酒場
あらすじにもありますが、キャルとセインの出会い編です。二人はどのようにして出会い、どうして一緒に旅に出たのかを書いて行きます。
まだHEAVEN!ヘヴン!HEAVEN!シリーズを読んでいない方でも、このお話から入れます。
初々しい二人を、どうぞよろしくお願いします。
薄暗い店内は、仕事帰りの男達で賑わいを見せ、彼らの吐き出す煙草の煙で視界は灰色にくすんでいる。
バーテンダーは景気よくシェイカーを振り、女達がドレスの裾をひらめかせ、金魚のように男達の間を泳ぐ。
街中の片隅によく見られる酒場のひとつだ。
「なあ、お前よお、あの話聞いたか?」
店の壁際で、すっかり酔いが回った、鼻をピエロのように真っ赤に染めた、着古したジャケットを羽織った男が、やっぱり顔を真っ赤に染めたヨレヨレのシャツの男と酒を飲んでいた。
「ああ?何がよ?」
二人は子供の頃からの旧知の仲で、中年も超えて、そろそろ初老に入ろうかという現在でも、時々こうして共に酒場にやって来る間柄だ。
「何がって、アレよ。ほらアレ」
「ああ?アレじゃわからねえよ。はっきり言えよはっきり」
友の、酔っ払って回らなくなった頭とろれつに、少々眉間に皺を寄せ、ブランデーを一口煽る。
「アレってアレだよ。ほら伝説の!」
そこでようやく、幼馴染みが何を言いたいのか合点がいった。
「ああ、聖剣のことか」
「そう!それ!」
言いたい事が伝わって、やけに嬉しそうな友人の顔に、自分も嬉しくなったのか、男はにやりと笑った。
「おう、聞いたさ。発見されたんだってな。大賢者セインロズド」
「そうさ!すげぇよなあ!?聖剣だぜ?大賢者さまだぜ?本当に存在してたんだなあ」
「夢みてぇな話さ。そんなモンが本気でこの世に存在してたとはよ」
聖剣・大賢者セインロズドといえば、この国の誰しもが、寝物語に幼い頃から聞かされて知っている、伝説の剣だ。
しかし、あくまでそれは御伽噺で、子供心に憧れはしても実在するなどとは思ってもいなかった。
一振りすれば百人をなぎ倒し、剣を手にした者は千の智恵を得、そしてその力で国を手にすることも容易く出来る。
そんな剣が存在し、発見された。
信じがたいこの話は、真実はともかく噂として、人の口から口へと伝わり、徐々に広がりを見せていた。
伝説の聖剣が実在するなどと、信じられない話だ。
だが、誰もが一度は憧れた剣が、この世に実在するのだという夢のような出来事に、心を躍らせない者はいなかった。
「一度は拝んでみてぇよなぁ?せめて死ぬ前にはよお?」
「まったくだぜ。噂とはいえ、実在するってんなら見てみてぇよな」
この二人も例に漏れず、憧れの聖剣へと思いを馳せて、酒を酌み交わしながら上機嫌に、つまみに頼んだチーズへと手を伸ばす。
そんな二人のテーブルの側に、人影がぽつりと佇んでいた。
小さなテーブルに片肘を着いて、深く被ったフードからはみ出た金の髪を、ふわりと指で梳く仕草は艶めかしい。
「でもよお、封印されていたはずだろ?どうして今になって出てきたのかねえ?」
「さあなあ。それだって俺たちの知る限りじゃ、御伽噺の範囲さ」
「あの剣の出てくる話はどんな最後だったっけ?」
「たしか、あれだろ?八百年前にこの国を建てた時に王様が授かって、五百年前に力が強大すぎるからって、旅の僧侶が封印したんだよな?」
「お前よく覚えてるなあ」
「毎晩息子に聞かせてやってるんだよ」
「ああ、そうか!お前んとこ何人目だ?!」
「ばっか、おめえ何人目って、末が生まれて六年だぞ?昨日今日生まれたみてえに言うなよ」
「おお、悪ぃ悪ぃ」
