十八 食前の祈り
「はぁい、静かに~」
マイクを通した立花先生の気のない声が長細い食堂に響いた。食堂は自由席のようで、わいわいがやがやと煩い。南北に長い食堂の中には三列長机とイスがずらりと並び、出入り口は北と西に一つずつ。東はバイキング形式で食べ物が山盛りに並んでいて、南にはステージがある。ステージ脇に、俺たち三人は隠れている。今は食事が始まる直前。ステージに立った立花先生がまた声を出した。
「転校生だよ~」
その瞬間、水をうったように食堂が静かになり、今度は違う話題にもちきりになった。
「やったね! 何クラスかな?」
「女の子? かわいくねーとやだぁ」
「男の子だよ、きっと。かっこいいといいなぁ」
さっきよりも全然うるさくねぇか? まぁ、民はそんなに多くないと思うから、転校生は少ないのだろうけど。と、立花先生が俺たちにステージに出るよう合図した。
俺を先頭に琳、翡翠という順番でステージに出て、前を向く。中学一年生から高校3年生まで全校生徒が集結しているとだけあって、視線が突き刺さってくる。茶髪、黒髪、少しの白髪……みんなちゃんと身体特徴が合致している。誰かが歓声をあげようとして、隣の奴に諌められた。食堂はしんとしている。
「じゃあ、自己紹介ね。名前、年齢、戦闘クラス、民、フリーワード。はい」
俺は立花先生からマイクを渡された。度重なる転校で、自己紹介には慣れている。
「神代匡輝、十七歳。Iクラスの雨出の民。よろしく」
俺は隣の琳にマイクを渡した。
「神代琳祢、十五歳です。Bクラスの火地の民。よろしくね」
琳が翡翠にマイクを渡した。翡翠は不思議そうにそれをもち、俺たちがしていたのを真似て話した。
「神代翡翠、十七歳です。Aクラスの水氷の民です。よろしくお願いします」
そして俺たちはそろって頭を下げた。
「うおおおお!!」
「美人&可愛い子ちゃん到来!」
「かっこよすぎじゃない、あれ?!」
「彼女とかいるのかな?」
食堂は大騒ぎになった。立ち上がる人までいる。俺たちは困って顔を見あわせた。
立花先生はにこにこしながらその光景を見て、翡翠からマイクを受け取り、言った。
「一緒に昼食を食べたい人ー」
はぁい、と怒号のような声があがり、ほぼ全員が手を挙げる。
「はーい、じゃあ杉山の隣ね」
手を挙げなかった少数の一人、遥を指差し、立花先生が言った。え、え? というように慌てている遥が何とも可笑しい。遥の両脇には男子がひしめいていたが、嬉しそうだ。まぁな。琳は可愛いし、翡翠は美人だからな。遥も美人だし……ってか美形多くね? 俺の周り。
「えぇ~」
あからさまにがっかりする人もいれば、ちぇっ、て感じで俯く人もいる。つーか立花先生、あんた初めから遥の隣に座らせようと決めてたろ。反応見て楽しみたかっただけだろ。
「ほら、行った行った」
おまけに急いで遥の方向へ進まされた。
「そこの長机一個出して、あ、イスもね、で座って」
俺は長机を持ち、琳が俺の分のイスも持って(翡翠も一個持って)俺たちはやっと席に座った。
遥の左隣の男子が琳に微笑みかけた。琳もぎこちなく返した。
「じゃあ、食前の祈りを捧げましょう」
食前の祈り? 何だそれ、と困惑していると、遥がいきなり立ち上がった。さらに遥の右隣(翡翠の左隣)のゴツイ大男も立ち上がった。そして、二列離れた場所に座っていた小さな男の子も。
「火地の民を代表して、火地の神へ」
大男(火地の民のイメージまんまである)が逞しく言うと、茶髪の人たちが全員頭を垂れた。琳も慌ててそれに続いた。代表者の声の合図で頭を下げればいいのか?
「水氷の民を代表して、水氷の神へ」
小さな男の子はまだ高い声でそう言った。白髪、黒髪の人がまた頭を垂れる。翡翠も落ち着いてそうした。
「雨出の民を代表して、雨出の神へ」
遥が言う。俺は別段何も祈らずに頭を下げた。いや、いきなり信じてもいないものに祈れと言われても無理だと思う。
いち、に、さん。
みんなが頭を上げた。
「じゃあ昼食ね。どうぞ」
同じように頭を下げていた立花先生が号令をかけ、みんながバイキングに殺到――
「ねぇねぇ、琳祢ちゃんだっけ?」
「翡翠ちゃん、おトモダチになろーよ」
「匡輝くんって彼女いるの? どんなタイプが好み?」
せずに、俺たち転校生に殺到した。
慌てて対応しようとするものの、なにせ質問の数が多くて何を聞かれているのかわからない。
「ちょっと」
そこに遥の声が響いた。みんなが一斉に遥の方を向く。遥は冷静に、取ってきたスパゲティとサラダをテーブルに置き、腰に手を当てて言った。
「うるさいし邪魔だから集まらないで。後にしてよ。今はごはんの時間」
するとどうだろう、みんなすごすごとバイキングに向かい始めた。遥の言葉は強力だ。
俺たちも立ち上がり、遥に、
「ありがとな、助けてくれて」
と言った。遥は、
「別に助けたわけじゃないけど? 本当に邪魔だっただけよ」
と言い、サラダを頬張り始めた。こういうところは相変わらずだな。俺は少し微笑み、遥の頭をぽんと叩くと食事を取りに向かった。
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その後、俺たちが質問に全て答えてまた校舎や先生を案内され、夕方になって部屋に戻ってきたときにはさらにくたくただったことは言うまでもない。
ベッドに大の字になった琳を温かい眼で見ている翡翠が、口を開いた。
「みんな、いい人そうね」
「うーん、まぁまぁな。でも何かあったらすぐ言えよ」
俺は心配性なのかもしれない。でもやっぱり二人のことを俺が守らなきゃと思ってしまう。
すると、鍵を閉めていなかったドアがばんっと開いた。琳ががばっと起き上がる。
「何、何?」
そこには、大荷物をバッグに詰めた遥が立っていた。
「どうしたんだ?」
俺が少し気圧されつつ聞くと、遥は少し血走った目で、
「わたし、これからこの部屋で暮らすから。立花先生に許可ももらったの」
と言い、ただ一つ空いていたベッドにどんと荷物を置いた。
「どうして?」
そのとき一瞬遥が赤くなった気がしたのは気のせいだろうか。
「あんたたちが健全な生活を送るよう監視する為よ!」
け、健全な生活?!
「いや、何想像してんだ? 第一俺たち家族だし……」
「家族と言えども女は女、男は男。異性同士の共同部屋は、この雨出の民生徒代表、杉山遥が認めません!」
どんな理屈だ。
遥は言い切ってすぐに荷物をばらしはじめた。もう言うことはないようだ。俺たちが同じ部屋だということは、質問されていたときに盗み聞きしたんだろう。
こうして、俺の――俺たちの、SNA生活がスタートした。




