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二十六  緊急訓練にしよう Ⅰ

「いやぁ、君達も災難だったね。まさか初めての外出でSSに遭うとは。記念すべき初遭遇! おめでとー」


 車に戻り、ドアを閉めると立花先生が言った。読んでいた漫画を置き、クラシックを止める。俺はこれおつりです、ありがとうございましたと言って立花先生におつりを返した。でもこれからの資金にしていいよって言っておつりまでもタダでくれた。ありがたい。けど、殺されそうになったんだぞ? おめでとーって棒読みで言うなよ。


「本当ですよ。思ったより手強かったです」


 遥が言うと、立花先生が微笑んだ。ちなみに俺は助手席、他の三人は後部座席に座っている。左から遥、琳、翡翠である。今回は目立たないようリムジンじゃないから後ろは少し狭そうだ。


「だろう。でも来る戦いではあれがいくつ出るかわからないから、もっと訓練をしないとね。それに、遠隔操作のロボットじゃなくてよかったよ。あれ、人間が操作してるみたいだから顔を覚えられたら厄介だろう?」


 うんうんと四人で頷いていると、立花先生がエンジンをかけ、車が動き出した。琳が口を開く。


「それにしても、どうしてショッピングモールにあたしたちがいるってわかったんだろうね? それに、あの店に来るまでにお客さんに姿見られて、変だなって思われてるんじゃないかな?」


 それは俺も考えていた。どうしてあのSSは今日、この時間にこのショッピングモールにいたのだろう。それに、もう一つの疑問。あんな目立つ黒いナニカがいたら、騒ぎになるはずだ。

 その疑問に、立花先生があっさり答えた。


「ああ、それね。ショッピングモールとか、遊園地とか、大きいアミューズメントパークにはだいたい一体、もしくは二、三体あらかじめいるんだよ。民が来るのをまちぶせしているのさ。そいつらのたいていの仕事はその日来た民の人数を数えるくらいなんだけど、潜在能力の高くて強そうな子なんかを見つけると襲ってくるの。そういうレーダーはついてるんだよね。だからそれを未然に防ぐ為に民の見回り部隊っていうのがあって、それがSSを壊してる。でも今回のは壊し残しか、新しく来ちゃったんだね。警備を強化しないと。あ、そうそう、SSっていうのは民にしか見えないみたいなんだ。だからさっきの君たちは、普通の人たちにはただ四人で戯れてるようにしか見えなかったはずだよ」


 最後の方はへらへらと笑いながら言った立花先生。ん?


「俺、民じゃないのに見えましたよ?」


 立花先生がはぁ、とため息をついた。


「匡輝、君は民だよ。戦闘能力がそれを示してる。ただ、超能力を親から受け継いでいないだけなんだ」


 超能力がないんじゃ、ただのアスリートみたいなもんだ。


「俺が民なら、どうして身体特徴が合致しないんですか? それに、俺、何の民なんですか?」


「待って待って、落ち着いてよ。どうして身体特徴が合致しないのかはわからない。調べたところ、稀に――本当に稀に、民の子でも超能力を受け継がなかった者がいたって学園伝承の文献に出てた。ただその人たちは、外見が普通の人間と一緒で、戦闘能力もないらしい。まあ、要はただの人間だね。匡輝は戦闘能力は普通の民以上にあるでしょ? つまり、本当に前例がないってこと。だから何の民かもわからない」


 俺は平凡だ。ただ少し人より勘が良くて、運動が出来るだけの。立花先生たちは嘘をついてるんじゃないか? 俺はただの人間なのに、民だっていう嘘を。でも彼らにはそうする利点がない。あー、よくわかんねぇな。

 でも、ここで少し推測できることがある。身体特徴と超能力は共通に持たれるものだということ――例えば雨出の民なら、目が灰色じゃなきゃ雨出の力がないってことだ。

 少し拗ねていると、彼が何度かミラーで後方確認をしていることに気づいた。


「何ちらちら後ろ見てるんですか?」


 遥が不機嫌そうに言うと、立花先生がにやっと笑った。


「いやぁ、後部座席には美少女、横には美少年、僕は美青年だからこの車襲われやすいだろうなって」


 はぁ、と呆れたように遥がため息をつき、翡翠がぽっと頬を染める。琳も美少女と言われて嬉しそうだ。みんな綺麗な顔立ちをしているからって、平凡な俺を情けで――って、わっ!


