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二十九  日常

 カズと翡翠と席を隣にして通常授業を終え(カズはずっと寝ている。光は別の仲間と一緒にいた)、戦闘授業になるかと思った。しかし、担任の先生が言ったのは今日の活動教室ではなく。


「来週は体育祭。まず、実行委員を一人決めます」


 体育祭があるのか。行事について俺は何も知らなかった。

そこからすぐに実行委員が決まり(眼鏡の真面目そうな女の子。髪は黒だけど目は青だから水氷の民だろう)先生の説明になった。


「種目とかは実行委員に彼らの集まりで決めてもらうけど、これは学年対決の勝負。高三対高二もありえるし、極端な話、高三対中一もありえる。そういうのはくじで決めてるわ。毎回優勝は高三と相場が決まってんの。でも、去年は違ったのよね?」


 去年からいるとみられる子たちがうんうんと頷く。


「高二が勝ったのよ」


 そんな怪談みたいに言われても。


「加藤陽向、知ってるでしょ? あれが大活躍。MVPも持ってったの。あと、杉山遥がサポートして。あの学年はすごかったわね」


「だからおれたちにも勝てってことですかぁ?」


 カズが間延びした声で言った。担任の先生は気合満々だ。


「そう! よく言ったわ西村くん! 今年も高二が勝つわよ~!」


 おー、とカズだけが言った。くすくす、と笑いが起こる。これじゃあ空回りだ。俺だって勝ち負けがあるなら勝った方がそりゃ嬉しい。だから内心気合十分だ。でもこんな状態じゃ難しい。絆のきの字もない。


「でも、今年ライバルすごいじゃないですか」


 後ろの方から声が上がる。


「まぁね。前回優勝の高三、天才率いる中三がライバルってとこかな。それ以外は蹴落とせるわよ!」


 おいおい、教師がそんなこと言っていいのか。


「というわけで。例年通り体育祭の日まで戦闘授業は中止。競技の練習だけよ。今日はそうね、毎年絶対にある学年対抗リレーの作戦を話し合ってもらおうかな。はい、じゃ開始!」


 真面目そうな女の子が立ち上がり、おろおろしている。どうみんなをまとめたらいいのかわからないのだろう。俺が助け船を出そうと立ち上がる寸前、カズが立ち上がった。


「んじゃ順番から決めようぜ! みんなの五十m走のタイム教えてくれよ。何か、紙は?」


「はい」


 翡翠がルーズリーフを一枚手渡した。カズがおう、サンキューと言いペンを持つ。


「みんなおれの周り集まってくれ! 実行委員ちゃんも早く早く!」


 気合のある男子と女子がすぐに来てくれ、だんだん紙が文字で埋まっていく。安心したように実行委員の女の子が駆け寄った。でも、動かないヤツもいる。一生懸命引っ張ろうとしている人を前にどうしてそういうことが出来るのだろう?


「どういう作戦がいいと思う?」


 カズはやる気のないヤツらを無視して話を進めているが、これでは絶対に勝てないだろう。全員が目標に向かって一生懸命になって、力を合わせないと。

 俺は立ち上がって、固まって遊んでいる男子連中に近づいた。


「おい」


「何?」


 談笑していた中、普通に声をかけるとうざったそうに返された。


「さっきのカズの声、聞こえなかったのかよ。体育祭は全員が協力しなきゃ勝てない」


「聞こえたし、そんなのわかってるよ」


 違うヤツが声を上げる。今度はまた、違うヤツが。


「でもそんな強いクラスいんのに勝てるわけないじゃん。やったって無駄無駄」


「無駄なことなんてない。クラスが団結できるし、今までよりいい環境になる。協力しようぜ」


 するとたらたらとカズのところに向かい始めた。根っこの方では勝ちたいと思っていたのだろう。


「あいつ、何様なんだよ。カッコいいからって調子乗りやがって」


 と言う声は無視することにする。今度は俺が近づいてくるのを見てきゃあきゃあ言ってるギャル集団だ。


「さっきのカズの声聞こえただろ。全員が協力しなきゃ勝てない」


「だってぇー、メンドイからぁ」


 髪を手に巻きつけて遊びながら、でもちらちら俺を見て言った一人。


「いいじゃん、別に。汗かくの嫌だし」


 携帯電話をぽちぽちやりながら、でもちらちら俺を見て言ったもう一人。


「何だよそれ。勝ちたくないのかよ」


「どっちでもいい」


「じゃあ勝とうぜ。負けるより勝つ方が気持ちいいだろ?」


「だってぇ」


「だって、何だ?」


 俺は髪の毛巻き巻きの子を覗きこんだ。彼女はイスから転げ落ちそうなくらい驚いて、そそくさとカズの元へ向かった。他の人たちもその子に続く。

 よかった。これで何とか全員参加まではもっていけそうだ。

 体育祭か、懐かしい。俺の参加する体育祭に、父さんが来たことはなかった。父さんはいつも忙しくて家にいられない。だから琳の授業参観や体育祭などに行くのは俺だった。部活を休んででも、琳のために。琳は優しくて、根は真面目で、純粋ないい子だ。そして本当は素直で俺を本当の兄だと思ってくれていて、養子であることを感じさせない。彼女自身、自分が父さんの実の子ではないということは知っている。それは彼女が十二歳の時に父さん自身で伝えた。その時、琳はしっかり受け止めたように見えた。伝える前と後で、お互いの態度は何も変わらない。

 それにしても最近、琳にはちょっと困っている。前にも言ったけど、改めて思うんだ。例えば、素直さ。いや、素直は素直なのだが、ツンデレで。さらに嫉妬深い。翡翠を見つけた日に家に入れてくれなかったのは、本当に焦った。あの日はめちゃくちゃ走ったのに、熟睡させてもらえなくてつらかったなぁ。クマみたいな黒いナニカに遭遇したときは――ん?

 黒いナニカ?

 はっと息をのむ。あれは――SSじゃなかったか?

 今ならわかる。そして追いかけられていたのは? 足しか見えなかったから見当もつかないけど、立花先生が「SSは民にしか見えない」と言っていたから……SSから逃げてたってことは、見えてたってことだから……。やっと気づいた。

 民が、あそこにもいたんだ。

 あの民は逃げられたのだろうか。今どこで何をしているのだろう。まさか、捕まって、実験台に?


「おーい、匡、何やってんだよー」


 カズの呼ぶ声に我に返った。


「悪い悪い」


 突っ立っていたままの足を動かし、カズの元へ寄る。

 考えたって、情報不足だ。何も出てこない。


「もー、うちの匡が困りますわぁ、また妄想を……」


「してねぇよ!」


 カズに鋭くツッコむと、みんながくすくすと笑った。

 悪くないかもな、こんな日常も。

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