三十四 体育祭 Ⅱ
「ふざけんなよ!」
怒鳴り声がして、みんなの目が一斉にそちらを向いた。一拍遅れて、何だよ喧嘩か? と思いつつ俺も目を向ける。
中2の席で乱闘が起きていた。
徒競走が終わったばかりのこの短い時間でどうしてこうも発展してしまったのだろう?
「お前のせいでっ!」
「おれだって証拠はねーだろ!」
どうやら1対1で男子同士が喧嘩をしているらしい。やめろよ、と制止する声が飛び交うが、一向に終わる気配を見せない。野次馬がたかりだした。
琳が人ごみを抜けてこっちに走ってきた。
「大変、大変だよぉ」
「何があったんだ?」
「あの喧嘩をふっかけた子、中三なんだけど、徒競走で火地の力を使われて転んじゃったんだって。そのせいでビリになったって言って、自分が転ぶように火地の力を使ったらしい子――中二なんだけど――をみんなから聞き出して、今に至るらしいよ」
それを聞いていたカズが暑そうに体操服の首元をパタパタやりながら言った。
「まったく、そんなことで喧嘩なんてお子ちゃまでしゅねー」
そういうカズもやられたクチだ。何とか体勢を立て直して二位になった。頭の中ではだいぶ怒っていただろう。
「とにかく、止めなきゃ――」
そのとき、体に軽い揺れが感じられた。地震だ。
立花先生の言葉を思い出した。
『君はこんなことがないかい、琳祢ちゃん。君が心から怒ったり、泣いたりすると地震が起こる』
きっと民は、感情にセーブがきかなくなると、能力が勝手に発動されてしまう、ということを言っていたんだろう。喧嘩をしている2人ともが、見た目からも火地の民とわかる。どっちがマジギレしてるのかは知らないが、このままじゃ危ないってことは容易に想像がつく。
「お前が弱いからやったんだよバーカ! 先輩だからっていばってるし!!」
わあ、きゃあ、と叫び声を上げて野次馬たちが離れていく。残ったところには、イスの並ぶ中に三人だけが立っていた。ところどころイスに火がついている。
こりゃ相当怒ってるな。どっちが火をつけたのか知らないけど、これは故意にやったんだろう。威嚇したかったのか、または本当に火傷させたかったのか。
一人の両腕を掴んで暴れないようにさせている陽向と、今にも殴りかかりそうにぶるぶる震えている少年。陽向に押さえられていない方の震えている少年がどうやら転ばせた張本人で、逆ギレしているようだ。
「何だとっ?!」
転ばされた方も怒りに拍車がかかったらしい。その場でむちゃくちゃに暴れ、陽向もさすがに手を放した。その隙に中二の逆ギレ君に殴りかかる。やる気満々の逆ギレ君も拳を固めて応戦している。ついに実力行使に出たか。
「やめろって」
陽向が割って入ろうとするが2人ともものすごい拳の振り方で何ふり構わず暴れているためなかなか入れていない。
「もー、あれくらいで怒るなよなぁ」
そう言いながらカズは手をポキポキ鳴らしている。参戦する気か?!
「ま、待て。まだカズの失脚理由があいつって決まったわけじゃない」
「今おれ、誰でもいいから殴りたい気分なんだよ」
目が線になるほど微笑みながら言ったカズを何とか宥めていると、琳がいきなり走り出した。
そして、大喧嘩をしている中へ飛び込んでいく。
「琳?!」
突然の行動に度肝を抜かれているのはみんなも同じらしい。おおっ、とどよめきが起こる。
本人は一度も振り返らず――大喧嘩中の二人に見事な拳骨をかました。それはそれは見事な。振り回される拳を潜り抜け、がつん、とここまで音が聞こえそうなほど見事な一発を。
「いい加減にしなよ!」
琳の大きな声での注意が響き渡る。
「転ばせた方も悪いけど、それで怒ってお怪我させたら君も悪者になっちゃうよ」
腰に手を当て、お説教をするように転ばされた元ギレ君に言う。痛みに悶絶して涙目になっている元ギレ君は何とか上目で琳を見ている。
「転ばせるのって、ひどい! スポーツマンシップに乗っ取ってない。あたし、そういうの好きじゃない。だから金輪際しないこと。わかった?」
こっちも痛みに悶絶しているが、逆ギレ君はがくがくと頷いた。
「じゃあ、握手で仲直りして」
懐かしい仲直り方法だなそれ。小学生の時に見たっきりだぞ。
二人は頭に片手を置き(痛かっただろうな、絶対たんこぶになるぜ)もう片方の手で握手をした。そして小声で何かを言い合っている。唇の動きを読み取ると、二人ともごめんと言っているらしい。
一件落着――じゃない! イスについた火が消えてない!
