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9パシリ 君の名前を教えて

「ぶざまね」

 卓巳と明海のファーストコンタクトの時に、明海が卓巳に始めて交わした会話だった。いや、会話とは少し違った。お互いの言葉のキャッチボールができていないため、一方的な言葉だった。

 県立正栄高等学校。県に数多くある高校の一つで、主に進学希望者が集まっている。そのため授業内容も難しく、進学率は県でも有数の名門高校だ。

 そんな名門校に通っている卓巳はギリギリで入学ができたはいいが、授業に追いつくどころか、日に日にクラスメイトや同学年の生徒と差をつけられていた。それどころか、入学して初めての試験は学年最下位だった。さらにはブービーからの点数は相当離れて、赤点も見るも無残な数まで上り詰めていた。ある意味天下を取ったのだが、これといって自慢するほどの事ではない。良くて笑い話、悪くて痛い目で見られるかのどちらだった。

 入学したことが幸か不幸か、卓巳は「おちこぼれ」と言われ続けられていた。もちろん努力もしていた。だが、努力は全て空回りし、成績は伸びるどころか落ちる一方だった。そのため何時しか努力をしないようになった。


 ――入学して初めての秋。

 卓巳は友達の高松良助と共に食堂まで足を運んでいた。

 学校の生徒は主に弁当派、購買派、食堂派、そしてコンビニ派の四つの勢力がある。その中でも弁当派と購買派が圧倒的な支持を得ていて、食堂派とコンビニ派は少数民族のごとくひっそりと存在している。それには訳があり、弁当派は弁当を食べながら次の授業の予習ができ、購買にはコンビニもビックリするほどの品揃えを誇っている。そのため食堂は常にガラガラで何時なくなっても全く不思議ではなかった。

 卓巳と良助は食券を買うため、あまり列ができていない券売機に並ぶ。

 列はそう長くないものの、二人は談話をしながら待っていた。もちろん勉強や学校以外の話で、だ。卓巳も良助もとりわけ頭がいいとは言えない、そのため食事中までそんな話をしたくなかったのだ。

 が、そんな二人を良いようには思えない人が卓巳たちの後ろにいた。

 ――狩野明海。

 明海はいつも弁長を持参していたが、今日は弁当をうっかり忘れてしまったため、食堂まで足を運んでいた。

 当初は購買にしようと思っていたのだが、出遅れてしまい好ましいのが残っていなかった。そのため消去法から食堂になってしまった。

 いつしか卓巳たちの番になったものの、喋っていたため何にするか全く決めていなかった。

「今日はどうする?」

 卓巳は小銭を券売機に入れながら隣に立っている良助に言う。

「一応全ルート制覇したからな……ここは一つ二週目に突入しますか」

「つっても二週目の一発目はやばいぞ? 食べたくない食べ物、見た目最悪の食べ物、トラウマになる食べ物の三冠王に挑むにはちょっと冒険しすぎじゃないか?」

 そう言って卓巳は券売機のある一部を睨む。

 卓巳が睨んだ先、そこには卓巳が以前食べて失神する一歩手前までいってしまった『ドキドキ、ワクワク。これを食べれば記憶力UP、バージョン2.5! 食堂の小母ちゃん一押し!!』と書かれた食べ物だった。ちなみに以前卓巳が食べた時は『バージョン1.5』だった。

「おいおい、二周目をクリアするには多少の犠牲があったほうが燃えるだろ?」

「……」

 犠牲が俺たちじゃないのか。卓巳はそんな事を心の中で呟いた。

 卓巳がそんな事を思っているとは知らず、良助は胸の前で握りこぶしを作って語りだそうとしていた。

「そう、例えるならギャルゲーかエロゲーだ。一周目は何に対してもドキドキするだろ? だが、二周目に突入したら後の展開が手をとるように分かってしまう。それなら一周目とは違った選択肢を選んで二度の楽しみを味わう。さらにハッピーエンドじゃなく、バッドエンドコースに突き進むことによって一人のフラグで二度楽しめるじゃないか。バッドエンドによって自分の気持ちが犠牲になるが、ギャルゲーとエロゲーの貴公子と呼ばれた卓巳には俺の言いたい事が分かるだろ?」

「……そうか、俺にはお前のソウルがしかと伝わったぞ。貴公子と呼ばれた男がためらう理由がどこにある! この食堂と言う名の戦場で革命を起こそうじゃないか、同士よ!」

 そして卓巳は良助のこぶしを握る。

 が、良助は冷ややかな目で卓巳を見つめ、

「えっ、いや、なんて言えばいいのかな……それ以前に変な集団の勧誘はお断りだから、そこのところよろしく」

「えっ?」

 卓巳はせっかくノリに合わせたのに、良助はしらけた顔をしていた。さらには卓巳の手を払いのける。ここまでくると恩を仇で返された気分を卓巳は心底味わう。

「……ぷっ、あははははは、腹いて〜――」

 呆然と立っている卓巳をよそに、良助は大声を上げて笑い出し、

「――いや、さすが卓巳だな。ノルとは思っていたけど、俺の想像をはるかに超えて中々よかったぞ。つーか、顔が一番うけた」

 良助はお腹を抑えながらも卓巳に親指を立てる。俗にいうグッジョブというやつだ。

 卓巳は大きくため息をついて、

「それで、結局二周目に突入す――」

「ちょっと! いい加減にしてくれない!?」

 卓巳の言葉を遮り、卓巳たちの後ろに並んでいた明海が声を上げる。もちろん卓巳と良助はビックリした顔で明海を見つめるものの、直ぐに良助は卓巳の襟を掴んで明海の声が届かない場所に移動した。

