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三十  in体育館

「いーち、にー、さーん、ナイスシュート」


 あの後はスムーズにリレーの順番が決まり、授業が終わった。一度部屋に戻り、体操服に着替え、部活に向かう。今日は体育館が使える日だ。シュートの数をカウントする女子の声が聞こえ、練習をもう始めているのだとわかった。初めてのちゃんとしたバスケット練習(学校では遊び程度しかやったことがない)in体育館に自分が少し緊張しているのがわかる。

 この学園の体育館はかなり広い。しかも二個ある。だから各民各性別ごとに分かれて活動が出来る。もう一つの体育館ではバレー部が活動しているらしい。


「よう、匡輝」


 野太い声がして、振り返るとバスケットパンツ(略してバスパン)を穿いた加藤がいた。ボールを手玉のように操り、腰の位置で回している。

 つーかこの前は神代って呼んでたのに、もう下呼びか。


「どうも、陽向先輩」


 俺も下呼びにすると、陽向はびっくりした顔をして、それから俺の頭をくしゃっと撫でた。


「お前、可愛いな。でも陽向でいい」


「わかりました、陽向」


 素直にそうした俺を満足げに見、陽向はにっと笑い仲間の中に戻っていった。

 やっぱり悪いヤツには見えないんだが。


「おい、大丈夫だったか?」


 こちらもバスパンを穿いた光が駆け寄ってくる。頷くと、光は俺の手を引いて連れて行き、雨出の民の男子バスケが活動する場所はここだと教えてくれた。

 そこにはもうみんなが集まっていた。吉田と山田などは準備体操を終えたようで、シュート練習をしている。カズはサッカー部の時と同じ準備体操をしていた。彼は立花先生からバッシュを借りて使っている。俺はバッシュを履こうと座り込んだ。合計五人の雨出の民男子バスケ。他のチームを見て見ると、平均十人は軽そうだった。


「遅かったな」


「ごめん、ルールとか本で確認してた」


「偉いな、やっぱ。おれ何もしてねーや」


「それはそれでダメだろ」


 ハハハと笑い合っているうちにカズは準備体操を終え、光にルールやシュートの仕方を教わりに行ってしまった。俺も慌てて準備体操を始める。すると、まるで磁石のように目が引きつけられた。

 陽向のプレー。

 ド素人の俺でも凄さがわかる。あの大きい体(一九〇㎝は軽いぞ、ありゃ)で俊敏に動き、フェイントも上手い。そしてシュートは外さない。明らかに熟練の動きで、小学生、いやもっと昔からやっているのが丸わかりだった。

 俺はなんてヤツの提案を受けてしまったのだろう。

 はぁ、とため息をつき、まだあきらめるなと自分に言い聞かせる。


「なぁ、ボールの正しい持ち方から俺にも教えてくれよ」


 不安を隠し、俺は光に聞きに行った。

 光の教え方はとても丁寧だった。


「できるだけ指と指の間隔あけた方がいいぜ。そうそうそう。それでシュート打ってみろよ」


 俺は陽向のシュートを横目に見てから打ってみた。

 ボールはゴールボードに当たって――カンと跳ね返ってきた。今は45度からのシュート練習だから、あの小さい四角の角にボールを当てるんだよな? それはわかってるんだけど、完全に跳ね返ってきた。


「うーん、まずまずだな。でも力みすぎ。もっと自然に打てよ。あと、もっとスナップきかせて」


 よし、練習あるのみ!


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「すげー上達力だな、二人とも。特に匡、お前ゴール下シュート絶対外さないじゃん」


 何とかコツを掴んだのは初めて体育館練習があった日の三日後だった。そこからは早い。ドリブルも形になってきたし、パスも早くなってきた。フットワークの腰を落として動くステップも割と出来ると鏡を見て思う。

 カズもボールが飛んできたらとっさに足が出てしまうものの、それがなければまずまずだ。


「ありがとな。そう言われると嬉しい」


 俺が素直に言うと、光はにかっと笑った。


「くっそぉ、おれも負けてらんねーぜ!」


 そう言うが早いか、カズはレイアップシュートをしにドリブルでゴールに向かっていく。


「このままいけば、水氷の民なら互角ってとこかな」


「え?」


「水氷の民はジャンプ力もスピードもそんなにない。あとはどういう作戦で来るかだな」


「でも油断は出来ない。何てったって俺とカズはまだ初心者だ」


「まあな。さぁ、そろそろ自主のシュート練は終わりだ。ランニングからフットワーク。始めるぞ!」


「はい!」


 と吉田と山田が答え、ボールを置きに行く。俺たち先輩(ここを忘れちゃいけない。ド素人でも一応先輩なのだ)はボールを彼らに投げ、ランニングを始める定位置についた。足の速さと体力ならそうそう負けない自信がある。だから俺は意気込んで走り出した。


・遥・


 わたしは火地の民のエリアにずっといる。そうしないと、また喧嘩になってしまうから。でもここから匡の頑張りをずっと見ていた。シュート練は黙々とやっているし、陽向の動きを真似ようと一生懸命になっている。部屋でも彼は頑張ってる。毎朝の筋トレは絶対欠かさないし。

 でも、勝つなんてさすがに無茶だよ。

 物憂げなわたしの表情に気づいたのか、陽向がわたしに近寄ってきた。


「どうしたんだ、遥?」


「何でもないよ、大丈夫」


「そうは見えないけど。ま、いつでも相談乗るからさ」


 そしてさらっと帰っていった。本当にいい人だと思う。みんなの誤解を解きたい。でも、わたしにはそれが出来ない。言わされていると思われるからだ。でも、匡なら。

 詳しく事情は言えない。変な先入観を植え付けても匡が困るだけ。だから、わたしは干渉できない。

 お願い、匡。陽向を助けてあげて。

 そう思う今日この頃だった。


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