五 いつも通り
その日は、いつも通りの一日だった。
いつも通りに部活をこなし、いつも通りに退屈な授業を受ける。またいつも通りに部活をこなす。何も違わない。いつも通りの一日になる。俺たちは下校の時間を迎え、下校し始めた。そのときだった。
「火事だー!!」
いつもの通学路の住宅街。その中の、火がでるはずのないぼろぼろの空き家。
「何であそこで?!」
集まっている野次馬たちの声がうるさい。それに、集まった消防車で道が通れない。俺は別段気にせずに、一緒の翡翠に声をかけた。
「仕方ない、別の道で帰ろう」
答えがない。
「翡翠ー?」
俺は普通に翡翠の顔を覗き込んだ。翡翠は、呆然とした表情でその火事を見ていた。
「大丈夫か?」
翡翠の目の中で火が踊っている。上の空で、彼女は頷いた。
強い風に煽られ隣家に火が燃え移ろうとしている。消防隊員の一人が叫んだ。
「水が足りない! もっと水圧強くしろ!!」
消防隊員たちは必死に放水している。でも、なかなか水の量が増えない。
「何をやっているのよ……」
その呟きが、確かに聞こえた。
翡翠がおもむろに右手を挙げ、消防車を見据える。その途端、出る水が急激に増えた。
……偶然にしては出来過ぎている? 俺は口を少し開けたまま翡翠を見つめた。
それから約十分もせずに、火は消し止められ、隣家は何の被害も受けずに騒動は終わった。消防車がいなくなり、野次馬も散り始める。
「翡翠?」
「どうしたの?」
いつも通りの翡翠が、俺を不思議そうに見た。俺は考えを整理しようと、頭を掻いた。
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・琳祢・
怖い。
下校途中のこと。いつも通りの授業を受け、部活を終わらせて。一人で下校している途中のことだった。
つけられてる。
あたしは全身でそう感じた。学校から出てきたときから、視線を感じてた。それがずっと後ろからつけてくる。
怖い。怖いよ。助けて。
羨望の視線とかなんかじゃない。悪意のあるような、嫌な視線を感じる。
助けて、お兄ちゃん!
あたしは走り出した。視線はずっとつけてくる。何で? 足には自信がある。学年の女子一早いから。十字路で、あたしは走りながら後ろを振り返った。でも誰もいない。電柱の向こうで夕日が沈みかけ、もう辺りは薄暗い。人気もない。そのとき。
「きゃっ!」
やわらかなものに体をぶつけ、しりもちをついてしまった。
「大丈夫かい?」
角から曲がってきたのだろう、人だった。あ、謝らなきゃ。あたしは上を見た。そこにいたのは、知らない若い男の人だった。優しそうな人で、眉を顰めあたしを見つめている。その人は、右手を差し出した。立ち上がってという意味だろう。
「あ、は、はい。すみません、前見てなくて」
「いや、いいんだよ。僕も悪かった」
あたしは焦って立ち上がり、男の人に向き直って微笑んだ。そうしたらその若い男の人もにっこりと微笑んだ。人が安心するような、いい笑顔だった。
「おいでよ、琳祢ちゃん」
手を掴まれ、ぐいっと引き寄せられる。角を曲がらされ、一気に視界に映る情景が変わった。
「あの、どうしてあたしの名を……」
一瞬のことで、何が起きたのかわからなかった。ツンとするにおいが鼻をつく。
その途端、目の前が真っ暗になった。




