四十一 実技披露大会 Ⅰ
きっと誰にでもあるだろう。
ふとしたときよみがえってくる、過去の記憶。
良いことだったらいい。苦しまなくて済む。
でも、それが悪いことだったら?
思い出したくない、考えるのも嫌な過去だったら?
どうすればいいんだろう。
いや、そんな大げさに考えられても困ることだ。そこまで悩んでるわけじゃない。
けどやっぱり、頭にはその出来事があって。
俺は弱いのか?
――きっとそうだ。強い人ならこんなに過去を振り返らない。俺は弱いんだ。
「お兄ちゃん?」
ああ、何か頭がもやもやする。もうどうしたらいいかわかんねぇ……。
「お兄ちゃんっ」
ふと気が付くと、琳が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。慌てて曇っていたであろう顔を明るくし、琳に答える。
「おう、どうした?」
琳は少しの間俺の目をじっと見ていたけど、ちょっと首を横に振ってからにっこりと俺に微笑んだ。
「見て見て、あの土のお城! 一瞬で出来たんだよ! あたしもあんなに能力を操れるようになるのかなぁ」
琳の指差す方を見ると、確かに高さ二mくらいのシンデレラ城に似た土の城が武道場のど真ん中に出来ていた。すげぇリアル。そこに陽向が飛び蹴りを放ち、散った土は今度はもっと細かく乾いた砂煙になった。
今日は実技披露大会。名前の通り、実技が披露される大会だ。授業は4時間目までやって、飯食って、それでこの大会の始まり。大会っていっても、出ない人には鑑賞会、出る人には発表会みたいなもんで、AクラスとSクラスが強制で能力もしくは体術を見せることになっているらしく、毎年十一月末に開催されるそうだ。この大会の目的はいくつかあるんだと思う。例えば、磨かれた能力による技術を鑑賞させることで自分もこんな風になりたいと向上心を煽るとか。とりあえず、Fクラスの俺は席に根を張っているだけってわけだ。
プログラムは、火地、水氷、雨出の民の順で発表をしていくという簡素なもので、どんな発表をするのかなどは事前に一切知らされなかった。しかも、水氷の民の発表後にお楽しみという項目がある。うわさでは、前回はCクラスの精鋭一人がAクラスの一人と戦わされたらしい。結果がわかっていることをなぜやらせるのだろうか。しかも下剋上とはならず、やっぱりAクラスの子の圧勝だったそうで。何だそれは。公開処刑か。
琳の感嘆や驚嘆の声をきいているまま火地の民の発表が終わり、土がパッとフィールド脇の山に戻った。実にすばやい。彼らが退場すると、今度は武道場内が寒くなってきた。
「うわん、寒いよぉ」
琳がぶるぶるっと肩を震わせる。しゃーねぇな。俺も寒いけど、中にセーターを着ているので大丈夫かと思い、ジャケットを脱いで琳に羽織らせた。うわ、寒ぃ。でもどっしり構え、全然寒くないふりをした。上着を貸したのに寒そうなんて、かっこ悪いからな。
「あ、ありがと」
頬を少しピンク色に染めて、琳が上目づかいで恥ずかしそうにお礼を言ったので、ちょっとドキッとした。な、何考えてんだ俺?! 妹に変な感情を抱くなんて言語道断。って、いや、別に変な感情ってそんなに変な感情じゃないぞ! 何か、ぎゅっとしたくなるっつーか……いやいや、どうした俺?! よく考えろ、俺は小さいころ琳のおねしょを洗った男だぞ? こいつは妹であって、恋愛対象じゃない。頭じゃよくわかってる。でも最近、俺も琳も何か変だ。
つい琳から顔をそむけ、フィールドを見ながら頭を掻いた。
昔なんて一緒に風呂にも入ってたのに。まあ、年頃だから仕方ないのかもしれないけど、ちょっとお互いを意識してるっつーか、何つーか……どうも今日は調子が狂う。
そういえば、朝から変な感じがするんだ。よくないことが自分に起こるような――。思わず目を閉じ、ペンダントを握った。気持ちが落ち着いていく。
「翡翠、すごい!」
琳の声に目を開け、フィールドを見ると、氷でできているのだろう白いドームが出来ていた。フィールドを覆う、一つのドーム。これの準備のせいで寒かったのか。ドームの頂点に翡翠が乗っている。観客がどよめいた。かわいい、とか、すっげぇ、とかいう声があちこちから上がる。
「あれ、翡翠がやったのか?」
「うん。翡翠がね、パッてやったらしゅわわわーって出てきたの」
琳は興奮しているらしい。擬音と説明不足でよく伝わらなかったが、翡翠があれを出現させたということはわかった。
「すげぇな」
「ね、すごいよね! あたしも早く能力使いこなせるようになって、Sクラスに入りたい!」
琳はいい。努力すれば、それが叶うのだから。
でも俺は? 民なのに、超能力をもって生まれてこなかった。だから、何をしたってダメ。
ってか、俺が民ってことは、母さんも民だったのか? 父さんはどう見ても普通の人間だ。でも、母さんの写真見たことあるけど、別に民の特徴をもってたわけでもなかったぞ? コンタクトかなんかで隠していたのだろうか。何のために?
