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12パシリ 君の名前は狩野明海 〜後編〜

「まぁ、そんな感じ。その後はどこかのヤンキーに絡まれて、その時に俺が「俺の女に手を出すな」と言ったわけ。それが俺とあいつが付き合うきっかけになった話だ」

 時は戻り、公園のベンチ。

 卓巳は一通りの説明をし、まだ残っているジュースを一気に飲み干す。もちろんむせて吐き出しそうになったのは言うまでもない。

「なるほどね、大体の話は理解した。けど一つだけ疑問があるけど、いいかな?」

「答えられる範囲なら」

「どうして明海は泣いていたの? 別にそこは泣く必要はなかったと思うけど……」

「確かだけど、気持ちの整理がつかなかったらしい。まぁ、よく分からないけどな」

 肩をすくめ、大きなため息を一つ吐く。だけど梨乃には理解できたのか、なるほどと言っているかのように頷いていた。

「それで、西沢くんは今からどうするつもりなの?」

「なにが?」

「なにがって……明海のことしかないでしょ」

 梨乃は呆れ、頭を抱える。

 それも仕方のない事である。何事にも鈍い卓巳を相手にすること、すなわち話しの一つ一つに説明がいるということだ。そのため根気よく接しないと話しがかみ合ってそうでかみ合わないことがしばしばある。けど、本人の卓巳は全く自分が鈍いとは思ってはいないため、相手が卓巳のペースに合わせなければならないのだ。

「その事だけど、まだ何も考えてない」

「へっ?」

 あまりにも予想外の答えに梨乃は恥ずかしいぐらい間抜けな声を上げる。

 卓巳は恥ずかしそうにそっぽを向いて今にも口笛を吹きそうだ。

「ちょ、ちょっと待って、今考えるから」

 梨乃はこめかみを押さえながら考えた。

 今から明海に会って何を話すのだろうか、それ以前に私は何をしているのだろうか、などと初心に帰るほど考えた。

「要するに、西沢くんは何も考えないまま明海に会おうとしたわけ?」

「まっ、そうなるな」

「……こりゃあダメだ」

 今にも梨乃は崩れ落ちそうだった。もちろん悪い意味で、だ。

 そんな梨乃の傍らで卓巳は、むっと眉間にシワを寄せる。

「悪かったな」

「別に悪くはないけど、もう少し後先を考えて行動したらどう?」

「少しは考えたんだけど、考えてもしょうがないと思ってさ」

「それで明海のところまで走っていたってわけ?」

「ああ、そうだ」

「西沢くんの思考回路どこか異常あると思うから病院に行くことを進める」

「失礼なやつだな。俺はどこも異常はないし、普通の考えだ。お前だってあるだろ?」

「なにが?」

「考える間に体が動く時って」

「全くない!」

 梨乃は言い切る。

 といっても、人は切羽詰る状況に陥れば考える前に体が動くなんて別に珍しい事ではない。そんな体験をしてない梨乃だからこそ言い切れる事だったりする。

「まぁ、いいわ」

 梨乃は卓巳を真剣な顔で見る。

「なんだよ?」

「明海には本当の事を言って、自分の気持ちを伝えなさい。そうすれば明海もきっと分かってくれる。そして心のどこかにまだ明海と付き合いたい、そう思うなら別れる事を考え直しなさい。分かった?」

「……ああ」

「ならさっさと言いにいけ少年よ」

「そうだな、少女よ」

 それだけを言い残して卓巳はベンチから立ち上がり、直近くにある明海の家に向かって走りだした。そんな卓巳の後姿を見て梨乃は小さくだが「がんばれよ少年」そう呟いたのだった。


 明海の家の前。

 ごくごく普通で、どこにでもある家の前。そこに場違いと思わせる服装をしている卓巳は立っていた。

 軽く肩で息をしながら、卓巳は携帯電話をズボンのポケットから取り出す。別に時間を気にしている訳ではない。それどころか今の時間が深夜だろうが、子どもが寝る時間だろうが卓巳には関係のない事だ。

 携帯電話の発信履歴を見る。

 名前のない番号、明海の番号を睨んだ。

 卓巳は通話ボタンを押そうと何度かするが、それでも通話ボタンは押していなかった。ただその場には携帯と睨めっこする卓巳以外誰もいなく、辺りは静けさを保っていた。

 数分の間、卓巳は携帯電話を睨んでいたが、睨むのを止めた。そしてごくごく稀にする真剣な顔で明海の部屋、道路側の部屋を見上げる。

 その刹那、卓巳は通話ボタンを押す。

 携帯電話を耳に当て、何度か呼び出し音が鳴る。

 数回鳴ったところで、明海に電話がつながった。

『……もしもし、卓巳?』

 かなりか弱い声で明海は言う。

「……そうだ」

 そんな明海の声を今までに聞いたことのない卓巳は戸惑った。それでも直に元のように接しようと平然を保ちながら言った。かといって元のように接することなんて無理な話だ。だから明海には少し卓巳の変化に気づいた。

