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10パシリ 君の名前は狩野明海 〜前編〜

 ――卓巳と明海が始めて会話をしてから数日が経った頃。正式に言えば冬休みを目の前に控えた最後の週。

「あ〜、ダルマックス――」

 卓巳はそんな事を呟き、券売機に小銭を入れる。

「――ってかさ、こんな真面目に学校にくる必要とかあったわけ?」

 小銭を入れ終わった後に、隣に立っている良助に言う。

 良助も卓巳の言ったことに同感なのか、

「あるはずがない!」

 何の迷いもなくキッパリと答えた。もし仮にこの場に明海が居合わせていたらきっと説教の一つでもしただろう。だが、相変わらず人気のない食堂には明海どころか、人の姿すら見当たらない。

「だよな〜、どうせ来週から冬休みに突入だから休めばよかったな」

「……いや、やっぱり学校は必要だ」

 何の前ぶれもなく良助はそんな事を口走った。さっきは「あるはずがない!」と断言していたのに、今はニヤリと似合いもしない笑みを浮かべている。

「はっ? 突然どうした?」

「来週に冬休みが控えている。それと同時に我らにも大イベントがあるではないか!?」

 実に嬉しそうに良助は言う。

「俺は学校が休みなら常に大イベントだぞ?」

「かぁー、お前の大イベントはしょっちゅう見かける閉店セールなみだな。この時期になると体の奥から湧き上がる情熱と言う名のバストを異性にぶつけようと思わないのか!? クリスマスだぞ、クリスマスイブだぞ、the evening of Christmas Eveだぞ!? 健全な男の子なら気になるあの子からちょっと無愛想な子まで幅広い守備で挑むだろ! 最低でも五人は誘って時間帯別にデートするのが常識だろ!? 最後のメインディッシュは共に夜を明かすのが日常だろ!? それを「俺は学校が休みなら常に大イベントだぞ?」あ〜、ヤダヤダ。俺は絶対に嫌だね! 実は彼女がいたりしますよ、みたいな余裕ぶっこいている子に育てたつもりはありません!?」

「お前って興奮すると犯罪者の臭いがするのって俺の気のせいなのか? それに話しの最後はしっかりまとめような」

 やれやれ、と肩をすくめながら卓巳は冷ややかな目で良助を見つめた。だが、一度興奮状態に陥ったらそう簡単に素に戻るはずもなく、

「いいえ、お母さんは卓巳ちゃんに世の中のあり方を教えないといけないのっ!? 卓巳ちゃんが小さい頃に亡くなったおっとさんも望んでいるのよ!!」

 しまいには裏声まで使って良助は叫んだ。

(おっと、この展開は友情破局かぁ!? ってか、前々から思っていたが、良助の頭って末期だな。救いようのないバカだな)

 卓巳はそんな事を思っていた。それでも唯一の救いは食堂に誰もいないことだ。もし一人でもいたら一緒にいる卓巳も変人と思われていただろう。

 そんな事を卓巳は思いつつ、ふっと食堂の入り口に視線を送る。

 誰もいるはずがない。そう思っていたものの、それは明海によって無残に裏切られた。

「ほら、お得意の口説き文句で彼女を誘ってみろよ」

 ツンツンと良助のわき腹を肘で突きながら卓巳はコソコソと言う。

 チラリと良助は食堂の入り口を見る。一瞬顔がパァ〜と、花が咲いたような表情をする。が、それも一瞬で、次の瞬間には何事もなかったかのように平然を装っていた。それでも装っているだけで、たいてい行動を共にする卓巳には嬉しいのだと感じさせていた。

「ばっ、バカやろう! ど、どうして俺が誘う必要がある……けどタッくんの頼みなら行ってくる」

 卓巳は良助の口からタッくんと言われたのが初めてで、そこから相当緊張していると感づく。案の定良助は嬉しさ半分、悲しさ半分、緊張プラスアルファだった。嬉しさは分かるが、どうして悲しいのかは、五手先をよんでバッドエンドを予想したためだ。

 良助はテクテクと小走りで明海のところまで行った。そんな友人の後ろ姿を卓巳は小さく笑いながら見送る。


     *     *


「ちょっと待った。今の話で明らかに西沢くんと明海が付き合う前提がないのは私の気のせい? むしろ良助くん……だっけ? その人と明美が付き合っちゃいますみたいな空気があるのは私の気のせい?」

 時は戻り卓巳と梨乃がベンチに座っている公園。

「いや、ここはまだ話しのオードブルだ」

「私にはオードブルなんて必要ないの、手っ取り早くメインディッシュに移ってくれない?」

「……」

「それに私って前フリが長い話とか嫌いなタイプだから、そろそろ限界だったりするのよね」

 ニッコリと微笑む梨乃をチラリと横目で見た後、卓巳は大きくため息をついた。

「はいはい、分かった。手っ取り早く結末まで飛ばすな……」

「それでいいのよ」


     *     *


 十二月二十四日。

 クリスマスを前日に控えたクリスマスイブ。それだけなら素晴らしい日なのだが、世の中のもてない男子にとって辛い日だったりする。

 それはそうと、街のイルミネーションが綺麗で誰もが目を奪われてもおかしくはない道の端。そこに卓巳と良助が地べたに座っていた。

「はぁ〜、俺たちって何をしているんだろうな?」

「それを言うな、悲しくなってくる……」

 良助は大きなため息をつき、地面に視線を送る。

 そんな良助を横目でチラリと見てから卓巳は自分の目の前を通り過ぎる人を見ていた。

 腕を組みながら一緒に歩いているカップル、

 楽しそうに話しながら店のウィンドウを見ているカップル、

 待ち合わせ場所でそわそわしながら時間を気にしている男性、

 人の数だけ微妙に違った行動をしている人を卓巳は遠めで見つめる。

「ちょっとトイレに行ってくるわ」

 さっきまで落ち込んでいた良助が突然立ち上がりながら、そう卓巳に告げる。

「俺の目が届かないことをいいことに犯罪に走るなよ」

 もう歩き出している良助にヒラヒラと手を振りながら言う。良助は聞かなかったフリをしているのか、小さく鼻で笑いながら人波にのまれていった。

 一人取り残された卓巳は何もすることがなかったため、再び人間観察をする。

 卓巳は人間観察をしながら、ふと思った。

 俺はいったい何をしているのだろうか?

