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四十二  実技披露大会 Ⅱ

「はい、早く下りてきてくださーい」


 司会者に急かされ、琳に急かされ、俺は頭の中でめちゃくちゃ文句を言いながらフィールドに下りた。やっぱり神なんているわけない! 俺があんなにも嫌がっていたってのに!

 上で先生席に拒否を示しても、学園長は無視、立花先生は無表情で俺を手招きしたから、結構怖かった。

 下りると、結衣香さんと対峙する格好になる。なぜか口角を上げていて、すごく嬉しそうで――ちょっと不信感が生まれたけど、目立つことをやる子だから嬉しいのかなと勝手に納得した。


「武器は何ですか?」


 いつもよりも自身に満ち溢れた言い方で聞く結衣香さん。やはりDクラスといえども、俺がもっと格下だからなのか。


「俺は、刀」


 司会者がそそくさと刀を持ってきてくれた。受け取り、柄を握り返す。

 やっぱり、何か落ち着くんだよなぁ。


「わたしは銃ですが、今は要りません」


「どういうことだ?」


「貴方には必要ないということです。なめちゃってごめんなさい、匡輝さん。でも能力だけで行きます」


 挑発しているが、この人は嘘をついている。これも伝聞だけどという、結衣香さんの話をしていたときの翡翠の一言を思い出した。


『結衣香さんが本気な時は、能力だけで戦いたがるそうよ。体術では勝負したくないようね』


「匡輝さんも能力だけで戦いませんか?」


「知ってるだろ、俺には民の超能力がないことくらい」


 超能力も武器も無しは負け確定だと思う。俺はやる時はやる主義だから、負けたくない。だから武器はもつことにした。

 結衣香さんはある程度近い間柄だから、俺が超能力をもっていないことは知っているはずだ。っていうか俺は確かに伝えた。その時は、残念ですね、と本当に残念そうに言ってくれたのに。

 人が変わったみたいだ。

 くすっと笑い、結衣香さんが少し思案する目をしながら黙っていると、


「では、始め!」


 司会者がタイミングを見計らったのか、バトル開始を告げた。

 はっと結衣香さんは気を取り直し、右手をすっと地面と平行に上げる。翡翠と一緒の動作だから、能力を発動させるつもりなんだろう。いつ攻撃が来るかわからない。水氷の民と火地の民の能力は素早く発動させられる。俺は利き足を引き、いつでも動ける体制をとった。

 水か氷か区別がつかないが、先のとがった形をしたビー玉くらいの大きさのものが1個、俺の頭に向かって飛んできた。速い。銃弾並み、いやそれ以上か。

 刀を振り上げる時間はないので、右に飛びのいた。

 結衣香さんがすっと人差し指だけを上げる。瞬間、何かを感じて後ろに飛んだら目の前に恐ろしいものが現れた。つららを逆にしたような、高さも俺の2倍はあるであろう鋭利な氷。

 ひやりとした。それは氷のせいか、為したことに対してなのか。

 マジか。そこまで本気なのか。これ、ちょっとでも当たったら怪我するぞ。ささったら怪我じゃ済まないかもしれない。

 観客席もどよめいている。ヤバくね、や、あいつあんな高度な技使えたっけ、Dクラスのレベルじゃない、などなど。

 俺は結衣香さんを中心に円状に走り出した。狙いをつけられないためだ。ところが結衣香さんもバカじゃない。初めは俺の後を追うように逆つららを出現させていたが、突然俺の動線上、目の前に逆つららを出現させられたときはすごく危なかったし、ビビった。でも負けちゃいられない。俺は足を止めず、そこで直角に曲がり結衣香さんに迫った。スピードを上げて。彼女は少し驚いたようだが、今度は両手を頭の上まであげ、振り下ろした。今度は何だ?

