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13パシリ 入院とは暇な生活の最終地点

 とある病院の一室。

 そこに西沢卓巳がベッドに横たわっていた。

 彼はカッコイイと言われるより可愛い、そう比喩された方がしっくりする顔立ちで髪の色素が薄いのか少し茶色をしたブラウンヘアー。大きな眼が特徴で、それに合った長いまつ毛、そして太陽の光を浴びないのか白くスベスベした肌。全てが男性と言うよりかは女性と感じさせている。

 卓巳はパジャマを着込み、外見上ではどこも異常のないように感じられる。が、パジャマの下、腹部に巻かれた包帯が痛々しさをだしていた。

 そんな彼の傍ら、ベッドの傍らには彼の主である小堂愛華が無駄にゴージャスな椅子に座りながら本を読んでいた。

 彼女もまた美しい顔立ちをしている。

 長い髪は自然に垂らし、大きくアーモンドに似た目、整った鼻、リップをつけているのか綺麗な色をした唇、雪のように真っ白な肌。初めて見た人は芸能人かモデルでもしているのかと勘違いするほどの美貌と、それにあったスリムな体型をしていた。スリムといっても出るところはしっかり出て、そうでない所はしっかりとない。

 病院の中でも上ランクに値するほどの個室には二人以外だれもいなく、部屋は静寂に保たれていた。それでも卓巳にとっては居心地が悪い場所でしかたがなかった。

「俺の事はほっといていいから邸に帰ったらどうだ?」

 恐る恐る卓巳は言う。ちなみに愛華がこの個室にきてから、もう何度か言った言葉だった。

「あなたの怪我の責任は私にあります。ですから下僕の怪我は私に任せて下僕はしっかり休養しなさい」

 治るものも治らん。

 卓巳がそう思ったが、そんな事を言ってしまったら後々めんどうな目に合うと察知し心の中で呟く。

「別に愛華さまの責任じゃないから気にする事はないって」

「いえ、経過はどうあれ最終的に私が下僕に命令をしたのは変わりません」

「でもな……ほら、学校の宿題とかあるんじゃないのか?」

「下僕は私にさっさと帰ってもらいたいように感じられますが、それは私の気のせいかしら?」

「そ、そんな筈があるわけないでしょ? 愛華さまの気のせいですよ」

 かなりベタだが、卓巳は今にも口笛を吹きながらどこか遠い目をしそうだった。

 愛華は一度きりっと卓巳を睨む。

 読んでいた本にしおりを挟み、パタリと閉ざす。

「まぁ、いいでしょう。今日は帰りますので、また明日学校が終わってからきます」

 座っていた椅子から立ち上がり、本を脇に持ちながら出口に向かって歩き出す。

 卓巳はようやく解放されたことの嬉しさから笑みがこぼれる。

「最後に言っときますが、私がいない事を良い事に目に余る行動は控えるように。ではまた明日」

 それだけを卓巳に告げ、愛華は部屋から出て行った。

「……脇いてー!」

 今にも泣きそうな顔をしながら卓巳は脇腹を軽く抑え、歯を食いしばる。ちなみに卓巳の怪我はアバラ骨折と全身打撲だったりする。

 卓巳がこうなってしまったのは三日前さかのぼる。


*     *


 とある日曜日の昼下がり。

 卓巳と明海との問題が一段落してから早くも二週間が過ぎようとしていた。その間、明海から卓巳に何度か連絡はあったものの、本人に伝わる前に色々な事情からもみ消されていた。そんな事があるとは知らず卓巳は以前より愛華からの命令に忠実とは言いがたいが、それでも愛華の頼みを聞いていた。

 愛華の頼み、命令は日に日にエスカレートしていき、時間なんて関係なしに卓巳を使っていた。咽が渇いたから紅茶を持ってこいとは序の口で、酷い時は眠れないから羊の格好をして柵を飛び越えろ、などと無茶な事を言っていた。

