聖剣と老紳士
ちょっと更新遅くなりました。すみません。
パソコンが立ち上がったままフリーズします…。毎回ドキドキです。もういい加減買い換えようと思います。
「・・・卿?」
「なんですかな?」
「紹介しなきゃ、分からないっていうのは、どういうこと?」
キャルが老紳士を見上げる。
「キャル?」
心配になったのはセインだ。
「セインは?」
「へ?」
急に話題を振られて、戸惑う。紹介云々はどこへ行ったのか。
「貴方も、オズワルド卿を知らないなんてこと、ないわよね」
「えっとお・・・」
これは何かマズイ展開なのだろうか。
キャルの目は非常に据わっていて、もしかすると怒っているのかもしれない。
聖堂の管理は町と国が取り仕切っているはずだ。なぜここで自分が、聖堂の場所を提供しただけの、現オズワルド家当主を知っていなければならないのか。
「ごめん、僕の知っている人に、彼は少し似ているような気はするけれど、多分、僕は卿を知らない・・・と、思う」
とにかく謝りつつ、正直に答えた。
「で、しょうね」
盛大な溜め息を、キャルは腹の底から搾り出したようだった。
すると、くるりとオズワルド卿へ振り向いて、腕組みをして非常に偉そうに、キャルは胸を張った。
「もう、お察しのこととは思うけど。彼がセインよ」
オズワルド卿へ宣言するように、じらしたわりには、いとも簡潔に、セインを紹介した。
それに、ラオセナルは悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
もう、自分がセインを雇っているフリをしていたことが、キャルにはバレてしまっている。たった一言、傍らの青年の名を尋ねただけで、理解できたらしい。
本当に、聡い子だと思う。
「ありがとう、キャル」
そう言って、オズワルド卿は、セインへと向かって一歩、進み出た。
「私の名はラオセナル・オズワルドと申します」
ぎょっとしたのはセインだ。見知らぬ老紳士に、いきなり頭を下げられたのだ。
「あ、あの?」
「大賢者さまとお見受け致します。我がオズワルド家の過去の過ちを、お詫びいたしたく」
さらに深々と頭を下げる老紳士に、セインは彼が何を言いたいのか気が付いた。
遠い遠い昔を思い出す。
オズワルド家にとっても不名誉であろう出来事だ。
「貴方が現ご当主でいらっしゃるのなら、僕に頭を下げることはありませんよ?」
頭を上げるように促しながら、セインはずれてもいない眼鏡を直す。
しかし、それでもラオセナルは、頭を下げたまま首を振るだけだった。
「我が一族は、貴方へ償いきれない無礼を働いたのですから、それは出来かねます」
「そんな。貴方にしてみたら、関係のないほど遠い昔の出来事でしょうに」
ゆっくりと、ブルーグレーの瞳を細めてセインが微笑む。
その微笑が、とても懐かしんでいるような、それでいて、とても悲しみを湛えているのを、キャルはなんとなく気が付いた。
「貴方様が、これ程までに永き時を、あの岩に封印されていたのは我が一族の罪と、聞き及んでおります」
ラオセナルの声は震え、その一言ひとことは、まるで搾り出すかのようだった。
「・・・」
セインは無言で、ラオセナルの肩に手を置いて、頭を上げさせると、壮年の紳士に頷いて見せた。
それは、まるで、目の前の老人よりも、遥かに老齢な仕草だった。
「僕が、この数百年の時を、封印も解かずにいたのは、僕の心が弱かったからだ。貴方達のせいじゃない」
「セイン様・・・」
もう一度、ラオセナルは、セインへ頭を下げた。
「もう一つ。貴方様をこのような場所において、見世物のような扱いをさせてしまった原因は、ひとえに私の責任です。どうか、いかようにも」
生真面目な紳士を見つめ、セインは大きく溜め息を吐いた。
「本当に、変なところが遺伝したようですね?」
その台詞に、思わずラオセナルは顔を上げた。
「は?」
ラオセナルのぽかんとした顔に、セインはくすくすと笑う。
「ローランドですよ。そっくりだ。そういう硬いところ」
ふっと、深呼吸するように溜め息をついた。
「ローランドは、本当に馬鹿がつくくらい頑固でね。そういうところ、良く似てるよ。でも、少し君のほうがハンサムかな?」
そう言って、目を細めて笑った。
キャルには、その笑顔に見覚えがあった。伝説の聖剣を振るった最後の英雄、ローランドの話をしてくれたときと、同じ顔だった。
彼の話をするセインは、本当に嬉しそうだったのを思い出す。
ふと、キャルはオズワルドの屋敷に忍び込んだときに通された、小さな部屋で見た、あの肖像画を思い出す。
