十九 はじめての戦闘授業
始まったSNA生活。
高校二年生として少し早いくらいの学習内容をやるハイペースな、でもまあ普通の退屈な授業を受け、七時間目になった。
「じゃあ、これから戦闘授業に入りまーす。クラス別に教室言っていくからね」
そしてずらずらと担任の先生(雨出の民の女教師)が戦闘クラスの教室を言っていった。俺の戦闘授業をする教室は、今いるこの教室だった。ってか、ここで実技の練習すんのか? 危なすぎるだろ。
「ってことで、解散! ほら、さっさと行動しなよー」
俺は席を変えず、配給してもらった教科書等を学校指定の鞄に入れ、伏せて寝たふりをした。
「きゃぁ~」
何回か少女の歓声が聞こえ、横に誰かが座ったのを感じる。
「匡輝、だっけ?」
低い声。俺は体を起こし、声の主を見た。
黒髪に灰色の眼。肩に紅色のバッジをつけた、雨出の民。でもそれ以外には特に特徴のない、平凡な少年だった。あ、ただ髪を一房だけ茶髪に染めている。結構イマドキなのかもしれない。
「ああ」
「おれは高校二年の早乙女光芽。見ての通りの民。光って呼んで。よろしくな」
「おう、同い年か。匡って呼んでくれ」
ならば話しやすい。光は人懐こそうな笑みを浮かべながら、俺を見て言った。
「わかった。なーんかさ、驚いたよ。匡、見た目強そうだから、Iなんか身の丈にあってないような気がしてさ」
「俺、戦闘能力測定パスしたから」
「えっ、そんなことできんの? 意外とヤンキーなんだ、匡って」
「ちげぇよ。やり方が気にくわなかったんだ」
何の為に、こいつは俺に近づいてきたのだろう? 疑問に思いながらもそんな話をしていると、ガラガラ、とドアが開き、男の先生が入ってきた。火地の民か。見たところ五十代前後といったところだ。
「はい、じゃあ戦闘授業を始めます。まずは、前回の復習からね」
そう言うと先生は、黒板に能力と書いた。
「能力を開花させるきっかけは、人それぞれです。生まれた時から開花している人もいれば、途中で無理矢理開花させる人もいます。はい、今開花している人手挙げて」
一番前の席にいたので後ろを振り返ってみると、ほとんどの生徒が手を挙げていた。Iクラスでもこれだけの人数が能力使えるんだ。
まぁ、俺はただの人間だから、使えないんだけど。
「では、今日は実践編。民ごとに分けて能力の授業をしていきます。おっと、その前に……」
そう言うと先生は、窓を開け、なにやら集中し始めた。そして、かっと目を開くと、
「エイヤー!」
と叫んだ。俺が吹き出しそうになったことは言うまでもない。でも次の瞬間、開いていた窓から土が飛んできて……。
あっという間に、教室の中の周りが土で塗り固められていた。
しかもみんなは全く驚いていない。これくらい、先生なら当たり前なのかもしれない。
「じゃあ、まずは火地の民から。教壇の前に集まって。他の子は自習」
いや自習道具とか持ってきてねぇし……。あ、さっきの授業の復習でもするか。そのように考えていると、周りは普通に話し始め、自習ではなくなっていた。先生も特に注意せず、熱心に火地の民の生徒達に何かを教えている。と、光が俺に話しかけてきた。
「よかった、今日は実践授業で。Iクラスはだいたい座ってただ話を聞いてる授業だから、つまんないんだよ。話って言っても、戦法とか能力の制御方とかなんだけど。選抜クラスなんかは毎回戦闘実践やってるんだぜ? いいよなぁ」
「光は、前は違うクラスだったのか?」
俺は光の口ぶりから気になって聞いた。
「うん、いろいろあったんだ」
それきり黙ってしまった。気まずい。俺は話題を変えようとして言った。
「部活、ってどんなのがあるんだ?」
光は目を輝かせた。
「何でもあるぜ? メジャーなのは何でも! あと、弓道とかライフル――まぁ、銃全般――とか薙刀とかかな。なぁ、匡!」
光はにっこりして俺に言った。
「バスケ部入れよ!」
