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三十一  よろしくお願いします

「えーと、体育祭の次の日はテストだから、この時間は体育祭の練習じゃなくて古文・漢文の小テストやるよー」


 えー、マジー、という声が教室のあちらこちらから聞こえた。俺も言いはしないが思った。テストは面倒くさい。


「一応順位も出すから、真面目にやってね」


 担任がそう声を掛け、用紙を配る。びっしり文字の詰まったそれは、やる気をなくさせるのに十分な代物だ。こんなことをするなら体育祭の勝利の為に競技の練習をしたい、という無言の願いがクラス中からあふれている。


「体育祭の練習したいでーす」


 カズがみんなの気持ちを代弁した。


「仕方ないでしょー? わたしだって勝ってほしいんだから、そりゃやりたいわよ。でも上の命令だもん」


 上、と言うときにすごく嫌そうな表情で、人差し指を上に向けた先生。この学校の授業はわかりやすいし、生徒のケアもしっかりしているが、態度には問題がありそうな先生ばかりだ。


「先生も困ってるんですね」


 うんうんと訳知り顔で言ったカズをみんながくすっと笑った。これはウケ狙いだからよいのだが。


「そうそう。じゃあ、そろそろ準備出来た? いくよー、四十五分のテスト。よーい、始め」


          <<<<<


 隣の人との交換採点を終え、後ろの席の人から答案を裏にして回した今は、先生が順位をつけている。みんなは自由に喋っているが、俺は黙っていた。カズは寝ているし、翡翠は静かだからだ。と、近くの子の声が聞こえた。


「絶対今回も一位は結依香だよねー」


「絶対そうだよ! っていうかー、毎回一位が結依香じゃやる気出ないし」


「ガリベンとかマジないわー。特に結依香って勉強にしか興味ないもんね」


「ね。つまんないしさ」


 その言葉が気になって、寝ているカズは放っておいて翡翠に話しかけてみた。


「なぁ、結依香さんって誰だ?」


「ああ、今回の体育祭実行委員の子よ。佐々木さんといったはずだけれど」


 ああ、あの子か、と俺は翡翠の視線を辿って気づいた。真面目そうな三つ編みの眼鏡っ子だ。背筋をぴんと伸ばし、一人で参考書を読んでいる。


「よーし集計終わり! じゃあとりあえず上位五名を発表するよ。呼ばれたら答案取りに来て」


 ざわざわしていた教室が割と静かになり、ほとんどのみんなが先生を見た。


「一位、神代匡輝」


 えっ、俺?

 呼ばれた瞬間そう思った。ええー! とみんなも声を上げる。そんなにバカそうに見えるのか俺は。


「匡輝くんってかっこよくて頭も良いんだ!」


 きゃあきゃあという歓声を受け流して答案を取りに行く。


「結依香、王座陥落だね」


 そんな声がして、自席に戻る途中にその結依香さんを見たら耳を真っ赤にして参考書に顔を埋めていた。


「おい、大丈夫か?」


 方向転換し、結依香さんに話しかける。結依香さんはぴくっと身体を動かし、消え入りそうな声で、


「はい、大丈夫です……」


 と言った。俺はもう少し追求しようと思ったが、寝ていたはずのカズに手をひかれて自席に戻った。


「何で引っ張るんだよ?」


「二位、神代翡翠」


 翡翠がまぁ、と嬉しそうな声を出して答案を取りに行った。


「あのなぁ、よく考えろよ。あの子、ずっと一位だったわけだろう? ってことは、今あんなになってるのは匡のせいなの」


「俺のせい?」


「そう。一位になれなくて悔しかったんだよ」


 ああ、そうかと俺は結依香さんを見た。小刻みに身体が震えているところを見ると、泣いているのだろう。


「三位、佐々木結依香」


 結果、結依香さんは三位だったわけで。俺は複雑な気分になってしまった。


          <<<<<


「あ、あの……」


 授業が終わった。

カズと翡翠、三人で談笑しながら教室を出ようとすると、後ろから声を掛けられて三人同時に振り向いた。あの結依香さんが俯きながら立っている。


「どうしたー?」


 カズが気軽に声を返す。結依香さんはまたぴくっと震えると決心したように大きく息を吸った。


「あの、西村さん!」


「え、おれ?」


「この前はみんなをまとめるきっかけを作って下さりありがとうございました!」


 真面目――!


「あ、ああ、あれか。全然いいんだよ。だって結依――」


「神代さん!」


「いや最後まで話聞け!」


 カズのツッこみをものともせず、結依香さんは独走している。


「待ってくれ、神代は二人いる。どっちだ?」


 俺が聞くと、結依香さんははっと顔を上げ、俺を見た。


「では、大きな神代さん! 先日はみんなを参加させて下さりありがとうございました!」


 大きな、って?! まあ確かに平均身長は超えてるけれども。翡翠も小さいわけじゃないから、しっくりこない。


「お、おう」


「小さな神代さん! あのー……そのー……」


 そこで結依香さんは言いにくそうに言葉を詰まらせた。翡翠が何も言わずに首を傾げる。髪が一房、肩を滑り落ちた。


「お、お、お友達になっていただけませんか?」


「お友達?」


 翡翠が復唱し、微笑む。


「いいわよ。もう同じクラスという時点で私たちはみな、お友達だわ」


 結依香さんが顔を上げ、翡翠を見据える。何を言うかと思えば、いきなり涙を流し始めた。

 ぽろ、ぽろ、ぽろ。


「おいおい、泣くなよ」


 とカズ。


「どうしたんだ?」


 と俺。男は女の涙に弱いというのは本当かもしれない。

 慌てる俺たちを余所に、落ち着いて結依香さんを見ている翡翠に托す。


「そんなこと言って下さる方、初めてで……みんな、わたしのこと除け者にするし……。本当はみんなみたいに、キャッキャウフフな青春過ごしたいのに……」


 結依香さんは目を乱暴にぬぐった。結局、勉強にしか興味のない少女じゃなくて、普通の女の子だったわけだ。


「きゃっきゃうふふというのはわからないけれど、私などでよかったら喜んで仲良くして欲しいわ。お友達は一人でも多い方がいいものね。私も結依香さんのお友達作りに協力するつもりよ」


 結依香さんは嬉しそうに表情を明るくさせ、大きく頷いた。


「よろしくお願いします!」


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