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4パシリ お嬢さま学校

 卓巳はもう学校とは一生縁の無い居場所だと思っていた。

 いや、もう学校という単語が出てくるとは思ってもいなかった。

 それでも卓巳は学校の前に立っている。別に女子高校生が目当てで立っているのではない。口をだらしなく開けて、呆然と視線を上に向けて立っているだけだ。その姿を例えるならば、都会を始めてみた田舎の人。そう例えるのが一番しっくりするのかもしれない。

 が、卓巳にとって都会とは別に珍しいものではない。なぜなら生まれも育ちも都会だからだ。ならどうして、そんな田舎人と例えるような姿をしているのだろうか? その答えは簡単だった。

 都会全てを珍しく見るのではなく、

 都会のほんの一部で、なおかつ今までに見たことの無い学校を珍しく見ていたからだ。


 時は変わり、今朝の事である。

 卓巳が愛華の世話係、いや、執事とでも言っとこう。そんな職に就くことになった初めての朝。

(あれ? ここは……どこだ?)

 寝ぼけながら卓巳はそんな事を思って目を覚ました。

 床で寝ていたため、卓巳の体はすっかり固くなり、目覚めの良い朝とは相当かけ離れていた。

 少し考えたところで、ようやく卓巳は今の状況と、自分の置かれている立場を認識する。立場からすれば、この邸にいるどの人より下の立場である。

 ゆっくりと立ち上がり卓巳は思いっきり伸びをする。

 小さく「よしっ」と呟き、ベッドでいまだ寝ている愛華を見る。

 愛華はまだ夢の中の住人で、小さく細い寝息が聞こえる。そんな愛華を見ていた卓巳は呆然と立ち、人の気持ちも知らないで気楽なものだと感じていた。

 別に卓巳の気持ちは思っているより気楽なもので、正直なところどうでもよかったりする。そんな事はともあれ、今日は平日で時計の針は既に七時に差しかかろうとしていた。

 卓巳にとって七時に起きるのは普通で、学校を辞めさせられた今になってはもっとゆっくり起きればいいのだが、体は七時に起きるようにインプットされている。長い事同じ時間に起きていた事から七時に起きるのは必然なのだろう。

 それはさて置き、男である卓巳にとって朝は別に忙しいものではない。顔を洗い、朝食を取る。それだけの行動しかとらない。だが、女性は男性とは色々な面から違う。薄く化粧をしたり、シャワーを浴びたりと人によっては異なるが、それでも女性の朝は戦場のように忙しいものだと卓巳は思っている。

 卓巳はゆっくりと愛華に近づき、そっとベッドで寝ている愛華の肩に手を伸ばす。

 が、その行動は直に阻止された。

 卓巳の腕を掴み、その力強さから押すことも引くことも拒まれてしまった。ビックリしながらも卓巳は誰だと思いながら腕が伸びているほうを見る。

 完全無欠、ポーカーフェイス、メイドの中のメイド、

 西森カナメ、

 が、立っていた。

 卓巳から見てカナメの腕は決して太いとは思えない、むしろ街中を歩いている少女の用に細い腕をしていた。そんなカナメがここまで力強いとは思ってなかった卓巳は少し驚く。

「お、おはようございます」

 このシュチュエーションが取り敢えず苦しく思えた卓巳は朝の挨拶をする。

「おはようございます。それで、西沢さんはお嬢さまに何をしようと思っているのでしょうか? 返事次第では容赦しませんよ?」

 顔の表情は変わってないものの、背中の方からどす黒いオーラのようなものを卓巳は感じ取った。

「普通に起こそうと思っただけですよ、はい。ほら、今日は平日で学校がある日でしょ? それなら起こしてあげないと朝ごはんを食べる時間がないと思って……」

「そうですか、てっきり発情期の犬の如くお嬢さまに襲い掛かるのかと思っていました」

 仮に卓巳がそうしようと思っていたところで、そんな事をカナメに言えるはずがない。もし言ってしまったら窓から投げられて、メイド達に冥土に送らされるところだっただろう。

「それよりいつの間に部屋に入ってきたのですか? さっきまでは俺以外誰もいなかったと思うのですが……」

「それにつきましてはそこからです」

 天上を指差すカナメ。

 カナメの真上、天上には人が通れそうな穴がある。いや、穴と言うより人工的に開けられた通り道とでも言っておこう。

(メイドと言うより、ここまでくると忍者だな)

 天上に開けられている通り道を見たとたんにそう頭によぎる。

「……そう、ですか。それはそうと、愛華様を起こさなくてもいいのですか?」

「ああ、そうでしたね。そろそろ起きてもらわないと学校に遅刻してしまいます」

 カナメはそう言い、卓巳から手を離して体全体を愛華に向ける。

「お嬢さま、そろそろ起床の時間です」

 無理やり起こすわけではなく、綺麗な声が部屋を響き渡る。それでも決して大きな声ではない、むしろこれだけのボリュームで本当に起きるのかと思うぐらい起こすには小さな声だった。

 愛華は「う〜ん」と唸り声を上げ、ゆっくりと目を開ける。

 卓巳はそんな愛華を見ながら、少なからず「あと五分だけ」みたいな事を言ってくれることを期待していた。だけどさすがお嬢さまと言ったところだろう。優雅にベッドから体を起こした。

「おはようカナメ、下僕」

「おはようございますお嬢さま」

「……」

 卓巳は素直に朝の挨拶をできなかった。いや、できるはずも無い。なぜか「下僕」に格下げされているからだ。このままだといずれは「犬」にまで落ちそうだと卓巳は悟った。

「あら、主がおはようと言っているのに下僕の貴方が挨拶を返そうとはしないのですか?」

 不機嫌そうに愛華が言う。

「……おはようございます、愛華様」

 渋々卓巳は言う。

「うん、おはよう。それより朝食の準備は整っていますか?」

「はい。朝食はこちらにお持ちすればよろしいでしょうか?」

「そうね……、そうしてちょうだい」

 カナメは一礼をして消えた。消えたというのはドアから出て行くのではなく、天井に開いている通り道にジャンプで戻っていったからだ。

「そうそう下僕には昨日言わなかったけど、今日から貴方も私が通っている学校についてきなさい」

「えっ、それって転校って事か?」

「違うわ。強いて言うならば私の身の回りの世話をするため、そう言っとこうかしら」

 卓巳にとっての学校は勉強を習うところで、決して身の回りの世話をするために学校に行くのではない。だからお嬢さまが通う学校が次元の違うところだと感心しつつ、少しだけメンドクサイ学校だと思った。

「それだと愛華様が授業中はどうしていればいい?」

「それについて私の隣で控えていればいいのよ」

「そしたら他の生徒に迷惑かけないか?」

「誰も立っていろとは言ってないでしょう? 私が座っている席の隣に座っていればいいのよ。私も鬼じゃないわ。ずっと立てなんて言わないわよ」

 卓巳は愛華の優しさに少しだけ感動した。


 時は戻り、現在である。

 高級車で学校まできて、自慢そうな顔で呆然と立っている卓巳を愛華はニヤニヤと見つめている。

「さぁ、授業が始まりますので行きますよ。ちなみにこの学校は女子生徒しかいないので、粗相のないようにしてくださいね」

「……ああ」

 そして二人並んで未知の学校に卓巳は足を踏み入れる。

 ちなみに卓巳の服装はカジュアルではなく、スーツだった。執事なのにどうしてスーツなのか、それは卓巳も感じていた。だけど学校の方針だから仕方のない事だったのだ。


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