色々と意外な来訪者
抵抗して来るとしたら、まずは黄金の血薔薇と呼ばれる女賞金稼ぎだろうと思っていた近衛隊だ。まさか真っ先に、一見細身で、武道とは関係のないような眼鏡をかけた男が、一人で反撃に出るとは思ってもいなかった。
彼らは一瞬、完全に出遅れた。
群青の中に飛び込んで行くセインの、色素の薄い髪が、右に、左になびいた。
セインの握る聖剣の刃が、聖堂の明かりに照らされて煌くたびに、近衛隊の悲鳴が上がる。
国王自慢の精鋭は、まるで青い花びらを散らすかのように、バタバタと倒れてゆく。
「ほう、これはまた美しい・・・」
「長生きはするものですな」
「・・・何のん気なこと言ってるの!」
年寄りどもが、それこそ年寄りの余裕、とでもいうのか。やたらに楽しそうなのを、キャルは一喝した。
銃で応戦しようにも、セインがあまりに臨機応変に動くものだから、どう狙いを定めたものか分からない。
と、思ったのだが。
キャルはそのまま銃を下ろした。
助太刀も何もいらないようだ。
囲まれたかと思えば走り出し、追いつく順に触るなり弾き飛ばす。かと思えば自ら飛び込んで相手の剣を、自分の剣の切っ先に絡めて空へと飛ばす。
一斉に四方から掛かられれば、同時に振り下ろされた剣を、刃を横にして受け止め、身体を低くしたままスイ、と、囲んだ近衛隊の隙間を縫ってかわし、支えをなくして中央へどっと崩れるのを尻目に次の剣戟に動く。
近衛隊の動きは、完全に見切られていた。
どう表現したものか。
ひらり、ひらりと、その様は、まるで草原を舞う蝶だった。
呆れてしまうほどの圧倒的な強さに、キャルはもう、ぽかんと口を開けて見守るしかない。
気がつけば、聖堂前の道の上に、青い山がぽっこりと出来上がっていた。
ところどころに、作業服が見えるのは、役所の人間のものだろう。
積み重なった人の山は、みんな仲良く気絶している。
セインは、最後の仕上げに、とばかり、あの髭面を、山のてっぺんに放り上げた。
「ふん。王族の元に行ったところで、ろくな事なんかないんだから」
それは、彼の最初の持ち主であったといわれる、この国最初の国王を、セインが毛嫌いしているかのようにキャルに語って聞かせたのと、何か関係しているのだろうか。
「それは心外だな」
いきなり響いた声に、全員が一斉に振り向いた。
聖堂へと直進する大通りの向こうから、厚いクッションの鞍に、群青の腹帯を備えた斑毛の馬に跨った威丈夫が、自身を挟んで右側に槍を、左側に剣を携えた従者をそれぞれに従えて、宵闇の中、月明かりに照らされて佇んでいた。
「陛下!」
驚きに、目を見開いた老紳士の言葉に、一同は動揺した。
「陛下?」
聞き違いでなければこの人物は、国王ではないか。
国王が何故ここに?なんて、一瞬考えたキャルだったが、近衛隊が聖堂を包囲しに来たくらいだ。考えなくたって答えは分かりきっている。
「あなたが、王様?」
頭を下げて礼の形をとる老人に対して、セインはまるで、相手がなんだろうとかまわない素振りだ。
何百年も生きている彼には、いかな一国の王だとて、ヒヨっ子同然であるらしい。
「いかにも。予が現国王、ガンダルフ2世だ」
言いながら、国王は馬の上から尊大に、一同をねめつける。
じろじろと不躾な視線は、まるで品定めでもしているかのようだった。
キャルは、急に腹が立ってきた。
国王だか何だか知らないけれど、この男がどんなにエライのかも知らないし。
この態度は腹が立つ。
大体において、偉そうにしている奴に限って本質はどうでもよかったりするものだ。
「じゃあ、あなたが、この騒ぎの張本人だ?」
それは、セインも同じらしい。
聖剣を肩に担いで、空いた左手は腰に当て、一国の王に対するには、普通に考えなくとも、投げやりな態度だった。
「なるほど。よく似ておるわ」
馬上から、じろりとセインを睨む王の顔は、よく出来た仮面なのではないのかと思うほど、表情が変わらない。
全くの無表情だ。
「城の肖像画に、よく似ているらしいですな」
ラオセナルが、きろりと王を見上げる。少々、声が低い。
「古い物だ。代々伝わる一品でな」
それを言ったら、セインは建国当時から存在しているのだから、どの時代のものなのかもはっきりしない。そもそも、彼が自身を封印したのは五百年も遠い昔の話だ。その時期に描かれた物だとしても、余裕で“代々”伝えられるだろう。
「あ」
小さく、セインが息を飲んだ。
「覚えがあるの?」
