしてみせたが、セインには効き目がないらしい。
「タイトルはそのままさ。聖剣 大賢者・セインロズド。ああ、あと、なんだったか。小さくプレートにセイルーク・ロズドとも、書いてあった」
セインは盛大に溜め息をついた。
「アーシアルのやつめ」
「アーシアル?」
「王宮付きの画家だよ」
キャルの問いかけに、額を押さえながら答えた。
「そう!まさに宮廷画家アーシアル作だ」
ガンダルフ2世が、感銘を受けたように瞳を輝かせた。
「ほほう、アーシアルですか。それはさぞかし、さぞかし」
ラオセナルまでが頷いている。
「あいつ、そんなに有名なの?」
「巨匠ですな」
またまた、セインは盛大に溜め息を吐いた。
「当時、僕を携えたローランドが、街中でアーシアルとすれ違ってね。ひと目で僕を気に入ったとか言って、絵を描かせろってうるさかったんだ」
そんなにセインは見栄えがいいようには思えないのだが。
「・・・剣の僕だよ」
「ああ」
納得したキャルに、ちょっと傷つく。
「で、断り続けていたんだけど。どこかで観察していたんだろうね」
ある日、王宮に出向いたときに、セインの肖像画を見つけたのだそうだ。
「許可もなくモデルにされたんだ。しかも、剣だけじゃなくてこの姿の僕まで一緒に」
それは、ある意味光栄なことで、ある意味災難であったことだろう。
「あんた、変なのにモテるのね」
「余計なお世話です」
ムッとしたままのセインだ。
「さて、肖像画の出自も分かったことだし、改めて、王宮へご招待したいのだが」
仕切りなおしと、ガンダルフ2世が大きく息を吐きながら、一同を見回した。
「僕は断るよ」
あっさりと、セインが言う。
「建国時と違って遷都もしたし、五百年前と随分環境も変わったけれど、そもそも王宮は嫌いなんだ。傲慢な奴らの相手をすることほど、疲れることはないからね」
「それは、残念」
王宮の場所と、その中に出入りする人々は変わっても、本質的なところは変わらないということか。
彼の持ち主だった人々は、その能力ゆえに、王宮に呼ばれることも多かったのかもしれない。その中で、セインはどれだけのものを見て来たものか。キャルには計り知れなかった。
「では、これからどうするのかね?」
「さあ?」
あいまいに言葉を濁したセインの肩を、ガンダルフ2世が、勢い良くガッと掴んだ。
「な、なんっ?」
驚いたセインにかまわず、満面の笑みでぐいぐいと押されるものだから、セインはだんだん仰け反って、腰が痛くなった。
「そうか!決まっていないのか!なら是非うちに来い!」
「・・・・はあ?」
何かと思えば。
「遠くから見ておったが、暗くてもそなたの技量は見て取れた。まことに見事!大賢者が剣技までこのように見事とは思わなかった!予の元で師範となってくれぬか?!」
きらきらと、国王の目は輝いている。なんと言うか。ワクワクしているのがやたらに伝わって来る。
「宝物を見つけた子供のようにされても、僕はさっき言ったとおり、王宮に行く気も無ければ仕える気もない!」
押されながら、セインも必死に叫んだ。
むう、と、ガンダルフ2世は唇を尖らせた。