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28パシリ 自分の思い

 卓巳とカナメは二人並んで、愛華の部屋の前に立っている。

 もちろんだが、愛華は卓巳が来ている事を知らないし、カナメが外出していた事も知らなかった。部屋から見える外の風景をずっと見ていたからだ。

「カナメさん。今回は俺一人でもいいですか?」

 車内で考えた結果がそれだった。カナメは特に何も言わずに、そっとその場を後にした。残された卓巳は深呼吸を一つし、決意を決めてから軽くノックをする。

 直後に部屋の中から「どうぞ」と愛華の声が響く。

 ゆっくりとドアを開け、ドアの向こうにいる愛華を卓巳は見据える。

 愛華は豪華な椅子に座り、外を眺めていた。そのため卓巳の存在にまだ気づかないでいる。卓巳が部屋に一歩足を踏み入れ、その場で立っていると、ゆっくりと愛華の視線が外からドアの方に移った。

 ありえない物を見たかのように、愛華の表情は驚き一色だったが、すぐにその表情が消える。その代わりにどこか嬉しいような、怒ったような、それでいていじけているような不思議な表情を一瞬だけした。

 それもまた一瞬。すぐに視線を外に移したのだった。あたかも卓巳に表情を見られまいとする乙女のように。

「……どうしてここに?」

「色々な人に背中を押してもらったから」

 色々な人。カナメに明海に梨乃の事だ。あくまで名前は出さない。

「そう」

 そこで会話が終了してしまった。

 このままでは何の解決にもならないと、卓巳は一歩、また一歩と歩き出す。向かった先は未だに豪華な部屋に不釣り合いな小汚い椅子だった。その椅子に腰を下ろす。

「カナメさんから聞いた。部屋に引きこもっているらしいな」

「……またカナメですか」

 嘆息に似たため息を一つ愛華はする。

 彼女にとってカナメとは実に大きな障害物になっている。卓巳はカナメに恋心を抱き、自分が入る隙間がないのだと勘違いしているため、卓巳の口からカナメの名前が出される度に胸に突き刺さるのだった。そうとは知らず、卓巳は何気なく話題を振ったのだが、それが失敗する。その事に卓巳は全く気づかないでいた。

 その返事の答えを探すように、卓巳は外を眺めている愛華の横顔を凝視する。当たり前だが、その横顔には答えなどない。あるのはカナメと少し似ている無表情の横顔だけだった。

「あのさ、カナメさんが心配しているぞ」

「そう。それは嬉しいわ」

「嬉しいって……。もう少しカナメさんの気持ちを考えてやれよ」

「うるさい」

 ボソッと呟くその声は、これ以上何も聞きたくない訴えだった。

「あのなー」

「――うるさいって言っているの! さっきからカナメ、カナメって! 卓巳は私の気持ちを考えた事ある!? 適当な事言わないで! それに卓巳はカナメの何なのよ!」

 我慢の限界がきたのか、乱暴に椅子から立ち上がり愛華は大声を出して卓巳を責める。

 そんな愛華に圧倒されて卓巳は数秒フリーズする。

「……何って言われても」

「二人は付き合っているの!? そうならそうって言えばいいじゃない!」

「いや、俺たちは付き合ってない。カナメさんもだと思うけど、別にお互い異性として見てないと思う」

「それじゃあ何よ!?」

「……俺の中でカナメさんは優しい姉さんみたいな感じ。ここにくるまで俺は、何をするにしても冷めていたと思う。家庭環境が悪いって事もあって、どことなく人より愛情っていうのかな……。それが現実になかったのかもしれない。だから俺はその全てを持っているカナメさんに甘えている。これからもそのつもり」

「意味が分からない!」

 そして乱暴に椅子に座ったかと思うと、再び視線を外に移した。部屋から出て行かないのは、とっさに椅子に座ったため、出るに出られない状況になったからだ。

「なぁ、お嬢。一つ頼みがある。聞いてくれないか?」

「カナメと一緒に居たいって?」

「いや、それもあるけど……」

「それじゃあ、何?」

「あのな、俺はお嬢とも一緒に居たい。……いや、お嬢と一緒に居たい」

 はっきりと言い放つ。

 日本語とは実に不思議な言語で、一見同じような意味に思える言葉でも、一文字違うだけで全く違う意味にもなる。この場合もそうだ。「とも」と「と」これが違うだけで意味が変わってくる。簡単にいうならば、「とも」なら複数で、「と」なら単数となる。

 あくまで卓巳の思いは愛華にあり、カナメではない。卓巳はカナメの事も大好きであるが、それは恋愛感情とは違う好きだからだ。

 その言葉は不意打ちだった。愛華は驚き、卓巳の顔に視線を移した。

「どういうこと?」

「だから俺はお嬢と一緒に居たい。お嬢の側に居たい」

「からかっているの?」

「いや、これが俺の本音。だって、お嬢の事が好きだから……」

 その言葉を口にする抵抗は、今の卓巳に持ち合わせていなかった。

 はっきりと言い、そして驚き一色の愛華の目を見据える。

 その目はとても真剣で、冗談といった類は全く感じとれない。愛華もその事に気がつき、一瞬で耳まで真っ赤になる。

 愛華にとって卓巳の告白は人生で初めての物だった。テレビドラマでそういった場面は今までに何度も見てきたが、まさか自分がその場面に立ち会うとは思いもせず、頭の中が真っ白になり上手く言葉を発する事ができなかった。


 とても簡単な一言。それでも、とても難しい一言。その矛盾する言葉が今の卓巳と愛華の関係を修復する一番大切な言葉だった。

 どちらかが自分の思いを相手に伝えれば、それだけで済む簡単な問題でもあり、自分の思いを言いだせない二人にとっては難しい問題。

 ただ一つ言える事は、この魔法の言葉によって二人はハッピーエンドを迎える事だけだった。

 それでも二人の関係は特に進展はしなかった。それでも以前の関係には戻れた。もしかしたらそれが一番の進展なのかもしれない。あくまで雇い側と雇われる側の関係が。

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