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8パシリ さようならと言わせて

 さよなら、サヨナラ、バイバイ、またね。さよならにも色々な意味と、その場に合った使い方がある。さよならにも複数の意味があり、また明日も会いましょうからもう会うこともない最後の挨拶まで幅広い意味がある。


 小堂家の母屋から少し離れた場所にもうけてある愛華専用のプライベート邸の一室。

 ありとあらゆるものが無駄に豪華仕様になっている部屋に一つだけ不釣合いな椅子に卓巳は座っていた。

 愛華は風呂を入りにいき、その間に明海に電話をかけるように卓巳に携帯電話を渡した。それは愛華なりの心遣いなのだが、この部屋に限っては愛華の仕込んだ盗聴器などが設置されているため、愛華のプライバシーは守られていても、卓巳のプライバシーというものはみじんもないため心遣いどころではなかったりする。

「うぅ〜、俺はいったいどうしたらいいのだぁ〜!?」

 明海に電話をかけようとしたが、肝心の内容が思い浮かばないため、卓巳は小汚い椅子に座りながら手足をバタバタ振り回した。その姿はお菓子を買ってくれなかった子どもがスパーで暴れる姿と似ている。

 卓巳は数秒そのまま暴れていたが、突然ゼンマイの切れたカラクリ人形のようにぐったりとする。そのまま視線だけを天上に向けた。

「……俺はガキかっ」

 そう小さく呟いて目を閉じる。

 目を閉じてもシャンデリアの光で明るかった。卓巳は今どうすればいいのか考えていた。この場に居合わせた人がいたなら、きっと寝たのかと勘違いするほど静かに目を閉じていた。

「よしっ!」

 数分考えてから掛け声と共に卓巳は椅子から立ち上がり、パチッと頬を両手で思いっきり叩く。

 卓巳は愛華の携帯電話を見つめ、ギュッと握った後に自分のポケットに乱暴に入れた。それからドアを開けて廊下を早歩きで歩く。

「どちらに行かれるのですか、西沢さん?」

 どこからともなくカナメの声が廊下に響く。

 卓巳は予想外の声にビックリし、少し体を震わせる。そして足を止めて後ろを振り向く。

「カナメさん……止めにきたのですか?」

「いえ」

「それならどうして?」

 卓巳はカナメを怪訝そうに見つめる。

「西沢さんに一言いいたいことがありまして」

「俺に、ですか?」

「ええ、恥ずかしながら私は今までに異性の方とお付き合いしたことがありません。私が西沢さんと彼女さんの事を言うのは場違いと承知しています。ですが、私は西沢さんに後悔だけはしてほしくはありません。お嬢様に何て言われたのかは分かりませんが、それでも西沢さんしたいようにすればいいと思います。ただそれだけを言っておきたかったのです」

 カナメは一礼をし、卓巳に背を向けて歩き出した。卓巳はそんなカナメの背中を見つめ、自然に手が伸びた。掴むことも触ることもできない遠い背中が、卓巳にとって誰よりも大きな背中に見えたからだ。

 カナメの姿が見えなくなったところで、卓巳は再び歩き出した。


 邸を出て、敷地の外に出る門まで数十分かかった。そのタイムロスをカバーするかのように、卓巳は走り出した。向かった先は言うまでもなく、明海の家だった。

 小堂家と狩野家はわりと遠く、車でも使わないと一時間ほどかかる距離があった。かといって卓巳は財布どころかお金すらもっていない。バスも電車もタクシーも使えない今、ただ果てしない距離を走っていた。

 卓巳は体力が全くないため倒れるギリギリまで走り、休憩をかねて歩く。それをずっと繰り返していた。

 時間は夜遅くなくても辺りは暗く、左右の家からは電気が漏れていた。そして歩道には数人の人が歩いている。卓巳の格好、執事服装が珍しいのか、はたまた変質者のように見えたのか辺りの人は卓巳に集中する。それでも卓巳は気にする事なく走り続けた。

「西沢くん?」

 卓巳が小堂家を飛び出して四十分ぐらいたった頃だろうか、ようやく狩野家につきそうになったそんな時、不意に後ろから声がした。

 卓巳が振り向けばそこには梨乃が立っていた。手にはコンビニの袋を持っていて、ラフな格好だった。が、卓巳は梨乃の事を知らなかった。卓巳が以前かよっていた学校は進学校だったし、なによりあまり人付き合いが得意とはいえなかったため、自分のクラス以外の生徒は無知だった。

