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キミと繋がる物語  作者: 吟遊詩人ティム
序章 〜三本の縦糸は、分かたれた〜
7/11

金の月夜を駆け抜けて

▼はじめての たたかいだ!

 10歳の誕生日を過ぎても、あんまり何も変わらなかった。

 髪は相変わらずぼさぼさに伸びて、俺は図書館から出ず、本を読んで暮らした。


 変わったことといえば、前髪はフリーダさんが整えてくれるようになって、誕生日にと少し大きく感じるワンドをもらい、あの意思のある本――――俺は本のことをセンセイと呼ぶことにしたが――――が難解な内容の本を読む時に解説をしてくれるようになったことくらいだ。


 甘い蜂蜜のような色をした満月が、窓から光の矢を投げかけていた。時折窓に、小さな影がちらついていた。

 しん、しんとした無音。

 ここにきて、初めての冬がやってきた。


 こんな夜にはいつもあいつらと身を寄せ合って寝たっけ、と寒すぎない程度に保たれた司書室で思う。


 何せ小さな家だったから、ベッドは一つしかなかった。俺たちが子供だったからどうにか全員収まっていたものの、もう2年もしたら俺たちは床に雑魚寝でもしていたかもしれない。

 『いや、母さんはこんな未来を知っていたからこそ、一つだけの小さなベッドで十分だと知っていたのか……?』という考えは無理矢理に忘れる事にした。

 確か、母さんが真ん中で、その左にフェリクスがいて、右にはバルド、さらにその右に俺で寝ていた。

 フェリクスの寝相が最悪で、いつもベッドからはみ出していたな、とか、でも順番を変えるとバルドが不服そうな顔をするんだよな、とか。いろんなことを思い出す。

 いま、枕元にあるのは黒塗りのワンドだけだ。月光を受けて、淡く光を反射している。

 ……なんて暖かくて寒い夜なんだ、と毛布を引きずり上げながら思った。


 本たちも、ひどく寒い環境下に置いて保存状態を下げてしまわないために、図書館内の室温も低すぎない程度に保たれているのだろう。

 まあ、寒かろうと暑かろうと俺は毎晩本を読むために夜中に抜け出すのだ。

俺は簡素な一人用ベッドから降り、枕元に置いていたワンドを手に取って図書館内に出た。



 魔導、というものが目覚めていなくても、素質があれば呪文を覚えたら魔術を使う事ができるらしい。

 毎晩俺がワンドを持っていくのは、昼間にはできない魔法の練習をする為だ。来館者がいなくて、魔力が高まると言われる夜に練習するのは都合がいい。


 やはり町の人全員に開かれた図書館だけあって、その蔵書の中には魔法が今の形で確立する前の呪文の記された書物から魔力のコントロールから学ぶ初歩級の魔道書まで様々なものが収められている。


 そして、その蔵書よりも多岐にわたる膨大な知識を溜め込んでいるらしいのが、あの意志持つ本(センセイ)なのだ。

 どういう訳か、どういう理屈かは分からないが、センセイに何かを聞きたら全て答えが返ってくる。料理本に載っている肉の加熱の加減から、どの辞典を探しても出てこない魔道書の中の古代の単語まで、全てである。

 でも、何者かと聞くといつもはぐらかされる。一番それが知りたいんだけど。


 さて、センセイと会ったのは一番上の階層だったが、毎度毎度センセイに教えを請うために二階の司書室から八階にまで階段を上っていくのは結構骨が折れる。

 なので、本は司書室の目の前の本棚に紛れ込ませた。フリーダさんは黙認してくれているらしい。


 今日も上階の魔道書のあるところに行く道すがらにその本を手に取り、吹き抜けを横切ろうと思ったところで、下階に見える玄関の方から物音がした。どうやら人の話し声らしい。

 どん、と大扉に何かがぶつかった音がした。

 俺は咄嗟に本棚の間の闇に身を隠した。

 その数瞬後、微量な魔力の波動が感じられて錠がガチャリと音を立てた。



 この図書館には盗まれたら困る古書もある。そういう類の書庫は一見不可視の扉で隠されている上に古代の体系の呪文で封印されている。一対一のオリジナル呪文で、図書館関係者にしか開くことができないらしい。今の代ならばレヴァンさんとフリーダさんだけだ。


 現時点で展示されている本は、複製も多数あって盗んでも高価にはならない。というか、魔術での透かしが入っているから、図書館の本は売ってもすぐに足がつく。


 じゃあ何のために侵入してくるのか? ……それは分からない。

 ともかく、俺は意識を集中させ、魔法を発動できるように気持ちを落ち着かせようとした。

 杖を胸の前に構えると、扉がゆっくりと開いた。

 3つの人影が……って、あれ全員子どもじゃないか?


