二十五 初遭遇 Ⅲ
・琳祢・
お兄ちゃんと一緒じゃないと、安心できない。
あたしは翡翠に似合いそうな下着を探しながらそう思った。やっぱり横にお兄ちゃんがいないと、寂しい。
「翡翠、これなんかどう?」
「少し派手すぎないかしら」
「これはー?」
「琳、さっきも翡翠はフリルが恥ずかしいって言ってたでしょ?」
「だって可愛いんだもん」
そう言い返し、また探し始める。
何個いいのを見つけてもダメ。もーっ、遥のいじわるっ。でも、いじわるで言ってるわけじゃないっていうのはわかってるから。けどやっぱり言いたくなる。遥のいじわるっ。
「ん?」
あたしはあるものに目を留めた。あたしが翡翠の下着を探していたのはお店に入ってすぐのところ。だからお外の様子はすぐわかる。
開けっ放しのドアから、何か黒いものが入ってきたんだ。
黒いコートを着たおじいちゃん? ううん、それにしては生気がない、黒いナニカ……。
「ねぇ、遥」
「何?」
遥は振り向いてくれないで、翡翠に似合いそうな下着を探している。
「ねぇってば」
「何よ、言いなさいよ」
少しいらいらとした声で遥が言い、あたしはそのドアで固まっている黒いナニカから目を離さずに言った。
「何か変なのがいる」
はっと遥が振り返り、黒いナニカに目を留める。そこからが早かった。
「民、三名確認」
くぐもった音声がそう告げる。
「逃げるよっ、店から出る!」
「えっ?」
遥がもう一つのドアに駆ける。何かよくわかんないけど、あたしも下着を放り出して遥を追いかけた。あたしの前を翡翠が走っている。店員さんをちらっと見たら、黒いナニカには気付かないみたいで急に走り出したあたしたちをびっくりして見ていた。
「どこまで行くの?」
「とりあえずスタッフ用の駐車場。あそこなら広いし、一般客もいないだろうから。ほら、来ちゃうから走って走って!」
「あれ、追いかけてくるの?」
「そ。倒さない限り、一度遭遇したら大抵はね」
爆走しながら聞くと、遥は冷静に答えた。誰も乗っていないエスカレーターを走って降りる。
「駆け上がったり、駆け下りたりはしないでください」
アナウンスが流れているそばからやっちゃったよ、ルール破ってごめんなさい。
「あれ、何だったの?」
ショッピングモールから出ると、遥は自分たちが出てきた自動ドアに向き直り、にやりと笑ってみせた。
「噂のSS」
「あれが――?」
あたしも、荒い息をしている翡翠も、ゆっくり自動ドアを振り返った。
「さぁ、いきなりの実践訓練といきましょうか!」
そこには、黒いナニカが平然といた。その雰囲気に思わず身が竦む。
「民、三名再確認。攻撃ヲ開始スル」
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バッシュ、バッシュ……お、あった。メーカーもデザインもいろいろだ。
俺はどれがいいか物色し始めた。
「どのようなものをお探しで?」
しつこい店員が話しかけてきたが適当にあしらい、黒のラインが入った白地のものに決めた。サイズも合うし、通気性もよさそうだし、動きやすそうだし、気に入った。
会計を済ませ、俺はショッピングモールの地図を見ながら女性用の下着屋に向かった。一人で入るのは初めてだったから緊張したけど(琳の小さい頃はよく一緒に選んだものだ)俺は平静を装って入ってみた。
店内を見回しても、店員二人しかいない。もう買って移動してしまったのだろうか。一度店内を出て、携帯電話で遥に掛けてみた。出ない。不安になって店員に話を聞いた。
「あの、ちょっと前くらいに三人組の女の子が来ませんでしたか?」
「ああ、あの子たちね。みんな可愛くて、しかも白髪なんて初めて見たからよく覚えてるよ。でも急に出ていっちゃって。何か万引きでもされたのかと今調べてたところなんだ。今のところは、何も無くなってないけどね」
「そうですか。ありがとうございます」
俺は店内を出て、とにかく一階に降りた。きっと何かあったんだろう。最悪、SSに遭遇したとか?
