春を喪った子等
長い小説を、初めて書きます。この段階でもまだ書くべきディテールがきちんとしていないので、今後本文をちょくちょく変えるかと思われます。
『小説家になろう』にも初めて投稿するので、文字の改行などの勝手が分かりません。先駆者の方々、ご教授いただけると幸いです。
––––花月の森の奥、夕焼けで茜に染まった木々の隙間の空間で、カコン、カツ、カツという木同士が打ち合わされる音が断続的に響いていた。
「やっ、はっ、えいっやー!」
「はっ、よっと、ほら、どうだ!」
黒髪の少年と、灰色の髪の少年が、木の棒で戦いごっこをしていた。
「えい、はぁっ、てりゃあっ!」
「おっと、っはは、せぇいっ!」
灰髪の少年のまっすぐな攻撃をいなしきった黒髪の少年は、灰髪の少年の突きを踏み込みながら躱し、手首の向きを変えて柄の側で相手の胸を軽く小突いた。
灰髪の少年は、ケホッと苦しそうに咳き込みその場にへたり込む。
「ゲッホ……やっぱりディルクにいさんは強いなあ……」
「あっはは、こっちもやり過ぎちゃったよバルド。立てるか?」
黒髪の、ディルクと呼ばれた少年は弟バルドの手を取って立たせた。
バルドは木にもたれかかって木漏れ日に当たって寝ていた少年に嘆息し、声をかける。
「フェリクス、そんなに寝てると、また夜に眠れなくなるぞ」
「ふあ、ふぁ〜あ……終わったの〜?」
白い髪の少年は、眠たい目をこすりながら二人の兄を見上げた。
「もうお腹が減ったしな。はやく家に帰ろう!」
「ふあぁ……そうだね、お母さんも待ってるもんね」
「もしかしたらもう弟か妹が生まれてるかもしれないしな!」
「そりゃあ無いだろ〜!」
バルドとディルク、二人でフェリクスの手を引いて立たせ、家路につく。
「それで、どっちが勝ったの? やっぱりまたディルクにいちゃん?」
「当然だろ!」
「いつか絶対倒してやる……!」
「その"いつか"っていうの毎っ回聞くんだけどな〜バルドく〜ん?」
「なんだと〜〜!!」
「あはは……ぼくは二人がケガしないならなんでもいいと思うよ……」
いつも通りの夕暮れ前。
――――ではない事を、ディルクはなんとなく察していた。
『家に、人が訪れている……?』
3人の家には、普段は母だけがいる。優しい母、最近お腹が膨らんできて、新しいきょうだいをその身に宿している、母親。
森の奥の方にある一軒家だ、此方からなにか買い物に出るとしても、他所から人が訪れるようなところでは決してない。
しかし、今日何度か森で聞いた、獣ではない何かが動く音。直立した人間の影。
『父さんって人が、来ているのだろうか』
新しく生まれる家族を見に来たのかもしれない。
物心ついたときにはいなかった、母さんの話にしか現れなかった、父親。彼と一目会う事ができるのかと、ディルクは淡い期待と共に家に向かっていたが――――
「なあ、なんか焦げくさい匂いがしないか……?」
「み、見て、にいちゃん、家の方……!」
首をほとんどまっすぐ上に向けると、煙が立ち上っている。
「うそ、だろ……!?」
嗚呼、そちらの方向には、自分たちの家が。身重の母親が。三人は、いつもの森の道を駆け抜けていく。
どうか、家は、いやせめて母だけでも――――
果たして、自分たちの家は、炎を上げていた。木造りの家は激しい火勢で燃え盛っていた。煙が喉を焼き、目がビリビリと痛む。
「ああ、ああっ……ウソだろ! 母さん!!」
魔導を使うことすらままならない無力な子供たちは、母親が逃げていることを願いながら、母親がここに無事に現れることを願いながら、ただ立ち尽くしていた。
「まだ居たぞ! ――じょのこだ!」
森のほうから聞こえた物音に「母さん⁉︎」と叫んだが、現れた二人の黒いローブの人物に、三人は身を固くした。ディルクは恐怖と怒りに震える体で、弟たちを背中に庇った。
「放っておけ、彼奴らはかみに――――ばれた者では……」
「しかし――――け――のガキだ……危ない芽は摘んでおいたほうがいいだろう」