まさか、Lovelessの存在を知っていた?
頭を振った。何か、最近思案することが多い気がする。もっと楽天的に生きなければ。
水氷の民の発表の中心は翡翠だった。まああれだけ能力が使いこなせて外見も美しければ中心にもされるだろう。翡翠の演技は堂々としていて、また生き生きとこなしているように見えた。
学園にも慣れてきて、持ち前の冷静さと優しさで周囲の人を魅了している翡翠は、最近裏で人気が出ている。それはあの遥にも引けを取らないと言われているようだ。琳も今月の新聞部の新聞、今回のテーマ『恋愛暴露大会!』によると、妹にしたい子ナンバーワンに選ばれていた(この部は先生に見つかったらまずいようなことも新聞にしているので、生徒によく買われている。五十円である。先生は内容を把握しているのだろうか……結構ギリギリな線の話が多いけど。ちなみに俺は買っていない。ネタの収集に余念のないカズの情報だ。かっこいい男子ナンバーワンに俺がいたけど、どうせ冷やかされているんだろう。俺、平凡だから)。
発表が終わって、翡翠が退場しようとしているときに目が合った。この大人数の中からよく見つけられたものだ。彼女がふっと笑う。俺もよかったぜ、と口パクで言った。翡翠は笑みを大きくし、退場していった。
「水氷の民の素晴らしい演技! ありがとうございました。次は……」
司会者の生徒がにやりと笑った。
「お・た・の・し・み」
今絶対『おもてなし』風に言ったろ。しかも若干エロく。観客席から笑いがもれる。その反応を確かめてから、司会者は言葉を続けた。
「全戦闘クラス、一度はトーナメント方式の戦闘授業をしたことがあるはずです。そこで! その授業で優勝した人たちの中から、抽選で一組、つまり二名選びだし、その人たちにバトルを実演してもらいます!」
はぁ?! 嘘だろ? 目が点になった。嫌だ。こんなに大勢の観客の前でバトルなんて最悪だ。
俺はIクラス時代にトーナメントで優勝したことがある。
そして実は……Fクラスでも余裕で優勝してしまった。
で、でもまだ俺が当たるかはわからない。確率は五分の一。これで当たったら結構運が悪いってことになる。
「では、学園長、くじを引いてください」
上の先生席からフィールドを見ていた学園長に注目が集まる。学園長は笑顔でみんなに手を振り、そして立花先生がすっと差し出したくじ箱の中に手を突っ込み、一つ、三角形の紙を出した。
「誰でしょうか?」
立花先生は紙を受け取り、のりで止めてあったのであろう端から開いた。そして言った。
「えー、こう書いてあるね……Dクラス、佐々木結衣香」
セーフ。
ってか、結衣香さんかわいそう。どこにいるのかわからないけど表情が見たかったからきょろきょろしてしまった。
「呼ばれた生徒はフィールドに下りてきてください。学園長、次、お願いします!」
さっきと同じ手順で、立花先生が言い放つ。
「はーい、もう一人は……当時Iクラス、現Fクラスの神代匡輝」
てん、てん、てん。
はぁぁぁああ?!