『ねぇ、理由だけ……』

「ん?」

『理由だけ聞かせてよ。私と別れるって理由』

「……そうだったな」

 そして卓巳は遠い目をする。

「強いて言うならば昔の俺に対する責任ってやつかな」

『責任?』

「そう、責任だ。お嬢さま……詳しい事は言えないけど、いろいろあって今執事やっているんだ。そのお嬢さまが俺に言ったんだよ。夢を叶える前の自分に責任をもてって」

『……そう』

「俺は前までお前の事を本当に好きだった。授業中もお前の事をずっと考えていた。風呂に入っている時も、布団に入っているときも――」

『もう止めて! ……お願いだから止めてよ……悲しくなるから』

 卓巳の言葉を遮り、明海は叫ぶ。それと同時に携帯電話の向こうから明海の鳴き声が卓巳の耳に届いた。

「だけどそれも最初だけだった。日が経つにつれてそんな感情は薄っすらと消えてった。お前だってそうじゃないのか? 学校でも話さなくなったし、連絡のやり取りもなくなった」

 それでも卓巳はお構いなしに続ける。

『違う……もん。私は今でも卓巳の事は好き……誰よりも好きなの!』

「それじゃあ、どうして?」

『だって卓巳はいつの間にか私の事を見てくれなくなったもん! だからどうしていいか分からなかったもん……』

 そうして卓巳は気づいた。

 俺は一人で先走っていたのだと。

 明海が悲しい時、卓巳はそんな時そっとしといてあげた。そして逆に卓巳が悲しい時があった時、そんな時は明海が電話をした。それでも一人にして欲しいと思う気持ちがあった。その気持ちが明海も同じだと卓巳は勘違いをしていた。だから卓巳と明海に間に知らぬ間に深い溝が出てきた。

 卓巳は歯を思いっきり食いしばる。

「……そうか、俺がお前の事を知らなすぎてこうなったんだな……ごめん、な」

『それじゃあ』

「いや、よりは戻せない。もう無理なんだ……」

『お嬢さまのことがあるから!?』

「それもあるし、それとは別に俺はお前の事を傷つけた。だからもうそんな思いをお前にさせたくない。だからもう……」

『……誰かと付き合うこと楽しい事ばかりじゃないの。お互いを傷つける事もあるの。だからそれは仕方ない事なのよ。だからこれから傷つけない努力をすればいいじゃない』

 卓巳は以前に誰かにそう言われたような気がした。誰だか分からないが、その言葉が卓巳の記憶に薄っすらと残っていた。

「……ごめん」

 そしてお互いに沈黙が訪れる。

 数秒それが続き、卓巳が持っている携帯電話の向こうから明海の声が届く。

『……分かったよ。けど、これだけは言わせて』

「なんだ?」

『後悔してもしらないからね!』

「ああ」

『私は卓巳の事が今でも好きだからね!』

「ああ」

『誰よりも好きなんだからね!』

「ああ」

『だからまたいつか、その時は私から告白するからね!』

「ああ」

『……バカ』

 最後は今にも声が消えそうなほど小さな声で呟いて電話が切れた。

 卓巳は明海の部屋から視線を外し、携帯電話をパタリと折りたたみ再びズボンのポケットに入れる。

 少しの間、卓巳は目をつむった。

 とその時。

「気は済みましたか?」

 優しくほんのりシャンプーのする彼女の声が卓巳の耳に届いた。振り返らなくても卓巳は誰なのか分かっている。

 小堂愛華。卓巳の主であり、卓巳の執事として使える相手。

「ああ……悪くはない後味だ」

 卓巳は愛華の顔を見るのではなく、明海と別れた場所を見ながら言った。

 もう誰もいないその場所を、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、見ながら言った。

「そうですか。それは良かったですね」

 静かな街中、彼女の透き通った綺麗な声が響き渡る。

「ああ」

 微弱な卓巳の声は響くことはなく、愛華の耳にだけ届いていた。

明海ルートは終了しました。

次回からは……まぁ、少しは考えていますが、全体の流れは何一つ考えてないです、はい^^;

感想や評価、どんな話が見たいかなどがありましたら気軽にお願いしますね。

それでは次回にまたお会いしましょう^^

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