「厄介なやつに出くわしたぞ。卓巳はあいつの事を知っているか?」

 良助は卓巳の肩に腕を回してコソコソと話す。

 卓巳はチラリと明海の方を見て、

「……ああ、この前いきなり「ぶざまね」とか言われた。ってか、あいつって誰だ?」

「世も末だな。知らない人に対して「ぶざまね」はないだろ……あいつは隣のクラスの狩野明海ってやつだ。ちなみに前回のテストで学年一位の才女だ。しかも満点だって噂がある。まぁ、噂だけで実際は本当か疑わしいけどな」

「へ〜、どうりであんなことを言ってきたのか」

「関心しとる場合じゃないだろ。ここは一つガツンと言い返しとけよ」

「別にいいって。言いたいやつには言わせとけばいい」

「悔しくないのか?」

「悔しくないって言ったら嘘になるかもしれない。けど、無駄な争いは避けたい主義でね」

「卓巳がそう言うなら別にいいか」

「それよりどうしてコソコソと話す必要があるんだ?」

「それは……」

 良助は少し口ごもる。そんな良助を卓巳は怪訝そうな顔で見つめた。

「あいつの事が気になっている」

 少しの間を空けて良助はボソボソと卓巳に告げた。

 卓巳は一瞬驚いたような顔をしたが、直ぐに、

「青春しているな」

「う、うるせー! 性格は問題あるが、顔がいいから仕方ないだろ!」

 恥じらいから良助は顔を真っ赤にして叫んだ。

「そんなに大声出すと聞こえるぞ?」

「い、いいから俺の恋が実るように手伝え!」

 良助は卓巳に言いたいことを言って、来た時と同様に襟を引っ張る。

 卓巳は大きなため息をつきながらも友達の願いだから仕方がない、そんな事を思いつつなされるがまま襟を引っ張られていた。


 卓巳と良助は再び券売機の前に戻り、かなり機嫌が悪い明海に向かい合う。

 良助は卓巳のわき腹を肘で付く。言葉では表さないものの、一種の合図で「この機を逃すな」そう合図をした。

 卓巳は友人の頼みだから仕方ないと思いながらも乗り気じゃなかった。が、このタイミングで「自分で何とかしろ」とは言えるはずもなく、深いため息をついた。

「えーっと、君の名前を教えてくれないか?」

 とりわけこういった機会が今までに無かったため、卓巳は社交辞令のように取り敢えず名前から聞くことにした。

「黙秘します」

 プイッと明海はそっぽを向きながら答えた。

「良助さん、黙秘って何ですか?」

 卓巳にとって聞きなれない単語のため、意味が分からず隣の良助にコソコソ言う。

「俺にふるなよ、卓巳さん。もしかしたら食べ物の一種じゃないのか?」

「なるほど、恩にきるよ」

 卓巳は小さく笑いながら明海に視線を戻す。

 そして続けて、

「黙秘ね。あれって美味しいよね〜」

 ちなみに黙秘とは何も言わないで黙っている事のことをいう。もちろん食べ物の一種じゃ決してない。

 そうとは知らず、まるで知ったかのようになってしまった卓巳を明海は怪訝そうに見つめた。

「言っている意味が分からないのだけど? 学年最下位とブービーには聞きなれない単語だったかしら? それなら気を利かせなくてごめんね」

 誤るというより、明らかに卓巳たちをバカにしていた。

 卓巳は少し頭にきたが、ここで言いたい事を言ってしまったら自分と良助の印象が最悪になってしまうため、卓巳は握りこぶしを作りながらも堪えた。

「だよね〜、俺たちバカだからもうちょっとソフトに言ってくれると助かる」

 良助は卓巳がよく堪えたと感心し、明海は意外そうな顔で卓巳を見つめた。

「あら、よく怒らないわね? 自分がバカにされているって気づいているの?」

「気づかないほうが無理だって。それよりどうして挑発するような事をさっきから言うんだ?」

 卓巳は不機嫌になりつつも、どうして明海がこういった態度をとるのか探ろうとする。

 明海は一瞬苦虫でも噛んだような表情を見せたが、それも一瞬。直ぐにそっぽを向いた。

「別になんだっていいでしょ」

「話したくないんなら無理に聞かない。だけど誰にでもそんな態度とっていたら友達減るぞ?」

「う、うるさい! あなたには関係ないでしょ!?」

「確かに関係はないな。まっ、ここはお人よしからの忠告とでも思ってくれ」

 卓巳に言われるまでもなく明海は前々から知っていた。だからこそ誰かに言われた事が無性に腹が立ち、イライラさせた。

 明海は「ふん」と鼻で言いながら卓巳たちに背を向けて食堂の出口に歩いていった。

 大きなため息をつきながら、卓巳は隣に立っている良助をチラリと見る。

 良助は実にガッカリし、肩を落として落ち込んでいた。そんな良助を見た卓巳は罪悪感で胸がいっぱいになったが、その時には既に遅い。どうすることもできないため、そっと良助の肩に手を置いた。

回想モードに突入しましたぁ〜

まだ回想モードは続くので、明美ルート終了はもう少し先になります。

次回は今回の話から少しとびますが、次回も楽しみにしていただけると嬉しい限りです。

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