こそりと、キャルがセインの袖裾を引っぱった。
「まいったなあ。もしかして・・・」
やはり声を小さくして、セインが眉尻をさげて、頭をかいた。
「覚えがあるのかな?」
セインの様子を、目ざとく観察していたのか。
ガンダルフ2世が、馬上から問いかける。
「さあ?僕は肖像画なんて物で自分の姿なんか後世に残したくもないし、そんなナルシストな趣味も無い」
大仰に肩を竦めて見せるセインに、国王はにやりと笑った。
「では、素晴らしい剣技を見せてもらった礼として、我が家にご招待しよう」
相変わらず、馬に跨ったままの国王を、全員が見上げた。
「・・・人に礼をとっている態度には、全然見えませんがね。国王陛下?」
さも呆れたというように、セインは斜めに構えて、ついでに片眉を上げ、わざとぼそりと呟いた。
「ふん?」
それに、ガンダルフ2世も、同じように片眉を上げて見せた。
「さすが、聖剣の管理者殿だな。ビクともせんか」
言うなり、ひらりと馬から飛び降りて、すたすたとセインの前まで歩いて来ると、ふいに、胸に右腕を当てて、深々と頭を下げた。
「数々の無礼、お許しを」
「!」
驚いたのはセインだけではない。キャルはもちろん、王が従えて来た二人の従者までが慌てている。
ラオセナルも、目を見開いていた。
「陛下、大人になられましたなあ」
「何を言う。一国を治める者が、礼節を軽んじてどうする」
「いやあ、頭を下げられるとは思ってもみませんでしたぞ」
「ちょ、ちょっと待った。二人とも、これどういういう事?」
突き進む会話に、セインがストップをかけた。これでは話が見えてこないではないか。
「ああ、すみません。国王がご幼少のみぎり、私めが教師をさせていただいていたのですよ」
二人は主従の関係という以前に、師弟の仲という事か。
「じゃあ、何?二人ともグルだって言うの?」
今度はキャルが食って掛かった。
「ははは!誤解させてしまったか!」
ガンダルフ2世が、楽しそうに笑う。
「楽しくないわよ!」
「ああ、悪いね、黄金の血薔薇ちゃん」
「・・・えーっと」
キャルの二つ名に、“ちゃん”付けをしたのはこの人が初めてではなかろうか。
「今回のことは、ラオセナルにも内緒だったのだ。彼が大賢者を騙せるわけがないからね」
五百年もの長い時を、聖剣と共に過ごして来た一族だ。簡単にセインを裏切るわけがない上に。
「我らがまた、セイン様を陥れるようなことがあれば、一族は再び永き時を、汚名を着て過ごさねばなりますまいな」
聖剣を目の前にして生きて来たのだ。先祖の犯した罪を忘れるどころか、伝えに伝え、戒めとして来たオズワルド家である。セインロズドを裏切るなど、彼らには考えられないのだろう。
「予も、よく聞かされたものさ。耳にタコが出来るくらいにね」
「私の授業をサボって庭木の上で昼寝して、女官に悲鳴を上げさせたりするからです」
「ああ、そんなこともあったなあ」
あっはっはと、実に爽やかに笑う。
一見ガタイも良く、いわゆるロマンスグレーの、少し長めの頭髪は、いかにも王族風であるのに、なんというか、笑うと青年のようだった。
「簡単に言うと、予はここへ、確認に来ただけなのだよ」
キャルのふわふわの頭を撫でながら、国王陛下は先程とは打って変わって、実に庶民的に微笑んだ。
国王が、ここまで一般的なのもいかがなものか。
「ラオセナルの言う事にしても、聖剣なんかが実在して、しかも自分の屋敷の敷地内に存在しているなんて言われて、ハイそうですか、なんて、信じられるわけが無かろう?」
「・・・まあ、言われりゃそうだわね」
いかに証拠品だと言って、五百年前の人物の日記やら伝来の品やらを見せられても、実感の湧くものではない。
何せ相手は伝説のシロモノなのだ。
「しかし、今日になって役場から届けがあってな」
立派な髭をなでつけながら、ガンダルフ2世は、なぞなぞを出す子供みたいにもったいぶっておきながら、早く言いたそうにそわそわとしている。
「ああ、扉のこと?」
キャルがさらりと言うと、国王陛下は眉を高く上げて驚いた。
「何故知っている!?」
「だって、提案したの、私だもの」
「ぬぬぬ、そうか、そうだったのか。役所の奴らめ」
聞けば、届けに書かれていたのは、聖堂に入った泥棒を、役人がさも捕まえたかのような内容だったそうである。
「器の小さい・・・」
すぐばれる嘘を、役所というものは簡単につく。住民のためといいつつ、税金を無駄遣いして旨い汁は吸うのだから、美味しい商売だ。