どこにいるんだ?
とりあえず、可能性がありそうな場所を探すしかない。だが見当もなしに走り回ったって無駄が多すぎる。俺は目を閉じ、考えた。ここはショッピングモール。SSに遭遇したと仮定しよう。逃げたとしてもどこへ行く? 遥の性格だ、学園の方に来たら困るとか何とか考えてきっと倒そうとするだろう。だとしたら、客は少ないけど確かにいるから、そういう人に被害の出ない広い場所に行くはずだ。というと、建物内だとは考えにくい。ということは……。
スタッフ用の裏の駐車場?
俺は駆け出した。
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俺は目当ての場所へ繋がる自動ドアから転げるように出た。
「お兄ちゃん!」
「琳、大丈夫か?」
「うん、みんなもどこもお怪我してないよ」
バンバンッ、と遥が銃声を響かせる(遥はスカートの中の太ももにいつもホルスターをつけているらしい。それは立花先生から聞いていた)。琳は遥に隠されるように立っていて、少しズレて前を見ていた。翡翠もどうしていいのかあたふたしている。
あれがSSか。
ん? どこかで見たことあるような――。
考えている間に遥の放った銃弾は、SSにカンと跳ね返って落ちた。遥の舌打ちする音が聞こえる。
「忘れてた。ビービー弾の銃を本物と交換したままだったの」
「マジかよ?!」
俺は叫んだ。そこで初めて遥は俺がいることに気づいたようだった。
「早かったね」
「まぁな。ってか、大丈夫なのか?」
「うん、能力があるから――」
と、SSから何かが飛び出した。それは徐々に速度を増して、遥に襲い掛かる。
「危ないっ!」
誰がともなく叫び声が聞こえ、琳が目を覆う。
バンッ
「遥……?」
おそるおそる聞いた琳の声に、俺ははっと我に返った。
「だーいじょうぶ。わたし、そこまで軟じゃないからね?」
ビービー弾の銃を構え、直前でその飛来物を撃ち落とした遥。ったく、焦らせやがって。それにしても、ビービー弾で撃ち落とせてよかった。
「もーっ! 心配させないでよぉ!」
「遥、気ぃ抜くな!」
飛来物がどんどん遥を襲う。さすがに撃ち落とすのがキツそうだ。
能力のない俺じゃ、SSを殴る蹴るくらいしか出来ない。でも、あの弾の跳ね返る乾いた音だと、硬いんだろう。効かないはずだ。それなら――。俺はバッシュとパジャマの入った袋を放り出した。
「翡翠!」
近くにあった水道の四つの蛇口を片っ端から全開にする。気づいたように翡翠が口を薄く開き、腕を水道に向かって上げた。
水がひゅっと浮き上がり、一つにまとまる。そしてSSに向かって翡翠が手を下ろすと同時に、すごい勢いで五十㎤ほどの水が襲い掛かった。
「ギギッ、停止、停止」
重さと勢いで少し潰れているSSは、そんな音声を流して――。
黒い靄になり、消えた!?
「遥が言ったとおりね」
確かに消えるとは言っていたが……こんなにも風にかき消されるように、さらにまったく影形残らず消えるなんて思わなかった。
「でしょ? あー疲れた。わたしもね、SSと本当に戦ったことなんてなかったから焦ったわぁ」
「じゃあ何でいろいろ知ってるの?」
「先生に聞いてあったの。というか、必修だよ。それぞれSSには、特化しているところ――例えば、火に強いとか、銃が効かないとか、と、弱点が絶対にあるの」
だから立花先生はカズを救うのに手間取ったのか。水に強いSSなんかがいたら、立花先生にとっては厄介だろう。
そういえば、襲われている時に立花先生に電話すればよかったのだと今気付いた。
「こいつの仲間がいるかもしれない」
俺は辺りを見回した。今のところはいないみたいだけど、用心するにこしたことはない。
「うん、ここはもう危険」
そこから少し話し合って、四人とも同行動で、俺は立花先生に電話をし、その間に三人が素早く下着を買うことになった。