「ひょ〜! 夜にくると、図書館は暗いにゃ!」

「夜だから当たり前でしょ? バカねぇ!」

「それはいーからオバケってやつを探そうぜ!」


 見たところ、少女が二人と少年が一人。背丈はわからないが、俺よりは年下だと思う。

 泥棒なんかが来るよりも驚きの闖入者だが、追いかえせない相手ではないはずだ。夜更かしばっかりしている俺が言うのもなんだけど、こんな夜中に子どもだけで出歩くのはよろしくない。


 俺は集中を解かないままで杖を下げて、吹き抜けのところまで歩を進めた。

 その瞬間、耳奥に響くような叫び声が発された。


「あーーっっ!!! ゆーれい! 出た! 出たんだじょ!!」


 明らかに俺の方を指差して、小さい方の少女が叫んでいた。他の二人もこっちを向いて身構えた。


「出たわね幽霊! あたしたちが退治してやるわ!」

「おれたちは正義のヒーローだからなっ! 覚悟しろ!」



 これは、どういうことだ?



 俺はサッと本棚の間の闇にまた隠れ、片手に持っていたセンセイに「どういうことだろう?」と小声で呼びかけた。


 夜目でどうにか見えた文字には、『さあねえ』と無責任極まりない文が記されていた。


 チッと舌打ちをして、逃げる邪魔に……あるいは魔法の餌食にならないように本棚に押し込んだ。もう騒がしい足音が階段の方から聞こえてきている。


「さっきの本棚は確かここから四棚目と五棚目の間よ! ミーシャ、レックス、はさみうちして!」

「げっ⁉︎」

 かなり近いところから声がして驚いた。


「おう!行くぜぇ!」

「分かったみゃ!」

「バカミーシャはさみうちって言ってるでしょ!? 逆よ逆の方!!」


 ……そこまで警戒する相手でもないかもしれない。声のする方と逆の方からそっと飛び出して、奥の更に闇が深い方向に行くことにした。


「あっあっちに行ったぞ! シビれろ、"雷蝶の鱗粉"!」

「っわ!? "防壁"!」


 俺の後ろ姿めがけて、少年が魔法を放ったらしい。半身で振り返って防いだから良かったものの、あの魔術は食らったら数秒間体が痺れて動きにくくなるものだ。屈強な成人男性にはほぼ無効、成人済みだと一瞬ピリッとする程度らしいのだが、俺程度のガキだと足を止めてしまうほどのものだし、図書館内で数秒止まると距離を一気に詰められる。

 なんにせよ魔法は防いでおく方が良かったので、防壁の魔術がちゃんと働いて安心した。でもこれ、魔法の才能があるかどうか決める初歩中の初歩レベルなのだ。これが成功したからといって、呑気にはしていられない。


「いっくじょー、てりゃあっ!」


 そう言って幼い方の少女が振り回した杖の先から、頭の大きさほどの火球が俺に向かって……いや、少し逸れて飛んで行こうとした。まだ魔法のコントロールができないのだろうか。


「な……!? "旋風"!」


 防壁は自分の周囲にしか発現できないので、あの火球は防げない。俺は咄嗟に小規模な風の渦を発生させて火球と相殺した。


「こら何してるんだ! 本が燃えちゃうだろうが!」

「うっしゃい! 待てユーレーー!!」

「話聞いてくれない!?」


 なおも杖を振りかぶって追いかけようとしてくる少女の後ろから、もう一人が「もう、炎はダメって言ったでしょ!? あんたは走って追いかけるだけ!」と叫んでいた。ちゃんと躾けていてほしい。

 その間に俺は別の書架に潜り込んだ。月明かりのさす方とは逆の暗がりでなら、三人を撒けると思ったからだ。


 その後、暫く攻防が続いた。

 書架の合間をぬって逃げる俺を、体力無尽蔵な小さい方の、多分ミーシャと呼ばれている方の少女が追いかけ、その足音と声を聞いた残りの二人が離れた位置で待ち構え氷系魔法や雷系魔法を放ってくる。俺はそれを防ぎながら(反射魔術も練習中だったが、うっかり変な方に弾いて本にでも当たったら事だから止めておいた)反撃の隙を待った。


 二人の中間地点付近、長く高い本棚の間に入り、ミーシャと呼ばれる少女が俺の後ろ姿に「まてぇ!」と叫んだ。


 俺は突然振り返った。少女はここぞとばかりに走り寄ってくる。

 あと三歩で手が届く、というところで、俺は


「"防壁"!!!」


 と魔力の壁を発動させた。

 相手も急には止まれない、ぶつかって痛い思いをするだろう。こんな小さな子には酷かもしれないが授業料くらいにはなるだろうとくるりと踵を返して逃げようとすると、


「待、て、っ、て、言ってるだろがぁぁぁぁっっっ!!!!」


 なんと跳躍力を使って飛び付き防壁の上の端に手を掛け、その壁の上によじ登って、杖を振りかぶって飛びかかってきたのだ。


 さっき詰められた距離は、今となっては仇でしかなかった。


 炎魔法を警戒してもう一度"防壁"を唱えようかと焦った瞬間には、彼女の杖が俺の頭上にあった。


(えっ物理で殴られ……?)


