5パシリ 普通でない学校
学校とは何をしに行くものなのだろうか?
勉強? 恋愛? 将来の通り道? なんだろうと大いに結構。だが、愛華が通っている私立白怜女子高等学校の生徒は、ほんぽん的に普通の学生とは何かが違った。
卓巳にとっての学校とは百歩譲って勉強を学ぶものだと思っていた。が、私立白怜女子高等学校の生徒は暇つぶしに学校にきているのだ。財あるものは暇をもてあますと言うが、これほどしっくりくる光景を見た卓巳は初めてだった。
無駄に広い敷地のあちこちにお茶を楽しむ場所が設けられている。それだけならまだしも、その場所を利用している生徒が目に入った。
オープンカフェのような場所に数人の生徒が談話を楽しみ、その後ろには執事と思わせる人が数人待機している。時々執事がお茶を入れている姿は、本場の執事と勘違いさせるほど全てにおいてマッチしていた。
「なぁ、いつも朝っぱらからこんなことしているのか?」
談話を楽しんでいる生徒を遠めで見つめながら卓巳は言う。
「そうね、朝だからこんなものだけど昼時になるともっと凄いわよ」
「ふ〜ん、まっ、別に俺には関係のない事だけどな」
大きな欠伸をしながら卓巳は言う。
「そうでもないわよ? 卓巳さんも執事の端くれなら、そういった機会もあります。邸に帰ったら早速カナメにでも聞いておくと良いでしょう」
卓巳は欠伸以上にあんぐりとだらしなく口を開いて愛華を見た。
別に卓巳自信が執事の仕事をするのに驚いているのではない、愛華が言った「卓巳さん」という発言が卓巳を驚かせていたのだ。
「……あっれ〜? 俺の耳も寿命かな?」
トントンと卓巳は耳を叩く。
「何をしているの?」
卓巳の仕草が理解できない愛華は少し首を傾げ卓巳を凝視した。
「さっきの言葉もう一回言ってくれないか?」
「ですから、卓巳さんも執事の端くれなら、そういった機会もあります。邸に帰ったら早速カナメにでも聞いておくと良いでしょう。そう言ったのです」
「くわっぱぁ〜!」
卓巳は驚きと不意打ちに奇妙な奇声を発した。そんな卓巳に奇声に何事かと愛華は大きな目をパチパチとして卓巳を不思議そうな顔で覗き込んだ。
「い、いったいどうしたのよ?」
「ごめん。ついつい現実に背を向けてしまった。まさか愛華様が俺の事を卓巳さんなんて言うから一瞬我を忘れてしまった。いやぁ〜、ようやく名前で呼んでくれて俺は嬉しいよ」
感動のあまり薄っすらと涙を溜めて愛華の肩に手を乗せて卓巳は言った。
愛華は今まで卓巳の事を「庶民」か「下僕」としか呼んでいない。そのせいか卓巳は愛華に呼ばれることを少しだけ拒んでいた。誰だって自分の事を「庶民」やら「下僕」なんて呼ばれたくないし、なにより腹が立つ。
「……は? なに言っているの? そんなの学校だけに決まっているじゃない。家に帰ったらまた普通どおり呼ぶわ」
「と、いいますと、愛華様は学校では優等生を演じきると?」
「そうなるわね。お嬢さまっていうのは何かとお喋りの面があるからね、素の私なんて見たらあっという間に広まってしまいます」
「そ、そうですか……」
愛華が猫をかぶっている事については卓巳も知っている。が、ここまであからさまに世間の目を気にする計算高い愛華を卓巳は少しだけ羨ましくもあり、そして面倒にも思えた。
卓巳はあまり計算して今後の事を考える事はない。それはとっさに何歩先の考えが出来ないからである。そのためか、今までに将棋やチェスなどのボードゲームで勝った覚えがなかった。それほど計算というものが生活からかけ離れた場所にあった。だからこそ愛華を羨ましく思えて仕方なかったのだ。
無駄に長く、それでもって無駄なところにお金を掛けている校門から校舎まで続く道のりをのんびりと歩いた。時々始めてみるオブジェらしいものやら、形や時代が違う校舎があり、その都度卓巳は色々な表情をみせた。
長い、長い、道を何分も歩き、ようやく校舎に着いた頃には卓巳は肩で息をしていた。卓巳はそれほど体力がなく、小学校の頃にあったマラソン大会も良い成績は今までにない。それでも運動神経は悪いほうじゃない、だが、それでも最初だけで最後の方はばててしまうのだ。
「だらしないわね。今日から体力をつけなさい」
