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26パシリ 元彼女

 カナメと別れた後、おおよそ20分間は地面が友だちといった具合にうつむいていた。その隣では居心地が悪そうに梨乃が座っている。時折「うっ」「あっ」と、声を漏らすが、今の卓巳に何と答えればいいのか梨乃は分からず、居心地が悪そうに卓巳の横顔を盗み見ていた。

 やれやれといった感じに梨乃は携帯電話を鞄から取り出す。やはり女子高生といったところなのだろうか、ものすごい速さでメールを打ち込む。

 ――狩野明海。

 名前の欄には梨乃の友だちであり、卓巳の彼女だった明海の名前が携帯電話のディスプレイに映っていた。

 梨乃はメールを打ち終えた後、静かに鞄の中にしまった。

 公園で遊んでいる子どもの母親達は、卓巳たちをコソコソと見ては話のネタにしていた。内容としては第三者の登場についてだ。そう、カナメとの関係をそれぞれの妄想をして話している。主にピンク色の妄想だったりする。

「……あのさ、申し訳ないけど、私帰ってもいいかな?」

「そうだな。俺も帰るか」

「いや! ……ちょっと待った。西沢くんはこのまま座っていなさい」

「どうして? 俺もそろそろ帰りたい」

「別に理由はないけど……」

「そうか。なら俺は先に帰るな。長い時間付き合ってくれてありがとう。少女Aって結構優しいな」

「誰が少女……。まぁ、いいわ。それより西沢くんはここにいなさい。私は帰るけど」

 梨乃は理由を告げず、ベンチから立ちあがる。最後に念を押すように「言っておくけど、帰ったら絶対に後悔するからね」そう言い残し、やれやれと言いたげにその場を後にした。

 どうして梨乃がそんな事を言うのか全く意図が掴めず、卓巳は言われたとおりにベンチに座り直す。卓巳が家に帰っても、居心地の悪い思いしかしなく、それなら梨乃の言われたとおりにベンチに座り直したのだった。

 卓巳は改めて公園を見渡した。鬼ごっこでもしているのか、元気に走り回る子ども。その子どもの様子をチラチラと気にしながらも、楽しそうに雑談に花を咲かせる子どもの母親。とても平和な光景だった。元気に走り回る子どもを見ていると、卓巳は「自分にもこんな頃があったのか」そう思う。

 それからほどなくした頃だった。卓巳に一人の女性が近付く。足音に気が付き、卓巳がその方を見れば、そこには卓巳が以前付き合っていた元彼女――狩野明海がそこに立っていた。

 卓巳はそこでようやく梨乃が引き留めようとした理由が分かった。それでも卓巳にとって、この場合は何と言えばいいのか知らなかった。仮にも一度は愛した人なのだが、それも過去の事で、今となっては気まずい関係である。

「……」

「……」

 卓巳同様に明海もかける言葉を知らず、二人して黙る以外の方法を知らないようだった。

 そして第四者の登場に、外野で井戸端会議をしている子どもの母親達の会話が弾む。卓巳の存在によって、本日のネタには困りそうにないようだ。

 先ほどまで梨乃が座っていた場所に、明美は無言で腰を下ろす。

 言うまでもないが、明海は梨乃に呼び出されたのだった。先ほど梨乃は「今すぐ学校の側にある公園にきて!」そう明海にメールを送ったのだった。

 実は以前から明海は卓巳に会いたいと思っていた。それは隠しようのない事実で、何度か卓巳の家に行こうかとも思っていた。それでも中々決心がつかず、今に至る訳だった。だが、いざ本人を目の前にすると、こうである。二人とも黙ったまま、時だけが過ぎていく。

 どちらかが勇気を出して一言何かを言えば、もしかしたら話題が弾む……、訳でもないが、それでもきっかけにはなるだろう。

「……たっくん。あのね――」

「たっくんって誰!? いつも卓巳だったよね!? ……いや、なんでもない。忘れてくれ」

 せっかく明海が勇気を振り絞って声を出したのに、卓巳は異変に突っ込みをいれ、そのせいで再び気まずい空気が流れる。

 バカな事をしたと、卓巳は唇をかみしめる。

 そして再び無言の時間が過ぎた。

 実際のところ、明海は今までに卓巳を「たっくん」と呼んだ事は今の一度もない。ではどうして突然「たっくん」と言いだしたのだろうか。答えは簡単だった。心の中ではいつも「たっくん」と呼んでいたから。学校でのイメージ、卓巳からのイメージ、そして何より自分が可愛らしく「たっくん」と呼べるような人ではない、そう知っているから心の中限定での呼び名だった。