バスケットボール部。
こいつは、俺をバスケ部に勧誘するために近づいてきたのか……まあ、いいけど。
「お前、バスケ部なのか?」
「うん。小さいころからミニバスもやってきたし」
「ふぅん」
俺は、サッカー部に入ろうと思っていた。大好きだし、楽しいし、今までやってきたし。でも、サッカーにこだわる理由はない。幼いころ、父さんに教えてもらったわけでもない。父さんはいつも会社で、遊んでもらったことはほとんどなかった。それに、こんな新しい環境なら新しいことに挑戦するのもいいんじゃないか。光っつー新しい友達もできたことだし。そう思えてきて。
よし、決めた。
「いいぜ」
「本当か?」
「俺、今までサッカーやってきたから初心者だけど、それでもよかったら教えてくれよ、バスケ」
「もちろんだよ! やった!」
光は今度は嬉しそうな顔をして話し始めた。
「この学園では、民ごとのチームに分かれて練習・試合をするんだ。それが、雨出のチームは弱小でさ……」
少し光の顔に影ができた。
「スピードがあるのに、技術と頭脳が追い付いてない、というかやる気がないんだ」
「何かあったのか?」
光はまた黙り、少し俯いてしまった。
「はい、次は雨出の民、来てー」
ちょうどそのとき、先生が声をかけた。俺たちは会話を切り上げ立ち上がり、教壇に近づいた。雨出の民は結構多く、Iクラスの半分以上を占めている。すぐに教壇の周りはいっぱいになってしまった。よかった、すぐに行動して。俺たちは最前列にいたから、先生の様子がよく見える。
「じゃあまず、手の上で雲をつくってみてください。作り方がわからない人はわかる人に聞いて」
ってかお前、先生、何も仕事やってねぇじゃねぇか! 仕事ほん投げただけだよこの人。
脳内で突っ込みを炸裂させていると、光が両手を皿のようにして集中し始めた。俺は目を皿のようにした。
だんだん、光の手の上、二十㎤くらいが曇ってきたんだ。
「光……」
「しっ。もうちょっとだから」
小さな声で言った光は、五、六秒後に完璧な雲を出現させた。
「すげぇ」
思わずそう呟くと、光は嬉しそうに微笑んだ。
「これくらいは朝飯前ってもんよ!」
そんな光を見ながら、俺は考えた。そういえば、雲って、水分でできてるんだよな? でも水を操るのは水氷の民じゃないのか?
俺はその疑問を口にしてみた。光は肩を竦めた。
「そんな細かく考えたことなかった。先生に聞いてみようぜ」
そして先生を呼び止め(先生はまず、光の手の上に浮きっぱなしだった雲を褒めた)聞いてみた。
「詳しいことはわかっていないけど、重複している能力もあるんだ。例えば、天候を操れるのは雨出の民だけ。でも、降ってきた雨は水だから、水氷の民にも操れる。でももちろんそれは、雨だから、雨出の民も操れる。こんな具合にね。ちなみに、雪や雹は完全に雨出の民の分野だよ。水氷の民では操れない」
さすが先生、知識だけは豊富である。
「そういえば、君は新入りだね。早乙女に能力の操り方を教えてもらいなさい」
「はい」
光が俺に向き直り、自身の雲をふっと消し、指導を始めた。
「集中が一番だな。初めのころは一点に集中しないと難しいから、手を使うんだ」
そういうことだったのか。
「さっきのおれと同じようにしてやってごらん。で、雲よ出来ろ、みたいに念じるんだ」
熱心に教えてくれる光には悪いが、俺は民じゃないんだ。でも、何も言わずにとりあえず念じてみた。
雲ができますよーに。
もちろん、何も起こらない。今度は深呼吸しながら念じてみる。蛍光灯の光を反射したのか、胸のペンダントが光った気がした。
「あちゃあ。こりゃもう少し訓練が必要そうだな。でも、大丈夫だよ! 絶対に操れるようになるから」
光はぽんぽんと俺の肩を叩き、俺に元気を出させようと無理に笑って見せた。
「そうだな。頑張るよ」
……棒読みになっていないことを祈る。