黒いローブを被った、二人の人物が小声で話す内容は聞き取れなかったが、不吉な予感が体を熱くする。ディルクは生唾を飲み込み、叫んだ。
「お前らが……お前らが、母さんを!!?」
「ハッ、そしてお前らも葬る者だ! お母さんと一緒にあの世に行きやがれ!」
ディルクの悲壮に震えた叫びに、男たちは連弩と魔術で応える。
ギュッと目を瞑ったその時――――
「"防壁"!」
凛とあげられた声に、カカカカンッ! と何本も飛んできていた矢と、人の頭ほどもある炎の弾は弾き返された。
恐る恐る目を開けると、ディルクの目の前には薄紫に輝く透明の壁があった。ディルクは状況も忘れ、これが魔法ってやつか……! と感嘆して呟く。
すると突然大きな腕が三人をまとめて抱き上げ、ディルクはその肩に担がれ、バルドとフェリクスは腰に抱えられて、家だった所の方から聞こえる「頼みましたよ!」という声からぐんぐん遠ざかっていった。
自分たちの家が燃えている。自分たちの育った家が。自分たちの世界の全てが。泣き虫のフェリクスは溢れ出る涙を隠そうともせず、えぐえぐと嗚咽を上げている。
煙の匂いは消え、燃え盛る光すらも見えなくなっていく。
「クソ! あんた! 何なんだよ! 家が! 家が燃えてるんだよおぉ!!」
混乱の余り、ディルクはその男の背を小さな拳でドンドンと叩き、声の限りに叫んだ。
「騒ぐな! あいつらに見つかるじゃねえか……!」
鎧に包まれた男の頑強な肉体はその程度で揺らぐことはなかった筈だが、「ああ……チクショウ……」と嘆息し三人をその場で下ろした。
フェリクスはその場にへなへなと座り込み、抑えた泣き声を上げ始めた。
バルドも魂が抜けたかのようにその場にへたり込み、何も言うことができず惚けていた。
ディルクは、男の駆け抜けてきた道を、ただ立ってボンヤリと見詰めていた。
男が乾いた唇を開く。
「済まんな……間に合わなくって」
ディルクの耳にはその声も届かない。ただ、自分たちの家があった方を見つめている。
「俺たちはな、お前の親父さんとお母さんの知り合いなんだ」
男の、罪の告白のように重い口振りを耳にすら入れずに、来た道を見詰めている。
「……かあ、さん」
その時、ディルクは確かに母親を見た。暗い森の中で、ハッキリと――――その横に立つ二人のローブの男も。
口も聞けずに黙っている男をよそに、恐ろしく研ぎ澄まされた耳はこんな会話を聞いた。
「ああ……この子は……この子だけは……!」
「そのこ――――――じをな、わ――――がかみがごしょ――――なのだ」
「いや……ああ、嫌ァァァァァァ!!!!!!!」
母の金切り声の直後、男の影が白刃を振り下ろすのがハッキリと、見えた。目を逸らすべき光景なのに、余すところなく、凝視していた。覚えず一歩踏み出すが、
「おい坊主! しっかりしろ……!」
男の大きな手に肩を掴まれ、阻まれた。
「だって、向こうに! 母さんが……! あぁ、あああああぁぁぁっ!!!」
もう揺らがない、母の絶命という事実。俺たちの、きょうだいも。この目で、見てしまった。ディルクはその場に崩れ落ち慟哭した。
少年たちの世界の全ては、もう帰ってこない。
「で、だ。さっきも言ったように、俺たちはお前の父さんの知り合いなんだわ」
森の外、蹲る三人を馬車に乗せ、三人の男が街道を行く。幌のない馬車で、夜風を切ってどこかへと向かっている。
御者はルシウスと名乗る白金の髪の男、荷台に乗るのは、先程の黒髪の魔法使いレヴァンと白髪交じりの鎧の男アイザック。
「お前三人は、まあなんとなく分かるかも知れんのんだが、命が無事ってー保証が無いわけだな」
「君ね、もう少し云い方ってもんが有るだろう」
ガタイのいい大男がその一言にすっかりショボショボと萎縮してしまう様子を見ても、三人はくすりとも笑えなかった。
レヴァンがその後の言を継ぐ。
「君たち三人は、別々の所で私たちが養育します。10年後に、東の王都で再会する手筈です。」
「なんで……バラバラなんだよ?」
