騎士団詰所の朝
ちょっとツナギのバルドのターン。
一方こちらも東の都の早朝、バルドも眠い目をこすって寒風の吹く騎士団詰所の中庭にいた。
「――――その七に、勤勉で誠実たれ! 本日も各々鍛錬に励むように!」
「グレーフェンベルク騎士団長にィ敬礼! 解散!!」
壇上で毎朝の騎士団の規律の言葉を演説しているのは、大仰で豪奢な鎧を付けた大柄な竜人の騎士団長。
深い光沢を帯びた暗灰色の鱗はいかにも重厚で、後頭部に二本生えている黒銀の太角は威厳たっぷり。彼の口が開くたびに見えるびっしりと生えた牙は小さな刃のように見えた。
竜人は獣人族の中で最も大きな力を持つと言われている誇り高き戦士たちだ。
獣人族たちは、魔力を体外で操ることができない――――つまり魔法を使うことができない代わりに、そのエネルギーを体内に巡らせその他の種族と並び無き身体能力を誇っている。
竜人たちは高い山や森の奥深く、澄んだ湖のほとりなどに小さな集落を作って、人たちとはあまり関わりのない種族だったが、近年は彼のように人の多いところで力が必要とされている職に就く者が少なくなくなってきた。
と言っても当然バルドは人間以外の姿をした者を見た事などなく、毎朝毎朝戦々恐々としながら敬礼姿勢で話を聞いているのだった。
ゾロゾロと歴戦の騎士たち、あるいは見習いや駆け出し騎士たちが解散していき、バルドも訓練場に行こうときたその時、
「ようバル坊、ここの暮らしには慣れたか?」
と後ろの上の方から深い声が降りかかってきた。
「へ……?」
と間抜けた声を出しながらその方向に振り返ると、あの鎧の竜人が歯をにっかりと見せているではないか。今にもとって食われそうな恐怖に、バルドの口元は引きつった。
「え、あ、だんちょ、その」
「お? なんだバル坊、まだこの顔が怖いか?」
それでも騎士団長相手に何か言葉を返そうとして意味を成さない声を上げていると、竜人の男はからかうように言って(かなり器用にしゃべっていたが、間近だと所々歯の隙間から息が漏れ出すような音が聞こえた)、ぬうっとバルドに顔を近づけた。バルドは情けない細い悲鳴をあげて目をギュッとつぶった。
「ひいいぃっ!」
「目ェ開けてみろ坊主、俺だよ、オレオレ!」
ダハハハハハ!という豪快な笑い声に目を開けると、そこにはあのアイザックの顔があった。
……いや、アイザックの頬には皮膚に吸収されるように消えていきつつある暗銀の鱗があり、後頭部の方には黒い角が頭の中に沈んでいくのが見えた。
「オジサ……いや、アイザックさん、じゃなくて、グ、グレ、グレーフェンベルク騎士団長!?」
慌てふためいて敬礼したバルドに、またアイザックは豪快に笑い声を上げた。周りの人たちもその様子を見てざわざわと笑っている。
「いいぜいいぜ、かしこまンなって。俺とお前の仲なんだからよ!」
「で、でもオレ、アイザックさんが騎士団長、ってか竜人なんて知らなかったぞ……!」
あーん教えてなかったか? とアイザックは頭をボリボリと掻いた。
「んまぁ何だ、最近どうだ坊主!」
「えぇ……まあまあかな。まだ慣れてないけど……朝日が昇る前に起きるのは大変だよ」
「なに、すぐに慣れるさ。訓練の方はどうだ?」
「剣って重いんだね。でも兄ちゃんにしごかれるのよりマシ」
「ハハハ! そろそろ打ち合いも始まるんじゃないか?」
灰髪の大男と、灰髪の少年。少し足早に歩調を並べて、澄んだ光が射し始めた廊下を歩いていく。