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17パシリ お見舞い

 ――日曜日。

 卓巳にとって日曜日とは仕事が唯一休みになった日であり、以前の入院で友達になった亜里沙のお見舞いに行く曜日だ。それについてはあまりノリ気じゃなかったのだが、愛華の命令で渋々といった感じでお見舞いに行く事になった。

 卓巳が亜里沙のお見舞いにあまりノリ気じゃないのには理由があった。

 第一に私服は実家に置いてあるため、着ていく服が仕事用だけである。その格好を知り合いに見られるのはとても恥ずかしいためである。

 第二に卓巳の退院の時に見せた悲しい顔、そして何より亜里沙自身が抱えている病気。短い付き合いだったとはいえ、少なからず卓巳は亜里沙の病気が普通の病気ではない事は感づいていた。だから何を言っていいのか分からないのだ。これが本当の理由なのかもしれない。

 気持ちではそう思っているにしろ、卓巳は病院に向かっていた。

 愛華の行為により卓巳は車で送ってもらえる事になった。

 車内の中では愛華と亜里沙は二度ほどしか顔を合わせていないのに、どうしてこうまでするのか。それについて卓巳はずっと考えていた。

 考えていたのはいいが、結論にたどり着く前に病院についてしまった。

 卓巳は大きくため息をつきながら、運転手に軽くお礼を言って車から出る。

 眩しく輝く日光を遮るように目を細めながら手を当て、再び大きくため息をつく。


「わぁ、本当にきてくれた」

 卓巳が亜里沙のいる病室に入り、カーテンで閉ざされた亜里沙のスペースに入り込むなり、卓巳を待ち構えていたように胸の前で手を打って喜んだ。

 そこまで喜ばれるとは当然思ってもいない卓巳は少したじろぐ。

 亜里沙は卓巳が思っていた以上に平気だった。卓巳が退院した時は悲しかったものの、それでも時間が解決してくれた。そして自分のためにお見舞いにきてくれた事に対し、心の底から嬉しいと思っている。

 卓巳はその場に突っ立っている訳にもいかないため、外来用の椅子に腰を下ろす。もちろんこの前まで卓巳が入院していた個室にあった無駄に豪華な椅子では断じてない。ごくごく普通の緑色をした固く背もたれのない椅子だ。

「取り敢えずこれ」

 卓巳は素っ気なくそれだけを言い、邸を出る時に愛華から渡されたフルーツの詰め合わせセットを机の上に置く。

 亜里沙は卓巳からそういった物をもらえるとは全く思っていなかったため、嬉しさ半分と悪い気持ち半分があった。かといって悪い気持ちがあってもお見舞いの品がもらえるのは嬉しい。亜里沙はフルーツが入ったバスケットを嬉しそうに触る。

 フルーツ詰め合わせセットは実にベタなのは言うまでもないが、バスケットの中に入っている果物はベタでは断じてない。それどころか金持ちの力をフルに発揮しているのか、亜里沙が知っている果物はあまりなかった。

「わぁ、嬉しいな。ありがとう、西沢くん!」

 亜里沙は果物を一通り確認してから手軽な果物を手に取る。実を言えば亜里沙は普段ミカンかリンゴしか果物は食べていない。そのため手に取った果物は良く知っているリンゴだったりする。あまり果物に詳しくない亜里沙が無難に美味しいリンゴをチョイスした。

「お嬢からの贈り物だ」

「お嬢さまにもお礼を言わないとね」

「別にお嬢だからいいって。それよりリンゴの皮をむかなくていいのか?」

 卓巳は別にリンゴが凄く食べたい。そうは思ってはいないのだが、亜里沙が包丁を片手に話しているものだから危なっかしくて見ていられなかった。

 亜里沙は忘れていたかのように一瞬体を震わせる。そして手馴れた手つきで包丁でリンゴの皮をむき始めた。病室に果物ナイフがあるのは取り敢えず伏せておくとして、亜里沙の包丁さばきは本当に上手で皮をむいているだけなのに卓巳は見入った。

 リンゴの皮をむき終わったところで食べやすいようにリンゴをカットし、何時の間にか机の上に置かれた皿の上に置いていく。

「どうぞ」

 何かをやり遂げたように亜里沙はリンゴが置かれている皿を卓巳に差し出す。卓巳は一つをヒョイッと手に取り食べた。

「甘くて美味しいな」

 それ以外の感想を言えるほど卓巳に実況のセンスはない。それでもそのリンゴは実に甘くて美味し、卓巳はそう思った。実を言うとところ卓巳はあまりリンゴを好んではいなかった。それでもこのリンゴは別格の美味しさを放ち、お見舞いの品と忘れてひょいひょいリンゴに手が伸びそうになった。

「あっ、本当に甘くて美味しい」

 感動したように亜里沙も卓巳同様にリンゴに夢中になりつつあった。

「そうそう、前から聞こうと思っていたけど、執事ってどんな仕事をしているの?」

 リンゴの話で花を咲かせるのは別にいいが、これだといささか若い二人には場違いと言える話かもしれない。そのため思い出したように亜里沙は前から聞こうと思っていた質問を卓巳に投げかける。

「東郷さんが思っているような仕事だよ。一日の予定を言ったり、一緒に学校に行ったり、お嬢の世話が俺の仕事」

「けどそれだと西沢くんが遊びたいと思っても遊べないよね?」

「仕事だからな」

「それって寂しくない?」

「寂しくはないけど、青春を無駄にしているとは思うね」

 本音だ。卓巳はまだ十代の半ばであり、少し前まで働くのは当分先と思っていた。まだまだ時間に有余があるものだと思っていたため、あまり青春ドラマみたいな事は何一つしていなかった。それなのにいざ働くとなれば青春の舞台もなければ時間もない。あるのは終わりのない仕事だけだ。

「……」

 亜里沙は寂しそうな顔をした時に、卓巳はようやく自分が地雷を踏んだのだと悟った。

 いうまでもないのだが、亜里沙は卓巳以上に青春とは遠い生活を送っている。それどころか病院の敷地から出ることさえもあまりない身だ。そのため卓巳の言葉が深く胸に突き刺さった。

「アハハハハ。私の体が弱いから仕方ないよね」

 亜里沙は無理に笑う。

 ズキリと卓巳の胸に罪悪感が生まれるが同時だった。

「……ごめん」

「誤らないでよ。本当の事だからさ」

「けど……」

「もういいの。この話は終わりにして、面白い話をしようよ」


*     *


 帰りの車の中で卓巳はため息しか出てこなかった。

 お見舞いは病院の食事の時間になったため、卓巳は無理やり話を切り上げた。亜里沙自体はまだ話し足りないのか、残念そうな顔で卓巳の背中を見つめていた。

「……めんどうくせぇ」

 流れる景色を見ながら卓巳は呟く。

 何が面倒なのかは言った本人にも分からない。ただ胸の中がムシャクシャとしていた。そのムシャクシャがどうにも気持ちが良いものとはいえなかった。

 それでも愛華がいる邸につくまでずっとムシャクシャした気持ちうごめいていた。

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