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二十四  初遭遇 Ⅱ

「着いたよ~」


 気のない立花先生の声が告げ、俺たちは口々にお礼を言い車から降りた。広い駐車場である。琳、翡翠はわくわくした様子で、何度か来たことがあるらしい遥と談笑を始めた。俺たちは立花先生が降りてくるのを待った――が、なかなか降りてこない。俺はだるいと思いながらも運転席に回った。


「何してるんですか?」


 立花先生は、運転席でクラシック音楽を聞きながら漫画を読んでいた。


「漫画、読んでるだけだけど?」


「いや、そういう問題じゃなくて……同伴なんですよね? 行かないんですか?」


「うーん、メンドイ」


 何て無責任な教師だ、こいつは!

 しばらく問答を続け、結果、携帯の赤外線通信で電話番号とメールアドレスを交換した。そういえば、教師って生徒とこういうことしていいんだっけ?


「何かあったら呼んでね。すぐに行くから」


「間に合わなかったらどうするんですか?」


 立花先生が鬱陶しそうに手を振る。


「大丈夫、選抜クラスとAクラス、Bクラスがいるんだから」


 俺はその言葉に古傷をえぐられた気がした。俺だけ、Iクラス。ええい吹っ切れ、神代匡輝!


「そうですか。では」


「資金は僕のポケットマネーなんだから、大事に使ってよ」


「わかってます。感謝もしてます」


 俺は彼に一礼し、三人と建物に歩き出した。振り返ると、立花先生は漫画に熱中しているようだった。


 資金は十五万円。かなりの高額だ。これだけのお金を立花先生がポケットマネーから出してくれたとは信じがたいが、本当なんだ。俺たちは一文無しで家を出てきてしまったから。もしかしたら俺たちを気に入ってくれているのかもしれない。遥の生活用品はそろっているから、俺たちは各五万円ずつでこれから使うものを買わなくてはならない。パジャマとか、下着とか、その他各人が必要なものを。私服は滅多の滅多に着ないので必要ないと言われた。


「まずはパジャマ見に行こうよ!」


 琳が楽しそうに言った。琳はいつも買い物ではしゃぐ。そこは可愛いのだが、絶対にソフトクリームを買ってくれとごねるのが困る。今日は無駄遣いが出来ないから、意地でも与えないようにしなければ。

 平日の朝なだけあり、ショッピングモールはガラガラだった。


「ああ」


「学園長にお話を聞いた時から気になっていたのだけれど、ぱじゃまとはなぁに?」


 翡翠が首を傾げる。俺たちはパジャマだろうがコスプレだろうが何でもありそうな衣服店に入った。適当に散策していると、パジャマがずらりと並んでいるゾーンを見つけた。


「寝巻き、かな」


「あら、寝巻きをそう言うの。ぱじゃま、ぱじゃま。くすっ」


 自分で言って自分で楽しんでいるこの翡翠を見ているとすごく和む。


「ねぇ、お兄ちゃん! これなんかどうかな?」


 琳の声に振り返ると、彼女はピンク地に白いフリルのついたワンピースを体に当ててにこにこしていた。


「いいんじゃねぇの? でもお前は寝相が悪いから、ズボンの方が冷えないぞ。これから寒くなるんだし」


 あからさまにぷくっとふくれっ面をし、琳はまたごそごそとハンガーにかかったパジャマをあさり始めた。


「あ、翡翠良い! 似合うよ」


「そうかしら……?」


 今度はその声の方――試着室の方を向くと、俺は目に飛び込んできた翡翠の姿に驚いた。翡翠が着ているのは、丈の長いもこもこの、真っ白なネグリジェ。暖かそうだし、似合ってるし、可愛い。


「どうかしら?」


 俺が見ているのに気付いてくるりとまわってみせた翡翠。ネグリジェの裾がひらひらと舞った。


「いいと思う。これからの季節に合ってるし」


「これ絶対買うべきだよ!」


 遥が翡翠を後押しして、翡翠はうーんとうなってから頷いた。

 俺はパジャマゾーンを出て、灰色のトレーナー上下を手に取った。サイズも合うし、シンプル。これで決まりだ。パジャマゾーンに戻ると、琳も緑の甚平みたいな長ズボンのパジャマに決めていた。行こうか、と声を掛け、レジで精算する。


「次はどこ行く?」


「俺、スポーツ用品店に行きたいからどこかを見ていてくれ」


 バスケットシューズ(略してバッシュ)を買いに行きたかったからだ。


「でも、離れたら危険だよ。どこにLovelessがいるかわかんないんだから」


 ん?

 今、琳がLovelessと言った瞬間。何か視線を感じたような……。周りを見回しても誰もいない。

 気のせいか。


「特に匡、あんた能力ないんだからね」


 ったく、遥は痛いところを突いてくる。


「大丈夫だ。身体能力ならみんなに絶対負けないし、何よりこれがあるだろ」


 俺は携帯電話を見せた。翡翠と琳は持っていないけど、遥は持っている。琳たちが遥とはぐれないかぎり大丈夫だろう。


「まぁそれはそうだけど……」


 琳はまだ渋っているが、遥がきっぱり言った。


「じゃ、何かあっても自己責任ね」


 そしてくるっと背を向けて歩き出してしまう。


「ちょっと遥!」


「いいの、わたし、陽向と何回か学園を抜け出してここに来たことあるんだけど、一回も遭遇してないから」


 手をひらひらと振り、遥は歩を進めていく。


「どこにいる?」


「下着見てくるよ! 翡翠、もう限界だろうから」


 琳が言った。

翡翠はずっと琳のスポーツ用下着を着用している。胸の大きさが全然違うから、だいぶ苦しい思いをしていただろう。


「俺のも適当に見てきてくれ」


「自分で見なさいよ」


 遥に一刀両断され、俺は肩を竦めた。ちぇっ、面倒くせぇ。

 俺たちはそこで、一度別れた。


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