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キミと繋がる物語  作者: 吟遊詩人ティム
序章 〜三本の縦糸は、分かたれた〜
2/11

木の葉が風に吹かれ散る様に

「東の都へは二週間くらいかかるぜ」


 整備のあまり行き届いていない街道を、カッパカッパと蹄を鳴らしながら馬とロバが行く。ロバの上にはバルド、そのくつわは馬の上のアイザックが手にしている。

 バルドは初めての乗馬――――と言ってもいいのだろうか――――体験に、居心地悪そうに座り直した。


「おれ、生き物に乗るの、初めてなんだけど……まさかこのまま二週間過ごすのか?」


 想像するだけでゾッとするような話だ。アイザックはガッハッハと笑って答えた。バルドはガッハッハと笑う人間なんて見た事がなかったので少し身をすくめた。


「バカ言っちゃいけねえや、馬だって疲れらぁ! 宿取って休み挟んで二週間って事よ」


 アイザックはひとつちょっと顔をしかめて付け加える。


「ただなぁ、おめえさん騎士団に入るんならこんな行軍序の序の序の口だぜ? ロバが居なくて休みも無けりゃ早馬で一週間にもならねえや」

「………………」


 乗馬なんて一時間でも耐えられそうにないのに。重い鎧も付けて、金属の剣を振るって……鍛錬ばかりの日々を、これから送っていく事になるのだ。

 騎士への道のりの遠さに黙り込んだバルドに、無遠慮なアイザックが何だ腹痛(はらいた)かぁ? と問いかける。

 のんきな相手になんだか笑いを堪えきれず、バルドはへへっと笑い声を漏らした。


「ううん。……おれ、ぜったいに立派な騎士になってみせるぜ!」

兄を、見返すために。


「おう、その意気よ坊主!」


 晴れやかに不敵な笑顔になったバルドを見て、アイザックが大きな手のひらでバルドの背中を叩く。加減のない一撃に、バルドはぐえっと咳き込んだ。


 蹄の音がカパカパと、東へと至る街道に響く。








「学都への旅は長いですよ」


 馬を繰りながらレヴァンが言う。ディルクは馬の鞍の上、レヴァンの背後にぴったりとくっ付いている。


「一カ月は覚悟しておいた方がいい」

「……120ヶ月もある内の一カ月だろ? ちょっとだけじゃないか」

「おやおや、それはそれは」


 すっかり捻た口調に肩をすくめる。


「君、……ええと10年でしたか? 森から出た事がないのでしょう。景色でも見たらどうですか」


 森から出た事がない。すっかりひねくれてしまったディルクは、なにも返答をよこさなかった。

 レヴァンは背中から離れそうもない温もりを感じ、嘆息する。


「あなたのお母様に頼まれたこちらとしてもねえ、むっつり何も喋らない子供との一カ月なんて耐えれませんよ」

「……頼まれたって、何を」

「あなたのお母さんの魔導を、ご存知ですか」

「……知らない」


 魔導、それは獣人族を除く全ての人間が、一人一人生まれながら固有に持つ魔力の発現の仕方である。

 個人差はあるが、魔導が本格的に開花するのは5歳頃からだと言われている。魔導の力があるものは遅くとも思春期を迎える前に魔導が発現し、時期の遅い早いは能力には無関係である。

 ディルクは今年10歳を迎える年で、もう魔導が発現していてもおかしくない頃であった。


「"観測者ウォッチャー"、まあ言うなれば、未来が見えるという大層なお力でしたよ」

「ならなんで、」

「大人しく死に甘んじたのか、という事でしょう? ……私には分かりかねますね」

「………………」


 何を言えばいいのか分からないディルクは、また黙り込む。

 息が詰まるような沈黙に、ゆっくりとした蹄の音とヒィーヨロロロロローという空高く翔ける猛禽の鳴き声が聞こえる。


「………………おやおや、これはこれは」


 ずっと張り付いているディルクの顔を一目見ようと振り返ったレヴァンは、背中にへばり付いてぐっすりと眠っているディルクを見る。

 そういえば、昨日は宿のベッドでずっと寝返りを打っていた。心労や、乗馬の揺れの心地よさもあるのだろう。馬に乗りながら眠れるとは、大した図太さではあるが……


「振り落とさないよう、気を付けねばなりませんねえ」


 まだあどけない寝顔を見て、レヴァンはゆっくりと歩を進めた。

 空高くから、ヒーーーロロローーーと甲高い鳥の音が聞こえる。








 大きな四頭立ての幌馬車の中。大人六人くらいは横になって眠れそうなその内壁はみっしりと小さな引き出しで覆われている。床には何やら草類の詰まった箱が雑然と積まれており、それでも尚確保されている座るスペースに、フェリクスはうずくまって居た。


「うゔぇ……ぐすっ……お兄ぢゃんん……」

「うんうんーそうだねー大変だったねー」

「お兄ぢゃんんんんうえぇぇぇぇ……」

「うんうんーそれ半日くらい言ってるよねー」

「お兄ぢゃぁぁぁんんんんんん……」


 朝に兄たちと別れてからというもの、フェリクスはずっとこの調子でベソをかいている。

  ルシウスはと言うと、フェリクスの泣き言を聞き流しながら長弓を張り直したり引き出しの整理をしたりしている。


「おーっルシウスおじさん誰それー? ジンシンバイバイで捕まえてきた的なー? わっるーい」


 突然聞こえてきた少女の声にフェリクスは文字通り飛び上がって驚いた。飛び上がったフェリクスを、少女は「えーかわいいー」とキャラキャラと笑った。ルシウスはのんきに答える。


「いやいやー知り合いの子よー。家族から離れたことないらしくってーもうねーめっちゃ泣いてるー」

「そりゃ泣くでしょー! 突然家族と離れ離れなんてかわいそうだよ!」


 フェリクスはゴシゴシと目元の涙と鼻水を拭って声の方向に振り向いた。


 金とも茶とも言いがたい猫っ毛に、クリクリとした明るい鳶色の瞳、白い頬には薄っすらとそばかすが散っていて、細身で半ズボンが良く似合う、フェリクスよりは年上に見える少女だった。振り返ったフェリクスに、少女は歯を見せてにっかりと笑い、少し身をかがめて小さく手を振った。


 すっかり腰を抜かしているフェリクス。それを見てルシウスは「あー」と何やら納得したような声を出した。


「フェリって女のコ見るの初めてなんだっけ? そーだよねー野郎(オトコ)とばっか森の中だもんねー」

「か、かっ、かっかか」

「閣下ぁー?」


 目を大きく見開いて、口もぽかんと開いて、なにか生き物の鳴き声のようにかっかっと声を漏らしているフェリクスに、ルシウスが戯けて言った。


「か、かわ、かわいい……!」

「えっマジで言っちゃってる?」


 少女が「あらっ!」と驚いて頬を染める。しかしルシウスのおちゃらけた調子抜きの声音を聞いて、「もうっ、失礼しちゃう!」と、それでもまだ照れながら頬を膨らませ小さな唇を尖らせた。


「あーエリンちゃんにもついに嫁の貰い手が来たかー……もうね、ルシウスおじさん感激……今夜は宴だよね……」

「えっ違うよっ! そんなのじゃないよね! ね!?」


 大仰に額に手を当てて天を仰ぐ仕草を見せるルシウスに、エリンというらしい少女が慌てて手を振って応える。

 フェリクスはここに来て初めて、ふにゃふにゃとした笑顔を見せた。

なんのことはない繋ぎです。

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