三十五 練習試合
はっと目が覚めると、いつもと同じ、寮の部屋だった。上体を起こし、まだ誰も起きていないことに気付く。
今日日曜日は水氷の民との練習試合だ。久しぶりの練習試合に気合が入る(ちなみに、雨出の民チームは水氷の民チームと練習試合をしたことがない。1度だけ他校とやったことがあるが、その時はまだ全然慣れてなくて負けてしまった)。
雨出の民のバスケ部全員、今まで(っていってもまだ十一月だから一か月と少しくらいか)練習に打ち込んできて、俺自身今では吉田や山田よりは上手いと自負できるようになった。上達が早かったんだ。カズも。
「あら、おはよう」
顔を洗ってからストレッチをしていると、翡翠が起きてしまった。目をこすり、小さく上に伸びをする。大きな胸が強調されて、慌てて目をそらした。
「ごめん、起こしたか?」
「違うわ、大丈夫よ。今日は試合よね? 頑張って」
「おう」
夢を見ていた気がする。それも、何だか気にかかる夢を。でも思い出せない。
翡翠が洗面所に発つと遥が起きる。いつまでも起きない琳を俺が起こす。いつもの朝だ。
「琳、朝だぞ」
「ぅん」
「起きろよ」
「……うん」
どんな夢を見てたんだろう。やけに気になる。でももたもたしてはいられないから、バスパンを穿こうと物置部屋に発った。
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笛が鳴ると同時に、頭上にバスケットボールが投げられる。
真っ直ぐコートの真ん中に立っている俺と相手のセンターの間に上がったそれは、ぱんっ、と俺の手によって弾かれた。弾かれたボールをカズがとり、光にパスする。
試合が始まった。
そうそう、俺たちのメンバーのポジションを言っておこう。
ポイントガードは、特に手練れの光。
シューティングガードは、特に俊敏なカズ。
スモールフォワードは、特に三ポイントシュートの上手い山田。
パワーフォワードは、元センターの吉田。
センターは、特に足腰の強い俺。
予備の選手は、集める活動はしたけど結局ゼロ人。誰か一人でもファールや怪我で退場したら万事休すだ。
俺はすぐ相手ゴールに向かって走り出した。すぐ後ろを俺よりは小さいが水氷の民にしては大きめな選手が一人ついてくる。水氷の民は小さくて小回りが利くから、下手なパスは避けたい。ゴール下付近に俺がついたとき、まだボールは光の手にあり、ゆっくりとドリブル、前進しているところだった。ん? さっきまで俺の近くにいた水氷の民が移動した。見ると、ゾーンディフェンスの隊形になっている。ゴール付近に三人、その前方に二人。一般的なゾーンディフェンスの形だ。それにしても、いきなりゾーンディフェンス(まあ、よく見られるマンツーマンディフェンスではなく、守備範囲を決めてゴールを守るってヤツだ)の作戦で来るとは思わなかった。俺たちは初戦で、プレーの癖や特徴があまり掴めていないからと、身長では勝てないことがわかっているからかもしれない。
今、俺たち雨出の民チームは相手ゴールから見ると、左下に吉田、左に山田、前に光、右にカズ、右下に俺が配置されている。ちょうど攻撃開始、ってところだ。
光がとりあえず山田にボールを下した。さっとディフェンス勢が向きを変える。反応が早い。さすが水氷の民だ。機敏で小回りが利く(さっきも言ったけど)。
山田が吉田にパスをした。比較的小さな水氷の民にとって、今ここは要注意ゾーンだ。案の定、吉田の目の前にいたディフェンスが彼に近づいた。片手を上げ、もう片手を横に広げてじっと吉田を見ている(のだと思う。何せ反対からだと目線まではわからない)。吉田は山田にボールを返した。
山田がドリブルを始めると、これは作戦の一つの始まりを意味する。
カズがいきなり、ななめに吉田の方向へ全力で走り出した。いきなりで驚くものの、きちんとディフェンスが二人つく。そこで俺が元々カズがいた近くの制限区域の一角に走り、ボールをもらおうと面をとる(後ろにディフェンスの人を押し込むという感じだ)。その間に山田は光と位置を交換する。そのとき俺がちゃんと面をとれなかったり、ディフェンスが強いときは、俺がいた位置に回り込んでいた吉田に軽いロングパスが飛ぶ。もしそれも無理だったら、山田が三ポイントシュートを打つか、光にボールが渡って切れ込むか。そういう作戦だ。これは作戦1。
作戦1は、見事に成功した。
面をとった俺につくディフェンスの人が遅れ、パスが渡る。ここで焦ってすぐにドリブルを始めてはいけない。それは練習で身に染みてわかっている。とりあえず振り返り、状況を確認してみた。俺の後ろに一人、俺のドリブルの軌道を防ごうと一人。ということは、吉田は空いているのか。
俺は俺についていたディフェンスに向き直り、左にドリブルをするふりをした――と、右へのドリブルで抜ける。抜けたところにいるディフェンスはまあ小さくもない。ここで止まってシュートは難しそうだ。俺はそのままドリブルでレイアップシュートを狙うふりをした。案の定、そいつは俺を止めようと大きく手を広げて腰を落とした。
今だ。
俺は吉田の方を見ずに吉田にパスをした。すぐにシュートを打った吉田の表情が、笑顔に変わったその時、しゅぱっ、といい音が鳴る。俺もにやっと笑ってしまった。初試合初ゴールに貢献できたから。
でもうかうかはしていられない。すぐに攻守反対になって試合が始まるんだから。
俺はディフェンスをしようと、また走り出した。
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試合結果、六十対三十四で、俺たち雨出の民チームの勝利。
やったぜ、初めて勝てた! いやこれめっちゃ嬉しい。マジで。
勝因は、水氷の民チームよりスピードがあったことや、後半焦った彼らがミスを連発してくれたことだろう。先にシュートを決めてこっちのペースにできたこともよかったかもしれない。
「よっしゃあ!」
カズがガッツポーズをしながら飛び跳ねた。ここではダンスをしてほしいところだが、そのカズじゃねぇよと自分に突っ込んでおく。
試合終了し、挨拶を済ませて今俺たちはベンチに戻ってきていた。からっぽのベンチは寂しいが、向かい側の応援席からは琳と翡翠の声が聞こえる。
「おつかれさまー!」
その横には遥と陽向。俺と目が合うと、陽向はグーサインを出した。遥もにっこり笑っている。なんだかすごく晴れやかな気分だ。
「気を付けー、礼、お願いしまーす」
と顧問である立花先生をチームで囲み、評価を聞いた。試合後はやることだ。
当の立花先生はと言えば、試合中は知らないがハーフタイムなど休憩の時はずっとイヤホンをつけていた。どうせクラシックでも聴いていたんだろう。
「うーん、まず、勝ててよかったね。おめでと。それで、アドバイスだけど」
俺たちは驚いて腰が抜けそうになった。立花先生が一人ずつに真面目にアドバイスしていったからだ。しかも的確ときてる。この前はいなかったから、初めて聞いたんだけど。
「ちょっとボール取って」
ボールが渡ると、陽向を呼んで相手に見立て、プレーを体現してくれた。めっちゃ上手いじゃねぇか! 俺たちなんか比にならねぇよ! こんなに上手いならバスケットボールだけでも食っていけるかも、ってくらいだ。
「あ、ありがとうございましたー」
ヤバい。ちょっとこの人を見る目が変わるかもしれない。
「見くびってもらっちゃ困るなぁ。いつも言ってるじゃない、僕は天才だって」
後ろから声が追いかけてきて、俺は肩を落とした。……やっぱ変わんねぇや。