 二分ほど全く会話がなく、そろそろ子どもの保護者達の興味が薄れていく頃、次は卓巳の方から会話を持ち出した。

「……あ、なのな。突然どうした?」

 たったそれだけの、何気ない一言だった。

「えっとね、梨乃からメールが来て……」

「梨乃? ……あー、少女Aの事ね」

「少女A?」

「あっ、いや、こっちの話」

「……卓巳さ、前と少し変ったね」

「変わった?」

「なんかね、雰囲気が少し変わったような気がするよ。学校やめてから何があったのか話してよ」

「……ああ」

 卓巳はこれまでの事を話した。愛華が通っている学校の事、入院中に出会った亜里沙の事、邸で働く花がとても好きなメイドの事、無愛想だけど優しいカナメの事、そして一番身近にいた愛華の事。順を追って卓巳は話した。

 今までの出来事を話している卓巳はとても楽しそうだった。それが卓巳の話を聞いている明海が感じた事。

「――そんなところかな」

 全ての話が終わった事には、先ほどの気まずい空気はなくなっていた。卓巳は楽しそうな表情で、明海もそんな卓巳につられて嬉しそうな表情をしている。

「そっか……。私の知らないところで色々な事があったの。ちょっとお嬢様に妬けちゃうな……。ねぇ、少し歩かない?」

「どこに?」

「目的のない散歩だよ。嫌かな?」

「……ん、行くか」

 そして二人は並んで歩きだす。

 二人にとってこの辺りの地理は少し詳しい。学校の近くだけあり、付き合って間もない頃は、二人肩を並べて遊びに行ったりしていたからだ。それも今では良い思い出だろう。

 目的のない散歩のため、卓巳が曲がり角を右に行けば、何も言わずに明海も右に行く。明海が曲がり角を左に行けば、何も言わずに卓巳も左に行く。

 二人の会話は主に思い出話だった。下校途中に立ち寄った本屋だったり、雑貨屋だったり、ファミレスだったり、その時に何があったのか、面白楽しく二人で話しながら歩いていた。

 ほどなくして学校の近くにある商店街についた。学校の近くだけあり、卓巳にとっても明海にとっても、よく知っている制服が目立つようになる。明海は才女として学校では有名人だった。そのため学校の生徒から注目を浴びる。そうなれば隣にいる卓巳もおのずと注目を浴びる。そのせいだろうか、至る所から「ほら、狩野さん。隣にいるのって……、もしかして前に学校やめた彼氏の西沢くんだっけ? まだ付き合っていたみたいだね。ちょっと意外」と、遠からず近からずそんなような話が至る所でされていた。

 もちろんだが、そこまで大きくない商店街なため、卓巳と明海にもその話題は耳に入る。二人とも居心地が悪そうに、お互いの顔を見て苦笑いをする。

 そんな時、商店街の入り口に一台の車が停車した。商店街に不釣り合いな車がそこに停まっていた。その車から一人の女性が出てくる。後ろには黒いスーツを着込み、体格のいい男性が数人出てくる。さながら映画に出てくるボディーガードのようだった。


*     *


 ほんの少し前の話。

 卓巳が邸に戻るつもりはなく、連れ戻す事に失敗したカナメは、邸に帰る車の中で考え事をしていた。車の中には数人の男性がいて、全員が黒いスーツを着込んでいた。本来彼らの仕事は愛華のボディーガードなのだが、カナメが卓巳の所に行くと知り、無理を言って数人だけついてきたのだった。

 ボディーガードと言っても、四六時中一緒にいる訳ではないのだが、邸で働く他の人達よりかは愛華の側にいる身である。そのため愛華の変化にも少し敏感である。仕事内容を忘れ、カナメについてきたのだった。

「西森様。西沢様は何と言っておられたのですか?」

 黒服の一人がそう言う。以前一度だけ、入院中の卓巳と関わった事がある人だった。

「何も言っていませんでしたが、戻るつもりはないようです」

「ではこのまま帰るのですか?」

「……そうするしか方法はないでしょうね」

 少しだけ考えてから、カナメはそう言う。内心では苦虫を噛んだかのような気持ちだった。

「ですがこのままでは――」

「何の解決にもならないのは分かっています」

「でしたら、ここは強引に連れ戻すのはどうでしょうか?」

「と、いいますと?」

「愛華お嬢様にしても、西沢様にしても、お互い意地になっている訳ですよね? それでしたら強引に二人を会わせてみてはいかがでしょうか?」

「お互い意地になっているのでしたら、会ったところで何の解決にもならないと思います」

「二人が会わない事が解決にならない一番の原因だと私は思います」

「……それもそうですね」

 カナメは車内に付属されている電話をとる。呼び出し音などは全くない。その電話は運転手に用件を伝えるために存在する電話だからだ。

「卓巳さんの所に行ってください」

 そう短く告げると、相手の返事を聞かないまま受話器を置く。

 ほどなくして走ると、車は商店街に停車した。どうして迷いもなく卓巳の居場所が分かったのかといえば、さすが何でもこなすハイスペックなメイド長とでも言っておこう。

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