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四  何か変だ

「何か変だ」


 俺は昼食中に呟いた。あれからまた一週間。日に日に、あの視線を感じることが増えてきている。登下校の途中、授業中、家で窓から、など。それも、初めは翡翠といるときだけだったのに、最近は俺だけのときも感じるんだ。初めは、気のせいで済ませようと思った。でも、これだけこういうことがあるとそうは思えなくなってきた。ほら、今も。


「何がだ? 俺の食い方か?」


 カズがすばやく反応した。違う違う、と笑顔を見せると、じぃっと俺を見つめた後に、


「何かあればすぐ言えよ」


 と、ぼそっと呟いた。それが照れくさくて、俺たちはわざと飯をかきこんだ。

 とはいえ、これは……どこから見られているんだ? 俺たちは屋上にいる。ここで昼食を食べているグループは俺たちを入れて四、五こ。見回しても、まったくこっちを見ていなかった。周りの高い建物と言ったら、学校の新館くらいだ。新館には高三の教室がある。でも新館の屋上は開放されていない。まさか、と思って自然な感じで俺は背後の新館を振り返った。


「あ!」


 俺はあやうく後輩に差し入れてもらった弁当を落とすところだった。

 人がいた!

 絶対に、今。新館から、こっちを見ていた。でも、俺が見ているのにすぐ気が付きフェンスから離れ、物陰にさっと隠れた。誰だ? 人影があることはわかったのに、逆光で誰かまではわからなかった。


「どうした、匡? 大丈夫か?」


 カズが心配そうに俺を見てくる。ぶんぶんと首を縦に振り、何とか誤解を解こうとする。


「それにしても、新任の鏑木先生かんわいいよなぁ~」


「な、可愛いよな! 小柄でスポーティな眼鏡っ子ときたらお前の好みだろう?」


 カズがすばやく話題にのり、仲間の一人に話を振った。彼はすぐしどろもどろになった。みんな言う。彼女は可愛いと。でも、俺は何だか好きになれない。影がある、というか、裏がある感が否めないから。

 鏑木美奈子先生は、この一週間のうちに来た新しい体育の先生。どうも今までの体育教師が交通事故で入院しているらしく、代わりに教育委員会から派遣されてきた。

 ちなみに、もう一人派遣されてきた先生がいる。鏑木先生と同じ日にこの学校に来た、佐藤真哉先生。彼は……何というか、根暗で。鏑木先生とは正反対。いつも下を向いていて、理科の先生なのだがおどおどとしゃべる。この人は影が見え見えで逆に怖くない。俺は割と好きなのだが、みんなは気持ち悪いと言う。今も屋上のフェンス際で背中を丸めておにぎりを食べている。俺が見ているのに気付いたのか、ぎこちなく俺に微笑んだ。俺も微笑み返した。


「匡はー?」


 さっきのことなんて何もなかったようにカズが聞いてきた。


「俺はあんまり。何か隠してそうで怖い」


「えー? 意味わかんねー!」


 仲間の一人が言った。


「つーか匡の好みもわかんねー」


 口々に非難され、なんだか自分がかわいそうになってくる。


「なんだなんだ、喧嘩か?」


 そこに足利が来た。この人はいつも屋上でタバコを吸うから、よく遭遇するんだ。


「鏑木先生ってどんな人っすかぁ?」


 カズが言うと、足利は彼に拳骨を与えた。ぺろっと舌を出すカズ。


「言葉づかいに気をつけろ。鏑木先生はいい先生に見えるぞ。いつも生徒のことを話している」


 ほらぁ、というようにカズ以外の全員が俺を見た。


「徒歩で帰ってるんですか? 一緒に帰りたいなぁ」


「ああ。でも部活の顧問をやっていないから帰りが早い。無理だな。というよりおれが許さん」


 へい、と撃沈した仲間の一人をみんなが笑った。


「なんだなんだ~、アタシの話か?」


 気が付くと当の鏑木先生が腰に手を当てて俺たちを見下ろしていた。眼鏡っ子好きがさぁっと赤くなりカズにつつかれている。


「だって先生かわいいんだもん」


「お、趣味良いじゃんか。でも何も出ないゾ」


 元気にアハハと笑って、鏑木先生は一瞬俺を見た。ん?


「鏑木先生、何でここに来たんですかぁ? もしかして、おれたちに会いに来たとか?」


「あ、バレた? ……なんて言って、特に目的はないよ。風に当たりたかったんだ」


 眼鏡っ子好きが呆けたように鏑木先生を見つめていて何だかぞっとした。『男』の目つきになっている。


「じゃ、バイバイ! 授業遅れるんじゃないゾ」


 鏑木先生はそう言うと、手を振ってさっさと階段に消えていった。


「おれ、マジになるかも」


 眼鏡っ子好きが呟き、みんなが、


「えっ……」


 と言う。足利が盛大に笑った。


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「翡翠は、最近視線を感じることないか?」


 俺は家に帰り、夕食の時間に翡翠に聞いた。


「あら、匡輝くんも?」


 こくんと頷くと、翡翠は一度食べる手を止めた。


「あたしもあたしも! 学校帰りとか、家でもたまに。気にしないようにしてたけど」


「琳もか」


 琳も頷き、俺は腕組みした。


「なにこれ、集団ストーカー? 警察に言ったほうがいいんじゃない?」


「実害は何も出ていないし、見られているという気だけじゃ警察もそうそう動いてはくれないだろう。せめて証拠がないと」


 結局、この場では解決策が出なかった。

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