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キミと繋がる物語  作者: 吟遊詩人ティム
序章 〜三本の縦糸は、分かたれた〜
6/11

大図書館のセンセイ

 あの夢は、何だったのだろう。


 『基本攻魔道 第三定理』を閉じて、月光のさす窓から外を見た。

 青白い光が、熱月(はちがつ)といえど冷たく鋭利な色で降ってくる。


 鎖骨を少し過ぎたくらいの髪の毛は、多分あの夢で見た黒と同じ色だ。


 そう、今俺は髪の毛を伸ばしている。


 ここに来て3ヶ月、不意に『思い出した』のだ。俺がなんでこんな所にいるか。

 思い出す、だなんておかしな話だ。俺は大切な家族と別れて此処に一人いるんだ。俺はそれを忘れちゃいけないはずだ。


 とても怖くなった。此処に来た理由を忘れてしまうかも知れない。それってつまり、家族がいたっていうのも忘れちゃうって事だよな。


 きれいさっぱり忘れちゃったら、それはそれで本に溺れることができて幸せなのかも知れない。でも、そんなのって悲しすぎるよ。


 だから、俺はいつでも家のことを思っておけるようにしておきたかった。


 でも、着の身着のまま此処にやってきたから、持っておける『モノ』は一個もない。


 ならば、と、自分の前髪を見た。母さんがちゃんと切りそろえてくれてた、弟たちとはまるっきり違う色で、でも母さんの色と良く似てた真っ黒でぼさぼさな髪の毛。


 せめて忘れないように、俺はこの髪の毛を伸ばそう。背中に増していく重みと、視界に入る邪魔なそれを見て、あの森でのことを思っていよう。

 十年後、二人に会えたらまたきちんと切ったらいいんだから。


 そんな訳で俺はフリーダさんのハサミから逃げ回り(厚意でやってくれているのは分かってるから、ちょっと悪いことをしてる自覚はある)、不健康なことにこうやって真夜中に起きて、夜通し本を読んでいるのだ。


 明るい月に照らして本を読んでいたけど、もう今夜はちょっと目が疲れた。この本でおしまいにして、寝よう。


 持っているこの本は、この図書館塔の月の見える方とは吹き抜けを挟んで向こう側にある。

 俺は、パターン……パターン……とよく響く足音をどうにか殺しながら反対側に向かって歩いて行った。


 その路半ばで、不意に虫の知らせというか、何かの勘が働いたような無意識の内に俺はその場で立ち止まった。


 ここらは古典を通り越して古代の遠い昔の、魔術をよく知らない俺には難しい本が並ぶ区画だったはずだけど、もしかしたらここで面白い本が見つかるかもしれない。何かの縁かも知れないし、見るだけ見てみよう。


 俺は吸い寄せられるように書架の間に滑り込み、手の届かない上の方から眺めてみた。

題名を読めもしないような古書がズラリと並んでいる。読めないというのは二重の意味で、本自体が劣化しているのか文字がかすれたり剥げたりしているのと、そもそも単語が難解すぎたり、知らない言語で書かれているから読めなかったりする。


 眺めながら下の方へと視線を下ろしていくと、赤茶で、少し他のものと比べて薄めの皮表紙のものを見つけた。

 なんとなくその本に違和感があったのでしゃがんでよく見てみると、奇妙なことに題名が書かれていない。

 かすれて見えないのではなく、紋様だけが描かれていて文字は一切書かれていないようだ。


 本を棚から抜き取っても、表にも裏にも文字らしきものは見当たらなかった。


 俺はその場にあぐらをかくように座って、(行儀は悪いが、誰もいない夜だ。お月様だって見てないさ)足の間に本を置いて開いた。もちろん呪いの本とかそういう可能性は考えてない。



 果たして……中身も白紙だった。

 黄ばんだ羊皮紙には、何も記されていない。


(残念だな。ただのメモ用紙か何かなのか? なんで図書館にこんなのがあるんだよ……)


 と少しゴワついた紙を手の平でなぞって、その手を退けた瞬間に気付いた。


 文字が、出現している。


『やっと気付きましたか 見込み違いの鈍いガキでしたね』

「ホァ!!!???」


 俺は本を取り落として叫んだ。胃の奥の方に氷の塊をブチ込まれて、背中の毛穴という毛穴が全部開いたような恐怖が体を駆け巡った。

 俺は無意味に本を開いたまま立ち上がり、辺りを見回した。


『そんな風に本を扱うんじゃありません 破れたらどうするんですか 字のある本に入るのは難儀するんですから』

「あわあわあわわあわこいつぁ呪いだな!!!??」

『違いますよ 失敬な』


 本棚に押し込もうとしたら、その本に抵抗された。というより、手元が震えすぎて入らなかったのだと思う。

 とにかく俺は冷静じゃなくなって、何が何だかわからなくなって本を押さえつけた。本は無抵抗に床に押し付けられていた。

 表紙の装丁がじんわりと形を変え、文字を形作る。


『おやおや 物分りの悪い』

「本にそこまで罵倒されるいわれは無いよ!?」

『あまり叫ぶと 司書の女性が起きてしまうのでは?』

「本が何言ってんだよっ! あれ? 喋ってる? 書いてる? 違うな……?」

『何を言っているのですか この子は』


 俺はなんだか、本なんかと意思疎通していることが急にバカバカしくなって、それを床に放り投げた。

 そうするとまた表紙の紋様がじんわりと形を変えた。


『ああ、そうそう 先ほどあなたを呼んだのは私ですよ』


 すっかり面倒になっている俺が何も言わないでいても、本は何事も無いように台詞を続けた。


『それであなた 正規の教育を受けていないでしょう』

「……そうだよ。で、なんでアンタが知ってるのかな?」

『私が一通り教えましょう』

「あっ!? あー……? え?」


 流れるように俺の疑念をスルーされた。まあものを教えてくれるのはとても嬉しい。というか何か教えてくれるなら誰でもいい。いやまて俺は今何か騙されていないか? 悪魔の契約とかに巻き込まれてる? まあいいか。知識を得るには悪魔との契約も一つの手って聞いたことあるしな。悪魔が何だって話だ。それに図書館にある本がそんなにやばい訳ないもんな!

 ここまで1秒未満。

 俺の知りたがり欲求は、いとも簡単に疑う心を乗り越えてしまった。


「えー……、それじゃ……よろしく……?」

『交渉成立』『よろしくお願いします』


 なんだか夢の様に奇妙な出来事に、驚き呆れて何も言えずにいると、また表紙がぐにゃりと歪んだ。


『あ』『それと』


 今度はなんだよ……



『先ほどの非礼』


『詫びてください』


「はい。すみませんでした。もうやりません。」


 本に謝る日が来るとは思っていなかった。

後に少年は、本のことを便宜上センセイと呼ぶようになる。

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