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二十一  マジかよ

 俺は立花先生とそのまま別れ、寮にまた戻ることにした。ゆっくりメールの文面を考えたかったからだ。

 部屋のドアを開けると、遥がぼんやりと自分のベッドに腰掛けていた。


「どうした、遥?」


 遥は俺に気づくと、はっと立ち上がり、ツンとした声で、


「どこ行ってたのよ?」


 と言った。何で怒ってるんだ? と思いつつ、


「別に。話すと長くなるから」


 と返すと、遥はあからさまにむすっとした。


「匡、バスケ部入るんでしょ?」


「ああ。遥、マネージャーだってな。何でサッカーやめたんだ?」


「別に。話すと長くなるから……なんてね。匡には関係ないよ」


 はにかんだが、少し切ない笑みだ。遥は、こう続けた。


「ねぇ、何でもいいから、バスケ部だけはやめて」


「は?」


 懇願するような目つきで言われると、こっちも不安になる。


「お願い。深くは言えないけど、やめて」


「嫌だよ。もう入部届も出したし、決めたんだ」


 遥がため息をつく。諦めている感じだった。


「本当、一回決めたら聞かないもんね、匡は」


 俺が肩を竦めておどけてみせると、遥は来て、とだけ言い部屋を出た。

 彼女は本当に焦っているようだったので、俺は深くは聞かずメールを後にして先を急いだ。


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 今日は筋トレの日だったらしい。体育館は、バレー部やバドミントン部などの同じく体育館を使う部活と曜日ごとに使用の割り振りを決めているそうで。なら外のバスケットゴールがある校庭でやればいいと思うかもしれないが、今日は雨(ちなみに、雨だから天象の力で晴れにしてしまおうとか言う裏ワザは校長の許可なくしてやってはいけない校則がある)なので外で活動できない。よって校内で筋トレってわけだ。

 筋トレはバスケットボール部の各民、各性別、指定の教室でやるようなので、遥に連れて行ってもらった。


「おっす、匡! 遅かったな」


 すでに回を重ねているのだろう、汗だくで腹筋をしながら光が言った。その横で――。


「なぁ光」


「どうした、匡?」


「雨出の民のバスケ部の他部員はどうした? ああ、階段で兎跳びやってた奴らが――」


「ちげーよ、それは野球部。え? これだけだけど?」


「嘘だろ――?」


 けろっとした顔で言った光を見、俺は舌打ちをした。

 なぜなら、光の横には二人の男子部員がうつぶせで寝ていただけだったからだ。


「なぁ、嘘って言ってくれよ」


 俺は後ろに立っていた遥を半ば諦めながら見やった。


「残念だけど、雨出の民の男子バスケ部員はこれだけ。匡を入れても四人なの」


 遥が肩を竦めながら言ったのを聞き、俺は大きなため息をついた。

 バスケットボールの試合に出場できる人数は、先発の五人と交代要員七人。コートに立つのはたいてい五人である。しかし、これでは――。


「試合自体、出来ねぇ」


「そゆこと。今のままじゃおれたちは公式的な試合も出来ずに卒業を迎えることになる」


「マジかよ」


「マジだ」


 俺はもう一度大きなため息をついた。これは弱小どころの問題ではない。それ以前の問題だ。


「何でこんなに人数が少ねぇんだ?」


 この教室に来るまでに他の民のバスケ部が活動しているのをドアの窓から見たが、女子も男子も大人数でわいわいと賑わっていた。なぜただ一チーム、雨出の民の男子バスケ部だけがこんなに廃れているのか。


「それは――」


 そのとき、ドアがばんっと開き、一人の大柄な男が教室に入ってきた。


「遥、おせーよ。何こんな奴らと水売ってんだ?」


「加藤……」


 ごくり、と唾を呑んで光が呟いた。それを聞き、加藤と呼ばれた青年はぎろりと光を睨みつける。遥の顔が引きつっている。何が起きているんだ?

 そういえば、こいつ、見覚えがある。確か、飯の時に火地の民の祈りを先導して捧げているヤツだ。


「ごめん、行こう」


「だな、さっさと行こうぜ。遥は火地の民のマネージャーなんだからな」


「うん」


 加藤が光を一瞥し、遥の手を引いて教室を乱暴に出ていく。遥が名残惜しそうにこっちを見ていて――彼女の横結びの髪も窓から見えなくなり、足音も聞こえなくなってから、光が立ち上がってロッカーを蹴り飛ばした。


「あいつ、何なんだ?」


「加藤陽向。高三で、いばりくさってる。杉山先輩を奪い取るためにおれたち雨出の民のバスケ部を廃部寸前までに追い込んだ張本人だ。おれは加藤と喧嘩になって、Gクラスから降格された」


