オズワルド家
「そんな事になっているの?いったい、いつからそんな話になったんだろう?しょうがないなあ、歴史ってのはいいかげんだから」
心底困った、と言うような顔をして、セインが自分の顎をつまんで考え込んだ。
「え?ち、違うの?」
自分も、聖剣は危険だからと僧侶に封印されたと思い込んでいた。
「キャルも、そう聞いていたのかな?」
「うん。絵本でも、聞いた話でも、大体偉いお坊さんとか旅の僧侶に封印されたって事になっているもの」
ラオセナルに聞かれて、キャルは頷いた。
やれやれ、と、老紳士は深い溜め息を吐いた。
「セイン様がこのような場所に、五百年も封印されていたのには、我が一族が関係するのだよ」
そう言って、キャルの頭を一度だけ、優しく撫でた。
「では、少し昔話をしようかね」
ラオセナルは聖堂の岩の下に腰掛けると、二人に、やはり腰掛けるように勧めた。
「オズワルド家はローランド様を初代当主とする家柄だということは、もう知っているね?」
ラオセナルに問われて、キャルは頷いた。
「ローランド様は不思議な方でね。ご自分で鍬を持って畑を耕すのが趣味の、武人らしからぬ方だったそうだ」
領民からは慕われ、聖剣を友とし、卓越した剣技と智策で国に仕えた賢人だった。
だが、そんな彼にも、誤算があった。
彼が病に臥せり、余命もわずかとなった頃、彼の子供達はセインロズドの所有権を巡って醜い争いを始めてしまったのだ。
セインには自由でいてもらいたい。
そんな、死を間近に控えた老人の、小さな願いは、愚かな子供達によって打ち砕かれてしまった。
そのことに、何より胸を痛めたのは、セイン本人に他ならなかった。
幼い頃から知っているローランドの子供たちに、馬鹿ないがみ合いをさせているのは自分なのだと、セインは己を責め続けた。
やがて、聖剣の逃亡を恐れた彼らによって、屋敷の外へ出歩くことも許されなくなり、セインは一室に閉じ込められてしまう。
可愛がっていた子供達から受ける仕打ちにしては酷すぎるものだったが、彼は甘んじてそれを受け入れた。そんなことをしなくても、死の床に就いたローランドを見捨てることなど、セインには出来なかったのだが。
子供達がセインを閉じ込めたと知って、ローランドは激怒したが、病に伏せる老体には、どうすることも出来なかった。
兄弟達の争いを嘆き、セインの行く末をとても心配しながら、彼はついに、そのまま亡くなってしまった。
セインは嘆き悲しみ、せめて別れの挨拶をと嘆願したが、逃げる恐れがあるとして、葬儀にも出席できず、閉じ込められた部屋の窓から、葬列を見送った。
そうして、遺言に残されたセインロズドの開放も、遺族は無視した。
閉じ込めておいて、父親が死んだその日のうちに、セインの元へ入れ替わり立ち代りに部屋を訪ねて来ては、言い争いや怒号を繰り返す兄弟達のあさましさに、人という生き物に絶望し、彼らの争いの原因となった己の存在を否定したセインは、外に出られる場所として、唯一許された部屋の前の、高い塀に囲まれた小さな庭にあった大岩に、自分の分身である剣を突き立て、自らを封印した。
もう二度と、誰かが自分のために争ったり、嘆き悲しんだりしないように。こんなに苦しい思いをしないように。
オズワルド家はそれ以降、代々聖剣を抱えるこの大岩を守り続けることになる。
「これが、真実だよ」
語り終えて、老紳士はまた溜め息をついた。
「それで、五百年もこんなところに?」
キャルはセインを見上げた。
ゆっくりと、彼は眼鏡の奥に隠れる色素の薄い瞳を伏せて頷いた。
「僕も、封印を解く気はなかったからね。あのまま死んでしまえればどんなに良いか、何度も思ったよ」
「・・・馬鹿ね」
ぽつりと、キャルが呟いた。
それに、セインとラオセナルは顔を見合わせて、お互いに苦笑を交わす。
「キャル、君を通したあの部屋を、覚えているかね?」
ラオセナルに問われて、キャルは頷いた。
