七 意味不明
家を壊された怒りとか後ろにいる大男や鏑木先生への恐怖心より、ドアが壊れた衝撃が勝っていた俺の心の中で唯一つ、こいつらは危険だということだけが強く発信された。でも、ここで翡翠に逃げろと叫べば家に翡翠がいることがバレてしまう。今の音で危険を察知して逃げてくれるといいのだが……。
「匡輝くん、どうしたの?!」
「このバカ!!」
俺は思わず怒鳴った。玄関に現れた翡翠が、怖がって身を竦める。なぜ逃げない? 俺を心配して出て来るなんて、一番恐れていたことだった。
「おやおや、神代ちゃんじゃないかい。出てきてくれてよかった。探す手間が省けたよ」
にたりと鏑木先生が笑い、一歩家の中に入った。
「何をするつもりだ?」
俺は背に翡翠を庇い言った。鏑木先生が答えた。
「別に悪いことをする気はないよ。ただ、ついてきてもらいたいだけさ」
「ついていく?」
「そう。アタシたちはある目的の為に行動している。その目的の為に、君たちが必要なんだ。まぁ、詳しく言うとその神代ちゃんがね」
「わ、私?」
鏑木先生は満足げに頷いた。俺たちは顔を見合わせた。
「まぁその女の、力が欲しいだけなんだが」
「力?」
「平人」
鏑木先生が低い声を出した。平人がちっと舌を鳴らし俺たちに背を向けた。
「でもはっきり言ってそっちの男はいらねーだろう」
「一応必要だ。アタシの勘が言ってる。とにかく平人、あんたはこれ以上口出すんじゃないよ」
どうやら鏑木先生の方が平人より上の立場らしい。
「お前らなんざに渡すと思うか?」
何にしろ、こいつらの目的は悪い事だろう。俺はそう直感で感じていた。
「いや、君は頑固そうだからね。だからちょっと、荒い手を使ってでも連れてかなきゃいけないかも」
「よくわかってんな」
俺は身構えた。鏑木先生も不敵な笑みを浮かべたまま膝を曲げ、一触即発の空間が出来上がった。
そのとき、俺は無性に目がかゆくなった。
いや、くだらないと思うかもしれないけど、本気で目がかゆいんだ。幼少時からよくなる。でも小さいころから目をかくなと強く教えられてきて、その言葉が身に染みついているのでかけない。
あああ、かゆい。
鏑木先生が瞬きの増えている俺の隙を見破ったのだろう、こっちに走り出そうとした。そのとき。
「はい、ストーップ」
気のない声がして、鏑木先生の動きが止まった。
「ぐおっ……」
どかっという音がして、平人が倒れる。そこに立っていたのは……
「佐藤先生?!」
「よっ、匡輝」
そう、佐藤先生が平然とそこに立っていた。でもいつもと雰囲気も態度も全然違う。白いワイシャツを着崩して、背筋をぴんと伸ばして。いつもより背が高く凛々しく見える。まあ顔立ちは凛々しいのだが。
「な、何でここに?」
「後で説明するから。今はこいつらの始末」
涼しい顔で俺を見、翡翠に笑顔で手を振る。鏑木先生が佐藤先生に向き直った。
「ちっ……何で今だとわかった? なぜあんたが!」
「わかるも何も、あの火事起こしたのお前たちだろう? バレバレ。あと、僕を見くびらないで」
自信に満ち溢れたセリフと態度である。
「まあ、ここであんたを倒しちゃえば何の問題もないけどね」
鏑木先生が身構えた。こっちも自信に溢れている。
「あ、僕は君と戦う気はないよ」
「へ?」
それが佐藤先生の狙っていた瞬間だったのだろう。佐藤先生がぱっと右手を地面と平行にあげた。すると。
手から、水が迸り出た?!
それが鏑木先生にまともに当たり、みるみる濡れていく。鏑木先生が佐藤先生に近づこうとしても、水圧でなかなか進めていない。できた水たまりに鏑木先生のメガネが落ちた。そして佐藤先生が左手をぱちんと鳴らした。
凍った?!
水のついたところがぱっと氷に変わり、鏑木先生の動きが止まる。
「おいで、早く! 地面の氷に気を付けて!」
「今のは?!」
「いいからはやく! 彼女は火地の力をもってる。長くはもたない!」
俺は翡翠の手をひき、何が何だかわからないまま家を出た。
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「どこへ行くんですか?」
「僕を信じて。大丈夫、彼らとは違うから」
俺たちは車に乗せられていた。人生初リムジンである。でも嬉しさよりはるかに動揺が勝る。まぁ、佐藤先生だからあまり恐怖感はないが。ただいつもと違う佐藤先生の姿は少し怖い。そこで俺は気付いた。
「あ、待ってくれ!」
「どうしたんだい?」
「琳……じゃねぇ、俺の妹がまだ帰ってきてないんだ!」
「あ、それなら大丈夫。あっちにいるよ」
「あっち?」
佐藤先生がはぁ、とため息をついた。翡翠はずっと黙っている。
「あっち、っていうのは、これから君達が通う君達みたいな子のための場所のことだよ」
「君達みたいな子?」
「質問が多い。もう受け付けないよ。最後の質問を決めなさい」
俺は翡翠と顔を見あわせてから言った。
「あなたは誰なんですか?」
「僕? 僕は……」
運転席から、振り返ってにっこりと笑い、俺たち二人の目を見て言った。
「君達みたいな、民の嚮導係だよ」
民? 嚮導係? いや、決め台詞かもしれねぇけど、意味不明だから。