「無理。自慢じゃないが、俺は体力だけはないのが取り柄だからな」
「そんなの自慢にもならないわ。全く……」
愛華は呆れたように肩をすくめた。
「まぁ、いいわ。それより早く教室に行きましょう? 遅刻だけはしたくないの」
そしてスタスタと愛華は校舎の中に入って行った。その後を追うように卓巳も校舎の中に入る。
校舎は外見よりもっと凄かった。それは卓巳が校舎に入って初めて思った事だった。
廊下なのに天上にはシャンデリア、壁には色々な絵画や壷、そして壁にも彫刻が彫られていて何処を見ても卓巳にとっては凄いことだった。
「うわぁ〜」
卓巳は自然に声が漏れた。
「そんなに驚く事でもないでしょ? このぐらいなら私の家の方がよっぽど凄いわよ?」
「いや、学校がここまで凄いなんて予想外だったから、つい」
「そうなの。まっ、これから慣れればいいわ」
「ああ、そうするよ」
それから教室に向かうのに廊下を歩いていると、愛華はすれ違う生徒から挨拶されていた。しかもすれ違う全ての生徒が、だ。愛華が人気者なんか、それとも学校の常識なのかは定かではないが、それでも卓巳にとっては凄い光景だった。しかも卓巳はどこか興味深く見られたのだ。
ようやく教室につき、何事もないように愛華は先に教室の中に入っていく。
卓巳はどうにも始めての学校で、しかも転校生扱いされないため何処か居心地が悪く思えて教室の前で立ち止まる。
「何しているの? 早く教室に入りなさい」
「いや、そう言われても……」
「何を考えているなんて分からないわ。だけどね、入らなかったら不審者で警備員に連れていかれるわよ? それでもいいなら好きなようにしなさい」
「それは勘弁だ」
卓巳は大きく深呼吸をしてから愛華に続いて教室に入る。
教室はざわついていたものの、知らない顔である卓巳の存在で教室中が静まり返った。卓巳を遠めで見るものもいれば、ヒソヒソと卓巳について話し合っている生徒がいた。もちろん卓巳はそんな事に慣れている訳が無く、余計にいづらく思えて仕方が無かった。
愛華は笑顔で教室の生徒に挨拶をして自分の机に座る。
机は二人が使えるタイプで、卓巳もまた愛華の隣に座る。手に持っていた愛華のバックを机の端にあるフックにかけ、何処を見るわけでもなく真っ直ぐ視線を送った。
そんな中、卓巳と愛華に忍び寄る一つの陰。ではなく、堂々と愛華の前に立つ一人の少女がいた。
愛華同様に美しい顔立ちだったが、彼女の顔で全て台無しにしていた。
「あら? 天野さんではありませんか? そんなに怖い顔をしているとシワが増えますよ?」
彼女の名前は天野小鳥。長い髪を後頭部で結び、いわゆるポニーテイルにして、白い肌と高い鼻、そして大きな瞳が彼女の美をより引きだっている。
「あ〜ら、腹黒女に言われたくはないわ。それより隣の貴方? 中々可愛らしい顔をしているのね? こんな腹黒女のところより私の執事にならない?」
「……ちょっと考えさせて下さい」
卓巳にとってそれは興味がそそる話しだった。愛華が嫌と言えば、嫌だが、それでもカナメとの約束もある。それに一応父親の事もあり、卓巳は即答で答えを出すことはできなかった。
「その間と返事はなに!? 卓巳さんは私の執事です! 勝手に人の執事を誘惑するのはよしてください!」
「それは違いますよ? 卓巳は小堂さんの持ち物ではありません。ですから卓巳が私の執事になりたいのなら引き止めるのは変ですわよ?」
「そ、それはそうですけど……それでもダメです!」
卓巳はどうして自分を引き止めるのか謎だった。特に人に威張れる特技もなにもない、普通の庶民なのに今の愛華は必死に卓巳を渡そうとはしない。その姿がどうにも理解できなかった。
それから授業が始まるまで愛華と小鳥のやり取りが終わる事はなかった。そして卓巳は小鳥に返した返事がどうにも誤ったものだと気づく。それは邸に帰ったらどんなお仕置きが待っているか分からないからだった。
一気に修正しました。
修正といっても本編は変わらず、一話ずつずらして登場人物の欄を設けました。
10月は忙しい月なので、9月中にあと2回ぐらい更新したいと思っています。それでは次回も楽しみにしていただけたら嬉しいです♪