「あの部屋が、セイン様の閉じ込められていた部屋なのだよ」
大きな瞳を、キャルは更に見開いた。
質のいい調度品も、古くからそこにあるものだとひと目で分かるような物だったけれど。
「もしかして、あの部屋にあったもの全部、セインが使っていたの?」
「はは、まさか!さすがに家具はいくらか替えてはいるがね。五百年も保てる家具は、そんなには存在しなかろう。使える物は、なるべく修理して使っているがね」
それに驚いたのはセインだ。
「え!あの部屋、まだあるの?」
「いくらか増改築をしているとはいえ、屋敷は建てた当時のままなのは、分かっていると思っていましたが?」
「いや、そうだけど。古くなったなあ、くらいで。あのレンガの塀も変わらないし。でも、僕の部屋はもうなくなっているものだと思っていたよ」
何にでもこだわった、頑固な初代当主が建てた石と木の家は丈夫で、五百年たった今でも、多少の修繕だけで健在だ。
だが、過去の人々が過ごしてきた部屋は、その時代に合わせて様変わりをするものだろう。
セインは、自分の部屋ももちろん、そういう時代の流れに合わせて消え去ってしまっているものだと思い込んでいた。
「あの部屋は、一族にとって特別な場所ですからな。残してあります。テラスから、貴方の岩が、良く見えましたしな」
「・・・そう。うれしいよ。あの部屋は、ローランドが、初めて僕に贈ってくれた物だったから」
王から貰った土地に屋敷を建て、セインの功績に感謝したローランドが、彼のために作らせた部屋が、あの大きなテラスの部屋だった。
「貴方の使っておられた燭台や食器も、代々伝わっておりますよ」
「本当?あの燭台、気に入っていたんだよね」
懐かしそうにセインが目を細めた。
「で。これからどうするの?」
「え?」
見ればキャルが両手を腰に当てて偉そうに踏ん反り返っている。
「どうしてだか解らないけど、とにかく封印は解かれてセインはここにこうしているわけだし」
今度は腕組みだ。
「あたしは直談判までしてオズワルド卿にあんたの世話を頼んだっていうのに、当事者がこんなだし」
「・・・こんなって」
それはちょっと酷すぎやしないか。そう思ったところで、口にしたって今のキャルには負けるような気がする。
「あたしは、明日、明後日にでもこの町を出るつもりなの」
「え?!そうなの?」
そういう大事なことをどうして先に言わないのだろう。
「あんたの所在がハッキリしなきゃ、あたし安心して町を出られないじゃない。路頭に迷われちゃ夢見が悪すぎるもの」
ズビシ!っと、音がしたんじゃないかというような勢いで、小さな指を鼻先に突きつけられる。
「はは・・・」
だからどうしてそんなに偉そうなんだ君は。
セインは口に出来ないそんなことを、こっそり心の中で口にして、乾いた笑いを漏らした。
「私と、屋敷においでになられませぬか?」
ラオセナルが、手を差し伸べた。
セインはその温かそうな手の平を一瞬見つめ、しかし首を横に振った。
「ごめん。君の気持ちはうれしいんだけれど。・・・それはやっぱり、出来そうにない」
確かに、彼の手をとって、あの懐かしい部屋で、ローランドの思い出と共に過ごすことが出来たら、どんなにか素晴らしいだろう。
けれどそれは。
「オズワルド家に始まったことじゃないんだ。僕は争いごとしか生まないから。現世にあってはいけないモノだから」
オズワルド家の騒動だけではない。
いつの時代も、セインは争いの元凶となった。
セインロズドの名が知られ、広まれば広まるほど、比例するかのように人々は聖剣の力を求め、争い、奪い合った。
「ローランドに出会ってからは、彼が僕を人間扱いしてくれたおかげで、当時は聖剣だってあんまり知られずに済むようになっていたんだけれどね」
それでも、結局争いは起こった。
それも、一番望まなかった形で。
「じゃあ、どうするの?」
睨むキャルの大きな青い瞳は、セインの姿を捕らえて映し込む。