「で、そう言うお前んとこはどうなんだよ?一番上はもう年頃だろうが」
酔いに任せて進む話は、お互いの子供の話に移り、二人は機嫌よく笑いあった。
「ねえ、おじ様方?」
急に背後から聞こえた高い声に振り向けば、ふわりとした金髪が目に入った。
「さっきの聖剣の話、もう少し詳しく聞かせて下さらない?」
男達は、すぐ側に席を取っていた人物であることに思い至った。
「あ、ああ、聖剣の話かい?そんなもん、お嬢ちゃんだって知ってるだろう?」
「寝物語によく聞く話さ」
男達は場にそぐわない、彼女の容姿に目を奪われる。
相変わらずフードは被ったままだったものの、白い肌は透けるようで、唇はふっくらと、赤く熟れたチェリーフルーツのようだ。フードの隙間から隠れ見える、その瞳は深く青い。
場末の酒場にはとても似つかわしくない、冴える様な見事な金の髪は豊かで、ふわりと浮かぶ、朝日に輝く天上の雲を連想させた。
「そうね。私もそこまでは知っているわ。でも」
彼女の瞳が、魅惑的に男達を捕らえた。
「発見されたっていうのは聞いたことがなかったから」
赤い唇の端が、優雅に上がる。
「詳しく聞かせていただきたいのよ?」
惚けて彼女を見つめていた男達は、はっとしてお互いの顔を見やった。
それから、くつくつと笑い出す。
「いや、詳しくったって、俺たちは話に聞いただけさ」
「そうさ。聖なる剣様が、実在したらしい。それしか知らねぇぜ?」
「まさか、本当にそんなモンが実在してるわけがねえ」
酒を片手に、男達は大声で笑った。
カチリ
金髪の彼女の手の中から発せられた硬質な音は、男達の笑い声に消されて彼女以外には聞こえない。
次に。
ドドドン!
大音響が店内に響き、喧騒が一気に止んだ。
男達の手にしていたグラスは砕け、テーブルの上にあったウィスキーのボトルは上半身をなくして、辺りを琥珀色に濡らしていた。
「あら。さっきまでの会話を聞く限りじゃ、確かにそういう風に聞こえるわね。けど、あんたたちが、ここ一帯のブラックレートを取り仕切ってる連中相手に情報屋をやってる事は調査済みなの」
妖艶に微笑む女の両手には、小さくて白い手に似合わない、黒い鉄の塊が、細い煙を吐いて握られていた。
店内の視線が一斉に彼女に注がれる。
「お、お、おめえ、まさか・・・?」
男達は震え上がった。
ずいぶん前に仕入れた情報の中にあった、一人の賞金稼ぎの特徴に、目の前の彼女が一致していることに気が付いたからだ。
「ゴ、ゴールデン・ブラッディ・ローズ!」
一つの同じ名前を同時に叫ぶ。
「その名前を知っているの?なら、決定的ね」
先ほどまでの微笑みは消え、彼女の瞳が鋭く光る。
獲物を見つけた猛禽類の目だ。
「人を見た目で判断すると、こういう目に合うのよ?」
輝ける黄金の髪を持ち、狙った賞金首は必ず落とす。
その銃の腕前は超のつく一級品で、称号ともいえる『黄金の血薔薇』という二つ名を持つ賞金稼ぎ。
酒場は急に坩堝と化した。
女達は悲鳴を上げて逃げ惑い、男達は飲んでいた酒もそこそこに、その場に放り出して出口めがけて走り出す。
その最中でも、まるで目的以外のもには興味がないのか、彼女は微動だにせずに、情報屋の男達から視線も銃口も外さない。
「お金なら払うわ。フィフティ・フィフティで行きましょ?」
銃を向けておいて、フィフティ・フィフティもあったものではないが、既に男達に選択権は無い。
こくこくと、何度も首を縦に振る。
何だかんだ言っても妻子がいるのだ。お互いに。
それで無くたって普通は死にたくないものだ。
「いい子ね?」
『黄金の血薔薇』は目を細めて笑った。