 と思い至ると、ゴッと重い音がして、渾身の一撃が頭に入った。背骨をたわませるような衝撃が全身に走った。

 痛みを感じる前に意識がブラックアウトした。



「ええええええっ!! お前幽霊じゃないのかよ!!?」

「うんそうだね。で、俺まだ謝ってもらってないんだけど?」


 うっかり生死の境を彷徨って本当に幽霊になるかと思ったら、少女の比較的大きい方が来て「うわっタンコブができてる! 治せるかしら!?」と治癒魔法をかけてくれたらしい。それから数分後に意識を取り戻した俺は、まず話し合う事にした。

 俺が謝罪を要求すると、しぶしぶというか納得できない様子でバラバラと「ごめんなさい」の言葉が聞こえた。


 お互いのために、魔杖類は俺たちが円になって座っている真ん中にまとめて置いてある。

 この少女たちの杖は、確か学童用のものだ。

 比較的大きい方、フラン・ラグランジェと名乗った少女は、白いローブを着ていて、同じく白いとんがり帽から白い猫のような形の耳が飛び出していた。澄んだ青の瞳とさらりとした金髪だ。

 小さい方のミーシャ・ラグランジェという少女は、桃色のローブを着ている。桃色と白色の房の前髪が、目元を隠している。桃色の尾と耳がパタパタと落ち着きなく動いていた。

 少年はレックス・マディソンと名乗った。ピンピンとはねた赤毛で、忙しなく動く猫目気味の翠の瞳が利かん気そうな印象だ。この子は、杖ではなくて銃の様な形の媒体で魔法を発動しているらしい。両手に一丁ずつ持っていたが、あまり使いこなせていないのはこの短い間でも見抜けた。



「で、幽霊って?」

「だって、アンタ、いきなり出てきてどこかに消えて、でもいつ見てもここにいるなんて、幽霊じゃない……」

「……ええっと、君たちはこの図書館に来た事あるっけ?」


 確かに俺は昼間でも本を読んでいるから、他の人の目につく事も考えられる。何者なのだろうかと知らないところで言われる事もあるかもしれない。

 しかし、俺の方も図書館の来館者なら大概目に入れてるはずだ。こんな騒がしい三人の子供が来たら絶対に気付く。


「それは、その、パーヴェルとかアイリーンとかが……」

「そのパーヴェルとかなんとかっていうのは……ええと、学校の友達?」

「そおだじょ! 学校終わったらパーヴェルいつも図書館来るって、で、いつもオマエがいるんだって言ってた! だからユーレーにゃんだろ! 」

「口挟まないでよね! それにアンタ、この"学都"にいる子供なのに学校行ってないじゃない!」

「うん、まあ、それは置いといて。それで、幽霊の話は、たくさんの人が言ってるのか?」


 そう言うと三人は口をつぐんだ。やっぱりパーヴェルとかアイリーンとかが生徒の仲間内で言ってるだけだな。そう思って肩をすくめると、三人は居心地悪そうにお互いに顔を見合わせて、


「……町のたくさんの人が知ってるよな?」

「学校の先生も注意してたよね、確かめにとか行くなって……」

「ママも知ってたしにゃ!」

「なーんてこったー……」


 俺の噂は予想以上の広がりを見せているらしい。俺は顔を覆って天を仰いだ。


「まあ、俺は幽霊ではないよ。親がいなくなったから、この図書館に預けられてるんだ」

「親が……!?」


 フランは口元を押さえ、レックスは目をまあるく開けて絶句した。ミーシャはちょっと首を傾げただけだった。

 あまりこういう反応をされるのは好きではない。俺は口に人差し指を当てて、しーっと言ってから、続けた。


「でも、こんなこと言いふらさないでね? 司書のフリーダさんに迷惑をかけてしまうからさ」

「わ、分かったぞ……」


 三人とも、神妙な顔で頷いていた。


 三人はその後すぐに帰ることに決めた。というか、そうするように俺が勧めた。何時かは分からないが、夜も遅い。

 俺は扉の近くまで見送りに行った。


 月光の金に照らされた道のもと、ミーシャが振り返って、


「バイバーーイ! また会おうにゃー!」


 と手を振った。ふわりと広がったローブの裾、バランスを取るために地面とほとんど平行に伸びた尾、ぱっと開いて月光に照らされた小さな手のひらが、絵画に出来そうなほどの完璧なバランスに見えた。


「ああ……、次は昼間に来てね?」


 そう言って、俺も手を振り返した。

 ミーシャはフランに肩をどつかれていた。

ディルク「えっ、俺が大人び過ぎているだって?そうだなあ俺は昔からよく本を読んでいたからその影響も少なからずあるのかもしれないけどやっぱり一番の理由は弟たちの面倒を見ていたからかもしれないなぁ一つずつしか離れてないとは言え我慢することも少なくなかったから割と早い段階で割り切ったよでも他の家庭とか同年代の子供を知らないから比較対象が無いんだよねだから自分が他の子供と比較して大人びてるのか子供っぽいのか俺には分からないわけだけど今回こうやって指摘されたということは」

センセイ『話が長い』

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