二十七 緊急訓練にしよう Ⅱ
・琳祢・
ようやく気持ちが落ち着いてくると、あたしは起き上がって座り直し、ため息をついた。
何の役にも立てなかった。
やっとあたしの出番だと思ったらその攻撃が効かなくて、足を痛めた。まだじんじんする。でも一番憂鬱な理由は、足手まといになったことだ。お兄ちゃんが助けてくれなかったらどうなってたんだろう。
ミラーで立花先生を見ると、先生は車から顔を出しお兄ちゃんとSSを見つめていた。あたしも振り返ってお兄ちゃんをよく観察することにした。
さっきのお兄ちゃん、優しかったなぁ……。思わず言葉を失ってしまった。あたしにもいろいろ思うところはあるんだもんね。
お兄ちゃんは猛スピードのSSと互角、いやそれ以上の速さである。胸のペンダントが跳ねてかっこ――。じゃなくて、そこじゃなくて! それだけ速いことでもびっくりなのに、たまに蹴りを繰り出したりしている。あたしの時で効かないってわかってるのに、何でだろう?
「琳祢ちゃん」
「はい」
「君のお兄ちゃんは、なかなかに大物かもしれないよ」
ごくっと唾を呑んで立花先生が言った。
「何でですか?」
「僕がそう思っただけだけど、あながち間違ってはいないだろう?」
そう言った瞬間に、お兄ちゃんがジャンプしてSSに飛び乗った。ええ?! そしてSSの前方向についている刃物を、上から蹴落とした。SSは故障に驚いてぐるぐる回っている。お兄ちゃんも驚いてSSにしがみついた。
そっか。やっとわかったよ。
「お兄ちゃんは、ボディー部分じゃなくて刃物の部分だけを狙ってたんですね」
「その通り。花丸をあげようね。それだけじゃなくて、だんだん車から遠ざけてる。判断力、頭脳、体力、勇気、すべて良い。僕を見ているみたいだ」
最後の言葉は聞かなかったことにして、あたしはへぇと頷いた。やっぱり、さすがあたしのお兄ちゃんだ。超能力がなくてもSSを倒せちゃいそう。
その時、空が曇り始めた。しかもそれはここら辺だけで、少し向こうの空は今までと同じ快晴だ。
「え、何これ? やだよぉ」
怖くなって瞑想中の遥じゃなくて目の前の立花先生にしがみつくと、立花先生がアハハと笑いながら言った。
「君は本当に可愛いね。いいかい、空とSSをよく見ていてごらん。杉山の力だ」
「これが、遥の?」
そう、と頷く立花先生から離れると、あたしは後ろを振り返って立花先生の言葉通りにすることにした。
「わぁ……」
ぽつり、ぽつりと雨が降り出す。ガサゴソ、ウィーンという音に前を見ると、立花先生がバッグから折りたたみ傘を出して窓を開け、車の影に隠れている翡翠に渡したところだった。翡翠に傘の使い方は教えてあるから、すぐにバッと傘が開く音がした。
「そろそろかな」
そう言うと立花先生はまた窓を開け、叫んだ。
「匡輝、SSから降りなさい!」
「んなこと言ったって!」
お兄ちゃんの声が遠くから聞こえる。でも、お兄ちゃんはやってのけた。ごろごろとコンクリートの上を転がり、頭を両手で庇いながら止まる。
「お兄ちゃんっ!」
「琳祢ちゃん、今は行っちゃダメ」
先生がドアを開けようとしたあたしを少し低い声で窘めたため、あたしは安全なところから、お兄ちゃんとあいかわらずぐるぐる回っているSSを交互に見ることしか出来なかった。
ごろごろ、と大きな音。
「目を瞑っていなさい、琳祢ちゃん」
相変わらず瞑想中の遥をちらりと見てから、あたしは目を瞑った。ぎゅっと。
ごろごろ――
そこからは何とも形容しがたい音で、近くに雷が――落ちた。
雨の音が唐突に止み、目を開けると、SSは何かビリビリしていて。風に掻き消えるようにまた……き、消えちゃった。
「ふぅ、やっぱり時間がかかりますね」
「そういう能力だからね」
「遥がやったの?」
「そ。雨にしたのも、雷落としたのも、全部わたし」
「すごいや!」
ぎゅっと抱きつくと、遥は邪魔邪魔と言いながらも満更でもなさそうにあたしをぽんぽんと叩いていた。
「それより、匡は?」
「あっ!」
「ここだよ、こん畜生」
助手席のドアが開いていたのに気付かなかった。顔を覗かせてお兄ちゃんが不機嫌そうに言い捨てる。ずぶぬれで髪の毛が顔に張り付いてるけど、どこにも怪我をしていないようでよかった。お兄ちゃんは頑丈だ。
「よかったぁ!」
「匡、びしょびしょ」
「誰のせいだと思ってんだよ。つーかあんな能力あんならさっさと使え」
「ある程度辺りの環境を変えちゃうから、許可がないとやっちゃいけないの。それに発動までにこのわたしでも時間がかかるのよ。仕方ないでしょ?」
今度はあたしの横のドアが開いて、翡翠が傘をたたみ入ってきた。
「すごかったわ、遥。さすが代表ね――ってまぁ、匡輝くん濡れちゃって、可愛そうに」
自分のバッグをあさり、スポーツタオルを出した翡翠。
「サンキュ」
お兄ちゃんは制服をぽんぽんと叩き(ごしごしやると擦れちゃうから)今度は頭をガサツに拭いた。もう、こういうところは男の人なんだから。ペンダントを大事そうにタオルに滑らせると、最後に顔をぽんと拭いた。
「座っていいですか?」
「うん、僕は構わないよ。僕の車じゃなくて、学園のだし」
お兄ちゃんが助手席に座ると、雨の匂いがした。
「そういえば琳、もう足は平気なのか?」
「あ、うん」
自分でも忘れていたことを言われて――平然を装って答えたら、お兄ちゃんがそうかと微笑んだのがミラーで見えて、頬が赤くなるのを感じた。
……あ、べ、別にかっこいいとか、思ってないんだからねっ?!