 やはり光はもっと上のクラスだったのか。


「どうやって?」


「まず、一人を加藤の仲間数人で取り囲む。で、杉山先輩についていろいろ意見を聞きだして、好意をもってたり庇おうとしたりする素ぶりを見せると殴られるか、蹴られる。もう二度と関わらないように、って。おれも何度もやられてるけど、あいつらなんかに負けてたまるか! あんな卑怯な奴らに――!」


 そういうことだったのか、と俺はついに合点がいった。

 あれだけ大柄で逞しければ確かに怖いし、強いだろう。しかも集団暴行なんて。それで身の危険を感じたか、嫌気がさしたかでみんな辞めていったんだな。その卑劣な行為の目的は一つ。

 遥を、奪い取るため。

 遥は雨出の民だ。雨出の民のバスケ部を懇意に応援していてもおかしくない。それに嫉妬したか、あるいは、関わりを絶たせて自分だけのものにしたかったか。どちらにせよ、くだらない理由だ。


「元々杉山先輩はサッカー部のマネージャーだったんだ。それを無理やりバスケ部に来させて、しかも雨出の民を応援したら先輩じゃなくておれたちが傷つけられる。だから、杉山先輩も下手に動けない。そうやってどんどん杉山先輩をがんじがらめにしていってるんだよ」


 好きなサッカーまでも辞めさせられたのか。

 ひどい。

 俺は眉間にしわが寄っているのを感じて、慌てて気持ちを落ち着けようとペンダントを握った。


「おい、そこの寝てるヤツら」


「は、はい!」


 やる気なさそうに寝ていた2人はぱっと正座をし、俺に向き直った。見たところ高1だろう。


「誰だ? あと、何でバスケ部辞めなかった?」


「はい、吉田です。おれは、どうしてもバスケが好きで、諦めきれなかったから……」


 背がひょろっと高く、やけに色白な吉田はかしこまって答えた。


「はい、山田です。バスケ好きだし、あんな卑怯な奴らの思い通りになるの、嫌だったから」


 背が低く、真四角の黒縁眼鏡が特徴の山田も背筋をぴんと伸ばして答えた。

 二人の共通点は、バスケと言うときに目を輝かせることだ。よほど好きなのだろう。

 光もにやっと笑って二人の頭をくしゃくしゃに撫ぜた。


「お前ら、言うときは言うじゃんか」


「はい!」


 吉田がにっこり笑って返事をすると、山田も大きく頷いた。


「光、加藤は強いのか?」


「ああ、喧嘩じゃ負けなしらしい」


「ちげぇよ、バスケだよ」


「……超強い。センターで、ダンクシュートも出来る。足も速いし、足腰が強い」


「わかった。吉田、お前センターか?」


 バスケは体育でしかやったことがないけれど、筆記のテストでルールやポジションが出たからそれで覚えていた。

 ポイントガード(ボール運びをしたりや指令を出したりする役割)

 シューティングガード(ポイントガードの補佐をしたりや3ポイントシュートを打ったりする役割)

 スモールフォワード(守備に切れ込んだり3ポイントシュートを打ったりする役割)

 パワーフォワード(守備に切れ込んだりリバウンドを取ったりする役割)

 センター(リバウンドを取ったりゴール下でシュートしたりする役割)

 まあ大まかに言うとこのようになると俺は習った。センターは一般に身長やジャンプ力が必要になると聞いている。だから、この中で背の高い吉田が一般論ではセンターだと思ったんだ。


「はい」


「コーチ、いるか?」


「ほとんど来ないです。来ても寝てます」


「まずバスケをやってるところ見たことありません」


「とんでもないヤツだな。名前は?」


「立花真哉先生です」


「あいつかー!」


 俺は頭を抱えた。これでは部を立て直すも何もない。


「まぁいい。勝手にポジションチェンジだ。俺がセンターをやる」


 吉田が度胆を抜かれたような顔をした。光が止めに入る。


「待ってくれよ匡、センターってかなり大事なポジションだぜ? 経験のない匡じゃ……」


「大丈夫、これから本気で練習する。俺の方が身長もジャンプ力もあるし、体も丈夫だと思うんだ」


 俺は本気だった。

 遥を助けるため。部を立て直すため。

 よく知らないけど、そんなことをするヤツらにやられたままでたまるか。


「わかった。信じるぜ、匡」


「でも、一人足りないって問題が……」


「それも大丈夫。いいヤツがいるんだ」


 俺は心配そうに口を開いた山田ににやりと笑って見せた。三人は首を傾げ、顔を見合わせた。


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