重い口調でバルドが聞く。馬車がガッタンと大きく揺れる。
「そりゃあな、」
「君たちが三人でいると、彼奴らに場所を嗅ぎ付けられるからです。それに君達は学びたいことも違うはずだ、そうでしょう?」
アイザックの言葉に被せるようにレヴァンが早口で言う。レヴァンの冷たい一瞥に、大男はまたしょぼくれて肩を窄めた。
「まなびたい、こと……」
フェリクスが鸚鵡返しに呟く。意味が分かっているかも怪しい、ぼんやりとした口調であった。
「長男の、ディルク君。 君は私と学都に行って図書館で過ごします」
ディルクにとって、それは確かに魅力的な申し出ではあった。好奇心の強い彼は、本を読んでもらうのが一番好きだった。
物語は、今、ここではないところに連れて行ってくれるから。新しいものを、教えてくれるから。
図書館に住むなど、普段の彼が聞いたら飛び上がるほどの最高の喜びに違いないのであるのだが……今こんな風に聞かされても、何も言うことなどできず、ただレヴァンを見つめ返しただけだった。
「次男のバルド君、きみは西の王都でこの男の騎士団に所属することになります」
レヴァンが、アイザックを顎でしゃくる。彼は気まずそうに片頬を上げた。
バルドは真面目な性格で、木刀で鍛錬をすることが苦ではないどころか好きな少年であった。ディルクを正々堂々と剣で負かすほど強くなることを夢見て特訓していたほどだ。
しかし、騎士団という言葉にゴクリと唾を飲んだ。果たして、おれはその厳しい訓練の困難さに耐えられるのだろうか?
「三人目のフェリクス君は、あの御者の男と旅の薬屋の共となります」
ヒュッパシン、ヒュッパシンという鞭のしなる音が聞こえた。御者の男ルシウスは振り返ってニッコリと歯を見せて笑った。
穏やかで心優しい気質のフェリクスは、確かに本の中でも植物――――とりわけ薬草の類について知るのを好んでいた。家の中には、彼が集めた干し薬草の束も有った……先程、焼け落ちてしまったのではあるが。
フェリクスは少し興味を持ったように顔を上げた。
「なんで、そんなに俺たちのことをよく知ってるんですか? 父さんから聞いてた……? でも俺たち、父さんと会ったことなんてほとんどないのに」
自分たちの好みをここまで把握している他人を訝しく思ったディルクがボソボソと聞く。レヴァンが答える。
「ああ……それは、君たちのお母様が教えてくださったのだよ」
確かに、母さんは近くの村へ買い物をすると出かけることが時たまあった。その時に彼らと会っていたとしてもおかしい話ではないだろう。ディルクは外に目をやった。
どこまでもどこまでも広がっているような、まるっきり自由な草原。風が、何処へともなく吹き抜けてゆき、淡い月の光がだだっ広い視界に差し込んでいた。
俺たちは、確かに外の世界を望んだことがあった。
けれど、母さんの存在と引き換えに望んだことなど決してないのに。
ディルクはまた視線を自分の膝小僧に戻し、小さく三角座りにうずくまった。
今までの生の全てをおいて、馬車は都市へと向かう。
「ほらぁ、今生の別れじゃあ無いんだからさぁ〜そろそろ離れよ? ねっ? フェリクス君」
「い"や"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"に"い"ち"ゃ"ん"ん"ん"ん"ん"ぼ"く"さ"び"じ"い"よ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"」
「また会えるから! また会えるから! な! 落ち着こうフェリクス!!」
「ほんどぉ? まだ会えるぅ??」
「会える会える! 多分」
「だ"ぶ"ん"っ"で"い"っ"だ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"」
「絶対! 絶対また会えるから! な!!」
