三十六 格下さん
「今日は闘技場での戦闘実践授業です。トーナメント方式で一対一のバトルをしていこう」
俺にとって、またまたこれは初めてのことだった。今まで教室でしか戦闘授業を受けたことがない。戦闘授業には三種類あるらしい。一つは、机に座って歴史や神のこと、能力やLovelessについて学ぶ授業。二つ目は、能力をつかいこなせるようにする能力実践授業。これは教室かグラウンドでやる。最後に、この戦闘実践授業。闘技場で戦うんだ。
「匡、やろーぜ」
光がにやにやしながら肩を組んできた。
「嫌だよ。俺が能力つかえねぇの知ってて言ってるだろ」
「大丈夫、つかわねぇから」
ざわざわとペアを決めていく俺たちにパンパンと手を叩き先生が言った。
「トーナメント表はもうつくってあります。それに沿って、武器を選んでから各ペア始めなさい。能力はつかってもかまいませんが、雨出の民の雷はなし。相手に重い怪我をさせたら罰則あるからね」
よかった、雷禁止で。丸焦げにされるところだったぜ。でもまぁ、Iクラスに雷という高度な技をつかえる人は誰もいない。念のため言っただけなのだろうけど。
光と一緒にトーナメント表を見に行った。
おーい。
そんなに弱いと思われてるのか、俺は?! 非情にもトーナメント表は、シードのヤツもいる中、初戦で一人の女子と戦うことを示している。女子と戦うって……ナニコレ。
「ぎゃははは!」
光に大笑いされて、戦う前から塞いだ気分になる俺。
「あの、トーナメント表って誰が作ったんですか?」
先生に聞きに行くと、
「ああ、学園長だよ」
とこっちをちらりと見ただけで返された。
「もういいから武器選びに行こうぜ」
まだ笑っている光を引っ張り、武器庫へ行った。みんな思い思いの武器を手に取って眺めている。やはり人気が高いのは二極化していて、剣か銃だ。かっこいいからな。
「おれはこれー」
銃を手に取り、俺を撃つ真似をする光。中身がビービー弾とはいえ、やっぱり怖い。
「匡はどうするんだ?」
「俺は……」
さっきから不思議と視線が剣のある場所にいくんだ。切っ先の丸い、切り刃に鋭さのない剣しかないんだが。なぜだか足取りがゆっくりになる。俺は壁に掛かった剣の数々(西洋のロングソードのようなものもあれば、短剣もある)から、直感で日本刀の形をしている剣を手に取った。剣つーか、刀か。思ったより軽く出来ている。まあ、本物の刀じゃないんだろうけど。
「選抜クラスの人なんかは自分専用の武器を持ってるらしいけど、おれたちみたいなのは練習用の安全なのしか持てないんだ。本物、持ってみたいよなぁ」
「……そうだな」
ということは、遥は自分の銃を持っているのか。これは怖い。怒らせない方がいいかもしれない。
「よろしく! 格下さん」
ぽんぽんと肩を叩かれ、振り返ると、右手に1つだけ銃を持った女子が立っていた。
ヤバい、かも。
トーナメント表に書いてあった名前だけでは誰かわからなかったが、戦闘授業でいつも目立っている子だ。肩についた(今は運動するから体操服だが、そこにもつけるルールになっている)バッジの色は緑。つまり、火地の民というわけだ。はきはきと元気なこの子。
「おう、よろしく」
平静を装って軽く笑んでみた。彼女もにっと笑う。
「神代くん、だよね? わたし、櫻井弥英。あ、ちなみに能力まあまあ使いこなせるから。でも本気で行くよ」
前言撤回。俺は弱いと思われてるんじゃない。試されようとしているんだ。
いつのまにか光は消えていて、俺たちは武器庫から離れフィールドの空いている真ん中に行った。みんな目立ちたくないから端に行くんだろう。いや、俺も嫌だけども。
それにしても、能力がまあまあ使いこなせてなかなか運動神経も良さそうな子なのに、なぜIクラスなのだろう? それに、さっき格下と言われた。気になって聞いてみる。
「ああ、それね。本当はFクラスだったんだけど、民じゃない彼氏と一緒に遊びに行こうと思って勝手に学園を抜け出したら降格になっちゃったんだ」
そんな理由か。ってか、待てよ、実質Fクラスの子と戦うのかよ。
「よし、始めよう! 久しぶりの戦いだからもうウズウズしてるんだ」
左右に軽く肩を揺らしながら、両手で銃を構えた櫻井さん。俺はとりあえず利き腕の右手で刀を持ち、切っ先を櫻井さんに向けた。俺と彼女の間は二十mくらい。
とりあえずなのか、一発撃ってきた。頭を狙われていたのだが(なるほど、確かに本気で来ている)俺は軽くしゃがんで避けた。
え、何。俺、銃弾(つーかビービ―弾)避けられんの?