「あれは、もしかして・・・?」
ローランドの後ろに立っていた、削られて、ぼやけてしまっていた人物。
背が高く、髪が長いことしか分からなくなってしまっていたが、あの人物は。
「セイン?」
ローランドが亡くなった後に、故意に削り取られてしまったという、その肖像画の青年は、セインでしか有り得なかった。
「そんなに、似ていますかな?」
「うん、似てる。僕がセインロズドだなんて、どうやって確信を持ったんだか。決め付けて譲らないわりに、案外当たっていたりするところなんかもね」
セインのその言葉に、ラオセナルがようやく頬の筋肉を緩めた。
「それは、キャルから、貴方様の話を聞いておりましたからな」
ラオセナルは、視線をキャルへ移した。
「キャルから?」
それに倣って、セインもキャルを見る。
「あ、あたしは、だからあんたがセインロズドだなんて知らなかったから、だからつまりホラ、えっと」
話題がいきなり自分に降りかかったものだから、キャルはパタパタと両腕をせわしなく動かして、説明しようとしたが上手く行かない。
「昨夜、山賊が侵入したそうですな」
「そう、それ!」
助け舟を出したラオセナルに、キャルは首を縦に大きく振った。
「ああ、間違えた貴族みたいな格好したキザったらしい間抜けな男が頭領の、変な三人組が来て、キャルが捕まえたんだけど」
ロックガンド・トリオも、ひどい言われようだ。
「それで、危険な目にあわれたのですかな?」
「危険っていうのかなあ。キャルが怒ってあっさり捕まえちゃったし」
顎に手を当てて考え込むセインに、キャルが慌てて噛み付いた。
「聖剣を、岩ごと削り取られそうになったでしょ!」
「でも、僕がここにいるわけだし、実は持って行かれても、そんなに関係がなかったんだよね」
にへら、と言われて、キャルは一瞬真っ白になった。
「だからあんなに悠長にしていたのか!!!!」
ゲシ!
「いっっっっっ!!!!」
足を思い切り踏まれて、セインは飛び上がった。
「あ、あんたね、いったい誰が何のためにオズワルド卿のお屋敷に不法侵入してまで直談判したと思ってるの!!!!」
足の小指の激痛に、しゃがみ込んだセインの耳元で、キャルは思い切り怒鳴った。
「あー、さっき言いたそうにしていたのって、そういうことか。オズワルド卿に会って来たって言うから、何の話なのかと思っていたんだよね」
えへ、と、またもや気が抜けるような顔で笑われれば、キャルの全身は、ぶるぶると怒りで震えだす。
「あんたがまた襲われたりしたら、きっと太刀打ちも出来ないでしょうから、この聖堂モドキに扉つけて、夜は締め切ってもらって、あんたにはお屋敷で働いてもらうんだって、そこまで話は決まってたんだから!全部水の泡じゃない!」
「え?!そこまで決めてたの!?」
「そうよ!」
既に、今までとは全く違った種類の涙を大きな目に溜めてキャルは全身で踏ん張った。そうしないと、眩暈で倒れ込みそうだったからだ。
本人の許可なしで、そこまで進めちゃうのはどうかと思うんだけど。
などと思ってみても、今言ったら確実に心臓の辺りを撃ち抜かれるので、セインは喉まで出かかったモノを、無理やり飲み込んだ。
「大体の話は、まあ、分かったけど」
とにかく話を元に戻す。
「僕はね、もう二度と、封印を解くつもりなんてなかったんだ。でも、今はこうしてここに立っている。それが、どういうことか分かるかい?ラオセナル」
はにかんだように、嬉しそうにセインは笑う。
それだけで、ラオセナルはセインの言わんとすることが、なんとなくだが掴めて、ふっと、肩の力を抜いた。
「分かりました。貴方様が満足しているのなら、私はもう何も言いますまい」
そう言って、シルクハットをひょい、と、小粋に被った。
「ちょと待って。セインって、旅のお坊さんに封印されたんじゃなかったの?」
二人の会話に、一人だけ置いてけぼりにされたようで、納得がいかないキャルが、単純な疑問を口にした。
西の町で締め上げた、あの情報屋二人組みも、酒を飲み交わしながら言っていたように、聖剣・大賢者セインロズドは、あまりの強大な力に、旅の僧侶が封印したと、世間一般ではそんなオチになっている。
それなら、セインは逆に、常に封印を解いてもらいたがるものではないのだろうか。封印を解くつもりはなかったというのは、どういうことか。
普通なら、こんな岩の上に一人封印されて何十年、何百年も封印されるのは、是非とも御免こうむりたいところである。