 ヒュッと音がしたかと思ったら、すぱっと右腕部分のセーターが縦に切れた。

 上か。

 小さなつららを上から落としてきてるんだ。俺は急いで刀を振り上げ、上でくるくる回した。できるだけ高速で。シャン、シャン、とつららが壊れていく。もし結衣香さんが銃を持っていたら、ガラ空きの体に一発撃ち込まれて終わりだろう。でも彼女は出来ないはずだ。何てったって、体術と言えばこのバトル中に体の向きを変えることくらいしかしていないし(走り回って蹴りに来たりしないし)、それに飛び道具を持っていない。

 でも、このままじゃ埒があかない。俺の腕が疲れて動かなくなるのが先か、結衣香さんの能力が限界になるのが先か。


「わたし、まだまだ余裕ですよ」


 俺の考えを読んだかのように結衣香さんが言った。

 さて、どうしようか。下手に行動に出ても、先読みされたらこっちの体力と気力が削られてしまう。

 うーん。

 いくつか案はあるけど、それでは結衣香さんを傷つけてしまうからやめることにする。

 あー、ちょっと腕疲れてきたかも。しかも目かゆいし。

 結衣香さんはしびれを切らしたのか、俺の少しの疲れを読み取ったのか、また逆つららを出現させる直前の動作をした。

 あ、いいこと考えた。

 俺はジャンプした。俺が飛び上がり始めたとき、ちょうど逆つららが俺の足もとから出てきた。おっ、いいタイミング。

 うまくいくといいけど。

 にょきにょき生えてくる逆つららの尖った先端に着地し、うまくバランスをとる。昔から琳とバランスボールに乗っていられる時間の対決をしていたし、バランスに自信がある俺は何とかぐらぐらしながらもそれを成し遂げた。

 そして、そこから結衣香さんに向かってジャンプした。

 さすがにこれは予測できなかったのか、結衣香さんが目を丸くしてあからさまにあわあわし始める。目がうろうろとしているところを見るに、対策を考えているんだろう。でも俺が重力に引かれて地面(結衣香さんの目の前)に下りるその時、はっと目つきが変わった。ん?

 俺は気にせず、刀を振りかざした。首元にあてて、また終わりにしようと思ったんだ。

 ……そこから何があったかは説明がしにくい。

 まあとりあえず、気がついたときには――俺は、結衣香さんの首元に刀を当てていた。

 目の前には輝きがある。目を凝らすと、それは氷だった。氷が――。

 刺さってる。


「痛いっ」


 結衣香さんの肩に氷の破片がいくつか。頬にもきらめきがある。そして赤く染まってきて……。

 俺ははっとして離れた。初めて明らかな怪我人を目の前にしたことで頭がパニックになっている。

 うろたえながらも、何とか刀を放り出し声をかける。


「大丈夫か?」


「はい……」


 俺を見ずにうずくまった結衣香さんの元へ、奥に控えていた保健室の先生が駆け寄った。


「大丈夫……じゃなさそうね。とりあえず、保健室に連れて行きます。誰か、手伝って」


 怪我人が出たことで騒いでいる観客席から、冷静そうな陽向と遥が降りてくる。陽向は俺の肩をぽんと叩き、遥はぎこちなく俺に微笑んで、結衣香さんの両脇を支えて行ってしまった。

 フィールドに残された独りぼっちの俺。その俺を取り囲む観客席には、俺をじっと見つめるか隣の人と俺の話をしているかの生徒。

 怖い。

 久しぶりにそう感じた。

 怖い、怖い、って。

 無意識に何か言いたくなったようで。でもその気持ちをぐっと抑えてうつむくと、まだ氷の欠片が無数に散らばっていて……俺は余計に心臓を何かに掴まれる感覚に襲われた。

 幾つもある思い出したくない記憶の1つが、思い浮かびそうになる。芋づる式に、その他も。


「……えー、ハプニングがありましたが、すばらしいバトルでしたね。さて、実技披露大会は最後の発表が残っていますよ~、みなさん気を取り直して!」


 司会者がもう一度盛り上げようとしてくれている。観客席も落ち着いてきた。それなのに、俺の恐怖心は増大していくばかりで。

 みんなが俺を囲んで見下ろしている。



「お兄ちゃん、大丈夫?」


 琳が慌てて降りてきた。様子が変なことに気づいたんだろう。ああ、と言ったつもりでも声が出ない。

 あそこの男子が隣の人と話している内容は、俺の悪口か?

 自然とうつむいてしまった。


「お兄ちゃん?」


 琳が答えない俺にしびれを切らしたのか、俺の手を取った。

 瞬間、体が反射的にその手を跳ね返す。


「お兄ちゃん……どうしちゃったの?」


 きっと悲しい顔をしているだろう琳のそれを見ることさえ出来なくて。

 俺は拳を固め、走って闘技場を後にした。


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