 誰だと思い、卓巳は首を傾げる。

「えっ、誰だ?」

 頬を流れる汗を手の甲で拭いながら言う。

 梨乃は「信じられない」と言っているかのように眉間にシワを寄せ、そのまま卓巳に近づく。

「私の事はこの際どうでもいい。けど明海を泣かせるような奴にはお説教してあげる。だからちょっと私に付き合いなさい」

 そう言いながら梨乃は卓巳の胸倉を掴む。そのまま梨乃は自分の顔に引き寄せ、傍から見れば愛し合っているカップルがキスをしているかのように見えた。

「いいわよね?」

 至近距離で梨乃はニッコリと笑みを見せる。

 卓巳はそんな梨乃の笑みと至近距離が居心地悪く思え、梨乃から視線を外す。

「急いでいるから離してくれ」

「あら、女の子からデートに誘っているのに断るわけ? 甲斐性がないわね」

(さっき説教するって言ったじゃないか)

 卓巳は心の中でツッコム。

「それ以前にその格好はなに? ちょっとキメすぎじゃないかな?」

「ほっとけ」

「そう、まっ、私には関係ないけど。それよりそこの公園で少し話そう。別にいいよね?」

 梨乃は卓巳の返事を聞く前に、卓巳の胸倉を掴んだまま歩き出す。卓巳は思わぬ事態になされるまま強引に引っ張られる。

 公園は素っ気なかった。どこが素っ気ないのかと言えば全てが素っ気なかった。以前は今よりましなようだったが、今ではほとんどの遊具が撤去されて、残っているのは滑り台と砂場、そして鉄棒ぐらいだった。

 卓巳は梨乃に強引にベンチに座らされ、今は二人並んでベンチに座っている。そんな中、梨乃はおもむろにコンビニの袋から缶ジュースを取り出し、そのまま卓巳に渡した。

「私のおごりだから」

 そういって梨乃は自分の分の缶ジュースを開ける。

 卓巳も「ありがとう」と小さく呟いて缶ジュースを開けた。ここまで何も水分を補給しないまま走ったり歩いたりしていたため、この水分補給はありがたかった。そのため卓巳は何のジュースかも確かめないまま口いっぱいにジュースを含む。が、直ぐに口の含んだジュースを吐き出すことになった。それは味に問題があったからだ。いや、問題なら可愛らしい。大問題だった。

「うわっ、汚いな」

 ゴホッゴホッと咳き込む卓巳を尻目に梨乃は言った。

 卓巳は涙目になりつつ、何のジュースなのか見た。缶には『ゴーヤ100%』とプリントされ、さらには全く可愛らしくないマスコットキャラ的な生物が憎たらしく笑っていた。

 卓巳は梨乃を怪訝そうな顔で見つめ、

「美味しいのか?」

 聞く順番が違うが、梨乃が好き好んで飲んでいるのか聞く。

「これはハズレだね」

 梨乃は苦く笑った。梨乃の趣味は変わった食べ物やジュースがあると試したくなる子で、今までにも色々なものを試してきた。その中でもこのジュースはハズレの部類に入った。それでも梨乃は何も言わずに飲み干してしまった。

「明海から全部聞いたよ。あの子泣いていた」

 少しの沈黙の後に、梨乃はそう呟いた。

 卓巳は明海の泣き顔どころか、弱音すら吐いた姿を見たことがなかったため、一瞬ベンチから身を乗り出そうとする。が、それも一瞬のこと。直ぐにベンチに座りなおした。

「……そうか」

 卓巳は素っ気なく呟く。内心では自分のせいで泣かせてしまったことに罪悪感でいっぱいだった。だけど仕方がなかった。そう心で言い訳をし、興味ないふりを見せていたのだ。

 梨乃は眉をしかめ、

「君のせいで明海は泣いたのよ? 何も感じないわけ?」

「……俺と一緒にいないほうがあいつのためだ」

「それは西沢くんが決めることじゃなくって、明海が決めることよ。それに電話で「俺の事は今日限りで忘れてくれ。そして……さようなら」そう言ったそうね?」

「ああ」

「カッコイイとでも思っているの? それならとんだ思い違いよ。全然カッコイイとも思わない、むしろ最低だね」

「……」

 卓巳は何も言えなかった。それよりも梨乃の言ったことが卓巳にとって辛く、切ない言葉だった。それは卓巳が一番よく知っている事だったからだ。

「明海と付き合い始めたのはいつ頃から?」

 梨乃は何の前ぶれもなくそう言った。

「去年のクリスマス」

「そう、少しその頃の話を聞かせてよ」

「あいつから聞いていないのか?」

 てっきり聞いているものだと思い、卓巳は怪訝そうな顔をする。

「あいつ、ね。もう明海の事は名前で呼ばないんだ?」

「お前には関係ない」

「そっ、それより話を聞かせてよ」

 卓巳は大きく深いため息をつき、

「恥ずかしいから誰にも言うなよ」

予想以上に早く書き終えることができましたぁ〜。

一つだけ報告があります。

これからの話をルート方式にしようと思っています。なので、今回は明海ルートです。

それでは次回も楽しみにしていただけると嬉しいです。

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