八 SNA
「着いたよ」
リムジンの窓はフィルターで中からも外からも何も見えないようになっていたので、どこに向かっているのか全くわからなかった。佐藤先生がドアを紳士的に開け、俺たちは転げ落ちるように外に出た。目の前には大きな門。そこに車は横づけされていた。門は開け放たれている。その向こうは、どうやら庭のようだった。庭の真ん中には噴水。またその向こうには……
「すごいわね」
翡翠が感嘆の声をもらした。俺もあまりのスケールにびっくりだ。茶色レンガのやけにどデカい綺麗な建物(校舎か? 学校のつくりににている)が二つ左右対称に建っていて、空中廊下がそれらをつないでいる。見たところ五階建てだろう。その間に相当する校舎少し手前では、空中廊下を隠すように時計塔が夜を示している。
「ここがこれから君達が過ごす居場所。君達の学校、君達の家。楽しみだね」
いつの間にか隣に立っていた佐藤先生が誇らしげに言った。振り返るとリムジンは消え、門は閉まっていた。
「ごめんなさい、今何と?」
翡翠が佐藤先生を見て言った。佐藤先生は肩を竦めて繰り返した。
「楽しみだね」
「いえ、その前です」
「君達の学校、君達の家」
「はいそこ!」
俺は少し声を大きくして続けた。
「どういう意味ですか?」
「言葉通りの意味だよ。だってここ、学園だし、寮もあるし」
ダメだ。頭が情報と混乱でパンクしそう。今日の動きは目まぐるしかった。それに、信じられないような光景まで幾つも見てしまった。ああ、これは夢か。でも、ほっぺをつねっても何もならない。
翡翠を見ると、ぽーっと校舎に目を向けていた。
そんな俺たちの様子を見て、佐藤先生はまた肩を竦めた。
「ずいぶん呑み込みが悪いようだね」
「そりゃそうですよ。あれだけのことがあったんだから」
「でも命があるだけ十分じゃないか。まぁ、詳しくは後で説明するよ。その前に」
命があるだけ十分? 物騒なことを言う。
彼は噴水の前に立ち、俺たちに向かって芝居がかった仕草で手を広げた。
「ようこそ、聖自然学園――Saint Nature Academyへ。真の名を聖民学園――Saint Nation Academy――通称SNAへ」
SNA? そんな学校聞いたことない。もしや、県外か? 俺は高校に入ってから二回転校しているが(どれも県外だ)全く聞いたことがない。
とにかく俺たちは、呆気にとられて何も言えなかった。
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俺たちは言われるがままに導かれ、校舎内に入った。
「こっちの校舎は学校だからいいけど、あっち(そう言って佐藤先生はさっき向かって右にあった校舎の方向を指差した)は寮だから、一応静かにしてね」
俺たちはこくりと頷いた。
「いつになったら妹に会えるんですか?」
さっきからずっと心配だったことを口に出すと、先頭を歩いている佐藤先生が振り返って言った。
「もうすぐ、もうすぐ」
どこまでもマイペースな人である。
そして俺たちは暗い廊下を抜け、ただ一つ電気がついたままの部屋にたどり着いた。閉まったドアから光が漏れているんだ。
こんこん、とノックをした佐藤先生は、どうぞの声も待たずにドアを開けた。
「連れてきました」
「ご苦労様。あなたにしては予想より長かったわね」
「途中まで確証がもてなかったので。あっちが先に動いてくれて助かりましたよ」
「そう。まあいいわ。さて、話の前に再会ね」
部屋のドアを閉め、前を向くと、三十代半ばと思われるすらっとした女性が机の後ろに立っていた。机の上には書類が山積みである。そしてその横に。
「琳!」
「お兄ちゃん、翡翠!」
学校の制服姿の琳が立っていた。俺たちに気が付くとぱぁっと表情を明るくさせ、佐藤先生をなぜか一瞥すると駆け寄ってきた。
「大丈夫だったか?」
「うん。お兄ちゃんたちこそ」
「俺たちは大丈夫。あ、ただ家のドアがダメ」
琳の頭の上にはてなマークが浮かんだ。けど何も言わなかった。
「それより、ここはいったい何?」
「聞いてないのか?」
「うん。あたしもついさっきこの部屋に来たばかりだから何も知らないの。それまでは寝てたから」
「寝てた?」
「うーん、長くなりそうだからまた後でね」
「あら、こっちもだいぶ長くなるわよ。心構えをしてね」
女性が声をかけてきて、俺たちは横並びになって佐藤先生と女性に向き直った。
「何が起こったのか、何が目的なのか。早く知りたい。教えてください」
女性がゆっくりと微笑み、口を開いた。