「だ"ぶ"ん"っ"で"い"っ"だ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"や"だ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ゔ"ぇ"ぇ"ぇ"ぇ"ぇ"ぇ"ぇ"ぇ"」
次の朝の都市。彼らの住んでいた森から東に少し行ったところにあるここで一夜の宿を取り、早朝には西の騎士団の方や薬屋の馬車、そして学都へと別れる算段になっていた筈だが、フェリクスはバルドにへばり付いて盛大に泣きじゃくっていた。それをルシウスとディルクが必死であやしている。真顔で微動だにしないバルドの服は、フェリクスの涙や鼻水やよだれでぐちょぐちょになっている。
なかなかにパンチの効いた光景が繰り広げられていて、通りの人の好奇の視線が6人に遠慮なく刺さっていた。
ディルクは、フェリクスの顔の前に立って「にいちゃんの言うこと、聞きな?」と言った。フェリクスはひどいべちゃべちゃの顔を上げ、ヒック、とひとつしゃくり上げる。
「俺たちは絶対また会える。運命神様が、ちゃんとそうしてくれるから、ね?安心して、今はバイバイしよう。」
運命神。母が時折話した、世界の大いなる正しい流れを創る者。素朴で純真な信仰は、フェリクスをひとまず説得するには十分だった。フェリクスは小さく頷いた。
ルシウスは今だと言わんばかりにその小さな体をバルドから引き離して馬車に放ると|(フェリクスが「おわひゃあああ!」と悲鳴を上げた)、
「そっれじゃ〜十年後!それまで坊ちゃんは丁重にお取り扱いするから安心してね〜お兄ちゃんたちっ!」
「げ、げ、げ、元気でねえええぇぇぇ!!!!にいぢゃぁぁぁぁん!!!!!」
と調子良く言って馬にムチを打った。壁で囲まれた街の外へと至る南門は馬車が出るのと殆ど同時に、待ちくたびれたとでもいうように閉まっていった。
「俺たちも、そろそろお別れだなバルド」
「な……なんだよ……なんでそんなに落ち着いてるんだよ、にいさんっ」
最後まで泣き虫なフェリクスに苦笑しながらディルクがバルドを見ると、負けず嫌いの弟の目にも涙の膜が厚く張っていて、ディルクのえっ、という声のすぐ後に雫がつるりとこぼれ落ちた。
「おれ……嫌だよ、これが、ぜんぶ、かみさまがそう思ってることでも、おれ、みんなとお別れなんて、嫌だ! おれ、ひとりじゃ、騎士団なんて、耐えらんねーよ……!」
バルドは俯いて、グズッ、グズッと洟をすすりながら泣き言を漏らす。いつもは負けん気の強い、勇敢なバルドの泣き声にたじろいだディルクは言い放つ。
「う、う、う、うるさい! そ、そんな泣き言いう弟なんて……絶交だ! そんな弱虫なバルドなんて、立派な騎士にはなれないに決まってるしな!」
「なん……だとぉぉぉぉ!?」
「はぁ〜? やるかぁ?」
その許しがたい一言で、バルドの頭は血潮の音が聞こえるほどに熱くなり、ディルクに掴みかかった。
自分の言ったことに混乱して頭に血が上っているディルクも応戦しようとするが「その辺にしとけや、な」とアイザックに引き剥がされた。
アイザックが押さえているバルドと、レヴァンが肩を押さえるディルクは息を荒げて睨み合う。
「いいんですか。10年のお別れなんですよ」
「ハン、知らねーよあんな弱虫」
「仲直りしとけよ……な?」
「嫌だ、あんなクソ兄貴!」
お互い強情な二人は、大人たちの諌めるのも聞かず背を向けあった。レヴァンとアイザックは、残念そうに目配せしながらその背を押して遠ざかって行く。
レヴァンたちは西へ、魔の国の第二都市――――通称"学都"へと、アイザックたちは東の王都へと歩を進めて行く。
小さな兄弟は、相手の馬車が見えなくなってしまう最後の最後までさよならを言うこともなかった。
この作品は、たくさんの漫画やライトノベルなどに多大なる影響を受けております。何の二次創作では決してないオリジナルであると思うのですが、もし不快に思われる点がございましたら仰ってください。
楽しみながら、ゆっくり書いていこうと思います。