 別に卓巳が嫌いだから無茶な命令を愛華はしていたのではない。

 ただ、彼女はムシャクシャしていた。

 別れても連絡をしてくる明海に、主である愛華をほっといて明海のところに行った卓巳に、そして無茶な命令をしても結局やる卓巳に、色々な事に対してムシャクシャしていたのだ。だから思ってもいないことを卓巳に命令していた。

 そして卓巳の怪我に繋がる一件もまた、愛華の命令からだった。

「下僕。暇だからカナメのスカートをめくって下着の色を私に報告しなさい」

 この愛華の一言がことの発端である。

「まて、取り敢えず落ち着こうか。俺がカナメさんのスカートをめくるとする。それによって何の利益がある?」

 もちろん卓巳はそればかりは拒もうとする。なぜならカナメの腕力は並みのではない。きっとリンゴを持たせれば何の感情もなく握りつぶすほどの腕力の持ち主だ。さらには日々のトレーニングで鍛え抜かれた筋肉は尋常ではない。かといってカナメも一人の女性。人目を集めるようなほど筋肉一色の体ではない。ほどほど鍛え抜かれた体のため、じっくり見ない限り、誰もカナメがトレーニングをしているとは感じない。まぁ、早い話、見せる筋肉ではなく、戦う筋肉とでもいおう。

 そんなカナメのスカートをめくれば仕打ちが恐いのは誰だって同じだ。

「決まっているじゃない。私の暇潰しになるじゃない。下僕だって私の暇を潰せて嬉しいでしょう?」

 愛華は何の迷いもなく言う。

 そして愛華は直側にある鈴を鳴らす。

 チリンと部屋に鈴の音が響き、その直後にカナメがどこからともなく現れる。

「どうかなさいましたかお嬢さま?」

「さぁ、下僕。条件はそろいました」

 カナメの言葉を無視し、愛華は卓巳を見る。

 卓巳は一度舌打ちし、半ばやけくその状態でカナメのメイド服のスカートを掴む。そのまま一気に手を振り上げようとしたのだが、カナメの蹴りで阻止される。

 馬の蹴りのように、カナメは思いっきり卓巳を後ろに蹴り飛ばし、その結果としてどこかのカンフー映画のように蹴り飛ばされ壁に激突。漫画のように壁にめり込むまではいかなかったものの、ミシリと壁が悲鳴を上げた。

「ま、愛華さま……ピンクです……」

 やり遂げましたみたいな表情のまま卓巳は息を引き取った。のではなく、気絶した。

 次に卓巳が起きた時、悲鳴と絶叫が邸に響き渡り、小堂家専属の医師によればアバラ骨折に全身打撲と告げられ再び卓巳の絶叫が邸に響き渡った。


*     *


 時は戻り、病院の一室。

 愛華は卓巳に休養をかねて長期休暇を与えた。それでもどこかに行けるはずもなく、休暇とはすこし言いがたいものがある。

 (ジュースでも買いに行くか)

 卓巳はそんな事を思い、横になっていたベッドから立ち上がる。そして愛華が卓巳のために置いていった財布を手に取る。が、その財布の異変に卓巳は気づく。

 そっと覗き込むように財布の中身を確認したのはいいものの、常識外れの中身に少々戸惑う。

 なぜなら財布の中身は全て万札だからだ。しかも枚数が普通ではない。もう百万ぐらい軽く超えているぐらいの厚さを誇っていた。もちろん愛華なりの心遣いの結果としてこうなった。普段の愛華はカードしか支払いはしない。そのため札という存在を今の今まで忘れていて、カナメのアドバイスから札になったのはいいが、自動販売機は万札を使えない。そのため卓巳からしたら嫌がらせ以外になにもなかった。

 (これだから金銭感覚がおかしい人は……)