「何嘘ついてんですか! SSが追ってきてるの、何で言わないんですか!」


 そう、何気なくミラーを見たら、黒いナニカ――SSがついてきていたんだ。これに立花先生は前から気づいていたのか。それにこの余裕。やはり手練れだと言わざるを得ない。いつもふざけているが、本気を出したらどんだけ強いんだろう?


「あれ、気づいちゃった?」


 そのおどけたような言葉と同時に車に振動が来た。どんっ。後ろから追突されている。


「嘘でしょ?!」


 遥がぎょっとして振り向いた。翡翠は振動に驚いて身を竦める。琳も不思議そうに振り向き、げっ、と叫んだ。


「杉山。そろそろ君の能力を見せてあげなさい。翡翠ちゃん、近くに小川があるだろう? あの水を使って車に防御を張ってくれ。琳祢ちゃんはあいつに一発攻撃入れてごらん。匡輝は、囮役ね。緊急訓練にしよう」


 立花先生が言い、車が道路のど真ん中で止められた。山道だし、いまだ車とすれ違ったことはないので大丈夫だろう。後ろを向いていた遥が無言で頷く。そして目を閉じ、両手の指を絡め、集中を始めた。

 やっぱ俺の扱い悪いんだよなぁ。命令に従うのが少し恥ずかしかったけど、素直になることにした。

 俺は真っ先に車を出た。SSが俺に向かって動き出す。よし、ちゃんと囮になれたようだ。続いて翡翠が出てきて、手を地面と平行に上げた。すると大量の水が空を飛んできて、車を包んだ。完全に能力をモノにしている。すごい。最後の琳が屈伸を始めた。おいおい、準備体操してる暇ねぇだろ。おっと、SSが俺に突進してきた。つーか突進ってどんな攻撃力? でもよく見ると何か尖ったキラリと光るものが前に付いているのが見えた。こりゃ当たるわけにはいかない。寸前でひょいと避けると、俺を通り越し、でもまたくるっと向き直って俺に突進してきた。ってか、こいつ前後ろあるんだ。あ、そっか、凶器が前にしか付いてないからか。

 視界に琳が入ってきた。琳はSSに向かって走り出し、そして、


「はぁっ」


 回し蹴りを放った。しかし、カンッ、という乾いた音がして琳が足を押さえる。


「いったぁーい!!」


 どうやら堅いタイプだったらしい。痛がる琳を標的にしたSSは、彼女に突進していった。琳はそれに気づいたが、足が痛くて動けないようだ。


「琳!」


 翡翠が悲鳴に近い声をあげる。俺は走り出した。間に合うかわからない、でも――。


「手ぇ伸ばせ!」


 全力疾走してくる俺に驚きながらも、こっちに手を伸ばした琳。琳とSSの距離はもう少ない。俺はその手を掴み、ぐいっと引き寄せた。

 琳がいたところを、SSが走り抜けていく。


「危ねぇ危ねぇ。おい琳、大丈夫か?」


 俺は心配になって抱き留めていた琳を離した。見ると、琳は俺の胸の位置で口をパクパクしている。


「どうした? そんなに痛いのか?」


「ち、違う」


 何だかまた耳までピンク色だ。


「ったく、どんな攻撃が効くかわかんねぇんだから、初めは様子を見るべきだろ。遥の攻撃を待ってからでもよかったんだし。まぁ、俺が言えることじゃねぇけどさ」


 俺は琳の背中に手を当て、両膝をすくった。要はお姫さま抱っこをしたわけだ。SSはまだ方向転換をしている。俺は車に駆け寄り、開いたままの後部座席のドア(車の周りに水のヴェールがあったのに俺の付近だけ解除してくれた。翡翠は気が利く)を足でより開け、琳を放り込み(言い方が悪かった。遥の隣に寝かせたと言うべきか)またSSの気をとろうと走り出した。


「翡翠は車の陰に隠れてろ!」

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