自分の身体能力に驚いていると、櫻井さんもほぅ、と息を漏らした。
「へぇ、すごいじゃん神代くん。Iクラスレベルだと普通避けられないんだけどな」
「俺は戦闘能力測定を受けなかった」
ずいぶん見くびられていたんだなと思いながら答えると、彼女はにかっと笑った。
「そうなんだ。ってことは、Iクラスって決定自体、微妙なんだね? じゃあもうちょっと本気出してもいいかな」
すると櫻井さんは右手をすっと土の山の方に向けた。
来る。
そう思ってとっさに身を引いた瞬間、土の礫が頬をかすめた。かすめただけでも少し痛い。あれが当たったら軽かれ重かれ怪我をするだろう。
「危ねぇな」
頬をぬぐうと、ほんのちょっぴりだが血がついていた。
「たまにはそっちからも来たら? あ、そっか、新人で戦い方わからないんだ」
どこまでも俺を見下してやがる。そのうえ挑発までしてくるなんて。
受けてやろうと思った。
「言っとくけど、怪我しないように気をつけろよ」
「それはこっちのセリフ。新人なんかに負けないんだから」
俺は駆け出した。本気の速さじゃない、俺にとっては駆け足レベルだ。櫻井さんは二発続けて撃ってきたけど、身を軽く傾けてかわし、右腕を横に伸ばした。刀がすらりと地面と平行に伸びる。彼女が少し怖がっている顔で何発も撃ってきたけど、俺には特に気にならなかった。最後の方はかわすのも面倒になって、刀身で跳ね返し――。
一気に距離を詰めて、首元に刀を突きつける。刀は普通の持ち方でなく、逆手に持って。けっこう接近しているまま、俺は鍔のすぐ近くの刀身を彼女の首に少し押し付け(どうせ斬れないだろう)耳元で囁いた。
「格下だからってなめたら痛い目見るぜ? こんな風に」
とちょっとかっこいい感じのセリフを勢いで言ってしまった。がくがくと首を縦に振る彼女を確認してから刀を彼女の首から離す。櫻井さんに傷はない。よかった。初めての武器を持った戦闘はあっという間に終わってしまい、早かったなぁなんて考えながら鞘はないので刀を右手に持ったまま構えを解く。
「あ、あんた、新人でしょ? 何で戦い方知ってんの?」
足までがくがくさせながら声を絞り出す弥英の言葉を聞いて、やっと俺は気づいた。
無意識にやった戦い方だったことに。
俺は民(一応)ということを抜けばただの高校生だ。戦闘の知識なんてほぼない。あるといえばロールプレイングゲームやアクションゲームで得たものくらいだが、それくらいだ。
「何でIクラスレベルにこんなのが混ざってんのよ!」
よほど負けたのとなめていたのが悔しかったのか、少し目の端に涙を浮かべながら叫んだものだから、それぞれで戦っていたみんながパッとこっちを向いてしまった。先生まで歩いてくる始末だ。
「何の騒ぎですか?」
「先生、何でIなのにこんなのが混ざってるんですか?!」
「ん? こんなの、って何ですか?」
先生もあまりに短い戦闘だったからか見ていなかったらしい。そりゃわからないわけだ。でも俺にもわけがわからない。櫻井さんが俺をビッと指差す。
「どうしてこんな――」
「ごめんなさいね。わたしの判定ミスだわ」
つか、つか。
ハイヒールの音を鳴らして、静まっている闘技場内を歩いてきたのは、長谷川智仔学園長とちょっと微笑んでいる立花先生だった。
「どうして、学園長が?」
ざわざわと周りがうるさくなる。さっきから上の教師席にいたのは気づいていたのだが、みんなは違ったようだ。
「普段はいないんですか?」
警戒しながら聞いてみると、
「そうよ。わたしたちは気が向いたときにしか来ないの」
「今日がこの学園で教師になってから『初めて気が向いたとき』だけどね」
とのほほんと返された。この二人を相手にしてもいいことはないと思う。
「神代匡輝。あなたをFクラスに昇格します。さっきの戦い、見ていたわ」
「よかったね、匡輝。一也と同じクラスだよ」
感情の読めない声でそう言った学園長と、ぽんぽんと俺の肩を叩いて言う立花先生。
「待ってください、そいつFレベルなんかじゃない、もっと――」
「櫻井、だったっけ? 学園長の命令は絶対だ。それに君、この前また抜け出そうとしたでしょ。もっと降格されたいの?」
立花先生が櫻井さんに向き直り、冷たい声を出した。俺なんかが聞いたことのない声だ。ぎっと歯を食いしばって、しぶしぶ彼女は引き下がる。
ちょ、ちょっと待って、状況が掴めないんですけど。
「俺、よく状況が――」
「匡輝はこれからFクラスで活動すればいいの。それだけだよ」
にこにこしながら立花先生が言って、学園長も頷いた。
「あの、俺、どうしてあんなこと出来たのかわからないんです」
「いいの。わたしがFと言ったらあなたはF。それ以外に理由なんて要らないのよ」
どんだけ女王様気質なんだよ学園長!
「そういうこと。さあ行きましょう、立花くん」
俺の頭をよんだように学園長が言い、
「じゃあ、トーナメント頑張って。まあ、優勝は決まってると思うけど」
立花先生が俺にウインクをして、二人は闘技場を後にした。
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「お兄ちゃん、昇格おめでと。やったねっ」
ベッドに腰掛け、足をぶらぶらやりながらパジャマ姿の琳が言った。
例の初戦闘実践授業の夜、寮でのいつもの談笑時間だ。
「おう」
ところが、俺の気持ちは晴れなかった。どうしてあんなことが出来たのか、それが納得いかなかったからだ。
「どうやって昇格したの?」
俺のそんな気持ちを知る由もない琳が質問してきた。翡翠もベッドに横になっている俺をテーブルから見ているし、遥も寝たふりをしているが聞いているのがわかる。
「トーナメントやったんだけど、それで優勝した」
「へぇ、能力つかえないのに?! すごいや、お兄ちゃん!」
俺の納得いかない心情を察したのか、翡翠が俺たちの同意を得て電気を消した。




