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2パシリ 何の解決にもならないやり取り

 卓巳と愛華が騒ぎに騒ぎ二人とも疲れたのか、卓巳は部屋に場違いな小汚い椅子に座り、愛華は無駄にゴージャスなフカフカそうな椅子に座っている。

「今回の事は水に流して差し上げますから、今後は今回の事がないようにしなさい」

 愛華は少し息を切らしながら卓巳に告げる。

「ああ……それより飯はどうなった?」

 卓巳は壁にかけてある時計を見ながら言う。

 時間は七時を過ぎ、卓巳のお腹からは「グ〜」と、胃が食べ物を要求する音が出ていた。

「そうね、私もお腹がすいたから晩ご飯にしましょう」

 愛華はそう言って、近くに置かれた鈴を鳴らす。

「愛華様、お呼びでしょうか?」

 ガチャリと音がしたと思えば、メイド長である西森カナメが卓巳の隣に立っていた。

 カナメは二十代前半で、落ち着いた大人の女性をと感じさせる美しい女性だ。短くカットされた髪は漆黒の色だが、瞳の色は灰色をしている。本人曰くカラーコンタクトと言っているが、実際はハーフということはメイドを含め、邸にいる人全てが知っている。

 卓巳は突然カナメが隣に立っていたため、ギョッと驚いた風にカナメを見る。

「食事のご用意はおすみになっていますか?」

「はい、こちらにお運びしますか? それとも食堂の方まで足を運びますか?」

「そうね……、部屋まで運んできてもらっていい?」

「かしこまりました」

 カナメは一礼をして愛華に背を向ける。

「食事がおすみになりましたら、私の元まできてください」

そのほんの一瞬の間に、カナメは卓巳に告げた。

そしてスタスタと何事もなかったように部屋から出て行った。

「なぁ、あの人何者?」

「カナメはメイド長よ。庶民とは比べ物にならないぐらい凄い人よ。まぁ、カナメはあまり人と係わるのが苦手なのよ。人には向き不向きがあるから、何でもできるカナメの唯一の欠点なのよね」

 ふぅ〜と、ため息をついて愛華は言った。

(人と係わるのが苦手なのに、どうして始めて会う俺に話そうとしたんだ? ……ま、まさか! さっきのやり取りを聞いたか見て、ちょっと面かせやぁ〜見たいな不良に絡まれました。そんな展開に発展するのか!? いやいやぁ〜、第一印象からそんな展開にはならんでしょう。……いや、このお譲の事もあるから第一印象で人を見るのは非常に危険だ。人を疑うことは良い事じゃないが、用心にこしたことはないからな)

 卓巳がまだ良く知らないメイド長であるカナメを勝手に危険扱いにし、何か良い対策がないか考え込んだ。

 そう言っても、そう簡単に案が出るはずもない。そうこうしている間にノックと共にカナメが晩ご飯を運んできた。

 カナメは一礼をして部屋に置かれている足つきの丸テーブルの上に料理を置いていく。さっきまで愛華は卓巳にカップラーメンを食べさせるつもりだったが、言い争いですっかりカナメに言うのを忘れていた。そのため愛華は苦い顔で二人分ある料理を見つめた。

「ねぇ、カナメ?」

「はい、どうかなされましたか?」

「明日からは庶民の食事はカップラーメンでいいわ。私と同じのを食べていると思うと虫唾が走るのよ」

「かしこまりました」

「ちょ、ちょっと待て!」

 卓巳は慌てて叫ぶ。さすがの卓巳でも三食カップラーメンだと味に飽きる以前に体に悪いし、なによりカップラーメンだと一週間後には食欲をなくしてやつれるのが目に見えていた。