つーか先生何やってるんだ、と思って教員席を見てみると、傍観しているだけだった。おい!
「琳」
結衣香さんと俺の間に座っていた翡翠が立ち上がって、静かだけどよく通る声で言った。
「消してみたら?」
呑気だな。イス焦げてんぞ。
でもそんな突っ込みをするひねくれ者は俺しかいなくて(むろん脳内突っ込みだが)みんなは、やってごらんムードを出している。みんなノリがいい。琳が能力を使えるか使えないかも知らないのに、やってごらんムードを出している。完全に成長する子供を見る母親の目つきになっている。
「出来ないよ、だって、あたし……」
泣いた時の悩みが頭を離れないのだろう。その小さな肩に陽向が手を置いた。
「やってみろよ。おれも手伝うからさ」
琳が陽向を見上げ、小さく頷いた。陽向が頷き返し、能力の扱い方を教えている。
見守る俺たち。どんどん焦げていくイス。
そしてついに琳が右手をおぼろげに上げ、目をぎゅっとつむった。力んでいるらしい。
すると――ぱっ、と火が消えた。
「おお!」
拍手がなる中、顔をぱぁっと明るくさせた琳が俺たちの方を向く。
俺はグーサインを前に突き出し、翡翠はぱちぱちと優雅な手つきで手を鳴らす。
「よっ、琳祢ちゃん!」
カズが盛り上げて、兄の俺まで嬉しい気分だった。
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ここからはたぶん聞いても面白くないと思う。そして、特に言うことがない。結果報告だけしておこう。
俺たちは、準優勝だった。
いやこれマジで悔しい。点差はかなり小さかった。そして、優勝は高三。優勝候補の中三は三位だった。
騎馬戦では火つけられるし(何とかカズを支え切ったけど)徒競走では土を液状化させられるし(何とか1位とったけど)借り人競争では一緒に走ろうとしてくれる女子が群がって来るし(何とか群がってこなかった琳を呼んで走り切ったけど)――災難だったんだ。
「優勝、高等学校三年生」
優勝旗が学園長から前に出て行った陽向の手に渡される。陽向がそれを掲げると、高三から大きな歓声が上がった。立ち上がってハイタッチしている。遥と陽向が軽くハグをして、ひゅーひゅーと冷やかされた。興奮冷めやらぬという感じで、でも何とか静かになってから学園長が喋りだす。
「今年度のMVPは」
そして視線が、ある一点で止まった。
「中等学校三年生、Bクラスの神代琳祢よ」
おお、というどよめき声と拍手が聞こえた。
「前に出てきなさい」
琳がきょろきょろしながら立ち上がり(困惑した表情で可笑しい。せっかく選ばれたんだから、笑えばいいのに。きっとまだどうして自分が選ばれたのかもわかっていないのだろう)学園長の目の前に歩いて行った。
「この子は、ずっと勝利に向かって諦めず仲間を励まし続けました。喧嘩を止める勇気も持ってい、また転んだ子がいれば助け保健室に連れて行く優しさももっています。よって、今年のMVPはこの子!」
学園長が微笑みながら高らかに宣言して、後ろに控えていた立花先生から典型的な金のトロフィーを受け取り、それを琳に渡した。後ろからでは見えないが、どんなに嬉しそうな顔をしていることだろう。
これできっと、琳の悩みも解消されたはずだ。認められるのは嬉しいことだし、自信にもなる。
「それと、あなたはAクラスに格上げよ。能力が開花したものね」
「はいっ」
「よっ、琳祢ちゃん!」
またまたカズが盛り上げ、拍手が大きくなっていく。これはあれか。あれをしろとフっているのか。琳ははっとしたように後ずさりし、でも大きく手を振り上げ、みんなの気持ちを汲み取ってトロフィー片手に今度番組が終わってしまう某芸能人の拍手の締めをした。拍手はその合図についていき、綺麗に締めることが出来た。司会がやっとかというように話し出す。
「これで今年の体育祭を終わりにします」