 やれやれと思いながら卓巳はそっと財布から一万円札を取り出し、それ以外はそっと枕の下にでも隠しといた。

 軽く欠伸をしながら売店に行くため部屋のドアをスライドさせ廊下にでる。

 VIPと思わせる個室だが、一般の病室と同じフロアにある。そのため一般の方とも顔を合わすことは少なくない。

 が、卓巳が部屋から出た途端にビックリして一歩引き下がる。

 なぜなら卓巳の部屋に入るためのドアの両脇。そこに黒服の大男が二人立っていたからだ。まさかの展開に卓巳はドン引きする。

「西沢さま、どちらに?」

 二人の大男がハモリながら言う。

「ちょっと売店に……って誰だよ、お前ら!?」

「病院の中ではお静かにするのがマナーというものですよ」

 大男Aが普通に注意する。

「あっ、すいません」

 そして普通に誤る卓巳。

 第三者から見ればきっとお偉いさんと、そのボディーガードのように見えるだろう。

「じゃなくて、お前ら誰だって? つーか、そこで何をしている?」

「愛華お嬢さまから何も聞かされていないのですか?」

 ハモル大男二人組み。

「聞かされてないけど……」

「そうですか、私たちは西沢さまの行動を監視するために愛華お嬢さまから申されております」

 どこまでもハモル大男二人組み。

「……百歩譲って認めよう。だが、他の人に迷惑だから帰れ」

「そうは言われましても愛華お嬢さまの決定は絶対ですので、いかに西沢さまの頼みでも受け容れることはできません」

「何か、今の言い方からすれば他の頼みなら聞いてくれるのか?」

「当たり前です。私たちより西沢さまは格が何段階も上ですので」

 説明しよう。小堂家に使える使用人にはそれぞれランクがある。下から邸の掃除人、車の運転手、コック、ボディーガード、メイド、執事ときている。さらに専属の執事になると使用人から崇拝されるほど凄いのだ。

 そうとは知らず、今の今までそれらしい待遇を受けたことがない卓巳は全く実感ができずに今に至っている。

「……そうか、なら帰れ」

「ですから愛華お嬢さまの決定は絶対ですので受け容れることはできません」

「全ての責任は俺が背負う」

「ですから……」

「ならこれは命令だ。今すぐ帰れ。上官の命令も絶対だろ?」

 ニヤリと卓巳は笑みを見せる。

「……分かりました。どうなっても知りませんよ?」

 大男Bが諦めたようにため息をつく。

「おい、いいのか?」

 大男Bに賛成できないのか、困ったように大男Aが言う。

「西沢さまの命令なら仕方ない。それに私たちが西沢さまのボディーガードをしたところで、何かが変わるはずがない。そうでしょう、西沢さま?」

「ああ、その通りだ」

「なら西沢さまの命令に従うまでだ。帰るぞ」

 そして大男Bは一度卓巳にお辞儀をし先に歩いていく。その後ろを不満そうな顔で大男Aがついていった。

 一人取り残された卓巳は一度大きなため息をつき、当初の目的である売店に向かって歩き出した。


 売店で適当に飲み物を買い、近くに置いてある固いソファに腰を下ろす。

 ぐったりと座り、天井に視線を送る。

(とてつもなく疲れたような気がする)

 そんな事を卓巳は思っていた。

「となり、空いているかな?」

 卓巳の気持ちとは裏腹に、卓巳に明るく声をかける少女が一人。そして卓巳の返事を待たずに、控えめに座る。

 誰かと思い、卓巳は横目でそっと見る。

 そこにはパジャマ姿の可愛らしい子が一人座っていた。黒く長い髪、モデルのように小さな顔に大きな瞳と少し控えめな口。とても可愛らしい子がそこに座っていた。

 不意の出来事に卓巳はドキッと胸が高鳴る。

「私は東郷亜里沙。君は?」

 とても笑顔が似合う子だった。

「……西沢卓巳」

 それ以外に卓巳は何も話せなかった。

 ただ、隣に座っている彼女の顔が素敵だったからだ。

次は亜里沙ルートです。

今回も愛華の出番は多分少ないかもしれませんね^^;

それでは次回を楽しみにしていただけたらとても嬉しいです♪

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