「なによ? 庶民の分際で私に意見でもしようと思っているの? それなら残念、私の決定は絶対よ」

「頼むから毎日カップラーメンは止めてくれ。絶対に死ぬから」

「そうね、それなら三日一回はカップヤキソバにしてあげましょう」

「……なんの解決にもなってない」

 卓巳は愛華に何を言っても通じることがないと悟り、ただポツリと呟いた。

「お嬢様? それでは西沢様があまりにもお可哀想です。ですから三食を味噌、豚骨、塩と分けてみてはどうでしょう?」

 カナメは表情を変えずに言った。だけどカナメにとってはナイスフォローと言わんばかりに、握りこぶしを作っていた。もちろん卓巳からすればありがた迷惑と思われているのは本人のカナメには気づくことはなかった。

(あれ? このメイド長天然なのか? ってか、このメイド長は俺に三食同じ味で食わすつもりだったのか? それこそ無謀だろう……)

 言葉に出せない以上卓巳は心の中で大きなため息と共に、そんな事を思っていた。

「カナメは優しすぎよ。庶民を甘やかせば、きっと調子に乗るに決まっているわ。もっと厳しく当たらなくってどうするの?」

(いや、全く甘やかしてないだろう……。それどころか何も変わってないように思えるのは庶民だからか?)

 まだ卓巳と愛華は会って、差ほど時間は経ってはいない。だが、卓巳はここで反論すればきっと良からぬ方向へ行きそうだと感じていた。だから心の中で呟く以外選択権はなかった。

「……かしこまりました。それでは、西沢様には三食豚骨味で我慢していただきます」

 チラリと卓巳の方を見ながらカナメは言う。

「そうしてちょうだい」

 そしてカナメは一礼をして部屋から出て行った。

 残された卓巳は愛華を見る。愛華は満足げな顔で、椅子に座り卓巳が同じように椅子に座るのを待っていた。やはりお嬢様だけあり、庶民と言っている卓巳を取り残して先に食事を取らず、最低限のマナーは持っていた。

 卓巳は小汚い椅子から立ち、愛華が座っている同じ椅子に座りなおす。

 テーブルの上に置かれた食事は庶民である卓巳には想像を絶するほどの料理の数々が置かれていた。

 イセエビを初めとするアワビやウニなどの海を代表するものから、三大珍味のトリュフやフォアグラなどの珍味を豪快に使われていた。もちろんそういった類の食べ物をあまり食さない卓巳にとっては、どれから手をつけていいか悩みどころでもあった。

「あら? 手が進んでいないようだけど口に合わなかった?」

「あっ、いや、そういう訳じゃない。ただ、こんな美味しそうなのを毎日食べている愛華様が凄いなと思って」

「それは褒めているつもりかしら?」

「いや、そうじゃなくって……なんて言うのかな? 愛華様が本当にお金持ちのお嬢様なんだなって、そう感じたんだよ。俺はお金持ちのお嬢様がどんな生活しているかなんて全然想像もつかない、だけどさ、庶民の俺とは住んでいる世界が違うんだなってこの短い時間の間に感じたんだよ」

「そうね、お金持ちの良さが庶民には分かり、庶民にはお金持ちの良さが分かるってことよ」

 卓巳はその時の愛華が、今まで見てきた表情より柔らかい笑顔をしていた事に気づいた。

「愛華様が感じる庶民の良さはなんですか?」

「自由で暖かな家庭が築けるところかしら。お金を持っていても良いことなんて高が知れているわ。それどころか悪い点の方がたくさんあるのよ? 親の顔を立てるために成績は常にトップを維持しなければいけない、親の開いたパーティーには絶対出席しなければいけない、そして忙しい親と係わる時間なんて無に等しいわ」

 愛華は悲しそうな顔で卓巳に告げた。

 そんな愛華を見ていた卓巳は何も言葉が出てこなかった。

「さっ、ご飯が冷めないうちに頂きましょう」

 卓巳が何も言えないまま、愛華は黙々と食べていた。

 そして愛華は晩ご飯が食べ終えるまで一言も喋ることはなかった。

 ただただ流れるのは気まずい空気と、フォークと皿が当たる音だけだった。

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