 そう思うと卓巳は無性にむなしく思え、ふと空を見上げた。空には雲一つなく星が綺麗に見えていたのではなく、雲が空を支配し星どころか月すら見えない。そんな空がさらに卓巳をむなしくさせた。

「一人で道端に座っているなんて寂しい人ね」

 卓巳が空を見上げている時、卓巳にとって少し聞きなれた声が聞こえた。かなりきつい言い方をする子、明海の声が。

「ほっとけ……」

 そう小さく呟くものの、卓巳は明海を見ようとはしなかった。

 明海はそんな卓巳を見ながら小さくため息をつく。そして卓巳の隣にそっと腰を下ろした。

「俺と一緒にいるところクラスの誰かに見られたら勘違いされるぞ? 俺は学年一バカで、お前は学年一頭が良い。話のネタにはうってつけだろうな」

「心配無用よ。私は皆から信頼されているから、ただの誤解で済むと思うから」

「あっそ、それよりこんな時間に何をしているんだ? デート……のようには見えないけど」

 チラリと卓巳は明海を見る。

 明海の格好はデートに行くとは到底思えない格好をしていた。それどころかこの場にいるのが少し場違いのような格好である。下は私服のジャージ、上にはカーディガンを羽織って首にはマフラーを巻いている。化粧もしてなく、どことなくラフな格好にプラスアルファで着込んだだけのように卓巳は思えた。

「私のプライバシーを知りたいわけ?」

「……興味ないね」

 卓巳はそう言って肩をすくめる。

「ふ〜ん、本心は興味津々だけど自分のプライドが許さないからってそんな素振りをしているのよね? もう少し自分に正直になった方が私は良いと思うわ」

「はっ? 今までの話からどうしてそこに繋がる? それ以前になぜあたかも当たり前のように隣に座っている? つーか、お前ってナルシストなわけ? それなら今日からお前の事は狩野・ナル・明海って呼ぶわ。どっかのアニメに出てきそうでカッコイイだろ?」

「今の冗談のつもりだったんだけど……、気づかなかった?」

 明海は冗談を気づいてもらえなくガッカリし、さらには追い討ちをかけるかのように卓巳がキツイ一言のせいで軽く落ち込む。もちろん卓巳は明海が冗談を言う人のように思えなかったため、心からの本心だと勘違いし、かなり言い過ぎたと罪悪感に浸る。

「……な、なんていうの? あれだ、そう、あれあれ。普段冗談やボケを言わない人が言うと、無性にボケを潰したくなる衝動が今まさに受けてね……、なんて言うのかな? ……ごめんなさい」

 とっさに思いついたことを卓巳は言うが、まとまるはずもなく卓巳自身何を言っているのだろうか、そんな事を思っていた。

「それがあのボケ潰しっていう高等テクニックなのね! あなた案外中々やるわね」

 卓巳の内心とは裏腹に明海は少しはしゃいだように身を乗り出し、心底感心しているかのように卓巳を見つめていた。もちろん当の卓巳は明海がそんなキャラだとは微塵にも思っていなかったため、驚きの表情で明海を見た。

「お前キャラ変わってないか?」

「あっ……」

 明海は居所が悪そうに地面に視線を送る。

 学校での明海はクールに装っていた。だけど普通の私生活では学校での明海とは正反対だった。それだと自分の印象やら何やらの少女の気持ちから私生活とは別の自分。クールで学校生活を送ろうと明海は人知れず思っていた。その結果として人からは近寄りがたい存在やら自分より格下とは付き合わない。そんな幻想を他の生徒に人知れず植え付けていた。明海自身今となってはマイナスの印象になってしまったことを後悔したが、今更どうしようもなかった。だから明海はクールな自分を演じ、なれもしない事を口走っていた。

 が、

 それは卓巳という存在で無になってしまった。

 明海は今までに卓巳に酷い事を何度も言ってきた。だから明海は決意をした。学校の私と今の私で引かれるのだと。

「まっ、俺としてはそっちの方が接しやすいから別にいいけどな」

 卓巳は明海の想像とは全く別の事を言う。

 それは当たり前なのかもしれない。

 男性と女性の考え方が違う。そこにある。女性が気にしている事でも男性は気にしていない。よくある話だ。もちろんその逆も存在する。だから男性と女性の付き合いは難しく、それでもって謎なことが無数にある。

「あっ、あはははは」

 予想外の出来事に何を言っていいのか分からず、明海はただ笑った。苦虫でも噛んだように顔が引きつっているが、少なからず明海は嬉しいと思う気持ちがあった。

 変な人だって思われなくてよかった。

 と、

 心のどこかで思う気持ちがあったからだ。

 当の卓巳は首を傾げ、不思議そうに明海を見ていた。

9パシリから相当日が経ちましたね^^;

途中まで書き終えてオチをどうするかで悩んだ結果が前編と後編に分ける結果になりました。

次はもっと早く更新できるように頑張りますので、これからも応援よろしくおねがいします。

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