十七 ただの人間
「私、自信ないわ」
立花先生は、次に翡翠を指名した。直感で弓を選んだ翡翠は、無気力そうに弓と矢を持った手を下ろし、困ったような顔で遥を見つめている。対して遥は、無表情で右手に持った銃を構えている。左手に持っていた銃は太もものホルスターに入れたようだ。
「遥ー、手加減してあげてー!」
琳が叫んだ。遥は琳をちらりと見たけど、無表情のまま翡翠に視線を戻した。琳がぶつぶつと隣の席で不満そうに何か呟いている。でも、遥は銃1つだけで行こうとしている分、手加減はしているのだろう。
翡翠は、運動神経が悪い。ボールを蹴っても反対方向に行ってしまうし、足も遅い。ただ、頭はとてもいい。計算はすさまじく早く、人よりいくつも先を見て行動している。まあ、鏑木先生たちに襲われたときはただ俺のことだけを考えて行動してしまったんだろうけど。
「よし、始めよう、翡翠」
遥が声をかけると、翡翠もおそるおそる弓を構えた。なぜ弓を射る方法を知っているのだろう。やっぱり天性の才能でわかるのだろうか? それとも、過去に弓を射ったことがあるのだろうか?
「ええ……」
遥は翡翠を中心として、同心円状に走り出した。弓で狙いをつけられないためだろう。翡翠はおろおろしている。
案の定、翡翠が撃たれた。痛い、と呟き、彼女の動きは止まる。
「頑張れ、翡翠ー!」
琳が声をかけても、翡翠は動かない。そこに遥が容赦なくビービー弾を撃っていく。
「もう、やめろよ」
俺は言った。でも学園長はストップをかけない。俺たちがあまりの光景に立ちあがった、その時だった。
翡翠がまっすぐ立ち上がり、矢を持った右手をさっと上げる。すると桶から水が浮き上がり、遥に向かっていった。まるで弾丸のように。
遥は驚き、走って避けようと――すると、翡翠が弓を構えて、水に気を取られている遥に狙いを定め、射った。遥が飛んでくる矢に気づいた時にはもう遅い。矢の先は尖ってはいないが、ある程度痛いはずだ。琳が両手で目を覆った。矢は、また飛んできた水と一緒になり、加速した。
その矢は、遥の右手に持った銃を、貫いた。貫かれた銃が氷に包まれる。
遥が銃を放すと、ぱっとそのすべてが砕け散った。
「はい、OK~! すごいよ、翡翠ちゃん。修業なくして能力をつかえるなんて」
「いえいえ、そんな……なんとなく、こうすればいいのではと感じて」
翡翠が弓を両手で前にもち、恥ずかしそうにはにかんだ。
「大丈夫、遥?」
翡翠が遥に話しかけた。遥はがくがくと首を縦に振り、
「う、うん」
と生返事を返した。そして武器庫から新しい銃を取りに歩いて行った。
「じゃ、最後に匡輝行こうか」
立花先生が何もなかったように言う。
その態度にかちんときてしまった。
フィールドに降り、弓を片づけた翡翠とバトンタッチをしてから、俺は学園長たちに向き直り、言った。
「何で止めなかったんですか?」
翡翠があれだけ痛い思いをしていたのに。能力が発動しなければ、ずっとされるがままだったはずだ。
「彼女の能力を確かめるためだよ」
「何でそんな危険なことを?」
立花先生がはぁ、とため息をついた。
「Lovelessが起こした火事のとき、翡翠ちゃんが水圧を強くしただろう? それを見てたから、もう能力が使えるんじゃないかって思ったんだ」
俺は立花先生を一瞬睨み、胸のペンダントを握った。これは母さんの形見。Kamishiro、と彫ってあるプラチナのネームプレートだ。両親の婚約の証だったらしいが、父さんがくれた。いつも肌身離さずつけている。たまにこうやって、気分を落ち着けたり、昔を思い出したりする。これがあると、安心できる。
「俺は遥と戦いません」
「何でだい?」
「必要ないからです。クラスなんかビリでいい。どうせ俺は黒髪黒眼の、民じゃない、普通の人間なんだから」
俺は、琳や翡翠、遥とは違う。判断方法と合った身体特徴もないし、怒ったら自然現象に異変が起こるとかいうこともない(心から怒ったことは……あるっけ?)。きっと民ではないんだ。
学園長の眉がぴくりと動いた。立花先生が呆れたようにまたため息をつく。そしてマイクをきり、2人でなにやら話し始めた。しばらく待ってから、俺たちに向き直り、今度は学園長が口を開いた。
「いいわ。それがあなたの意思ならば。最終決定を下します」
学園長がぴしっと琳を指差した。
「神代琳祢。あなたは火地の民。握力が強く、身体特徴も合致してる。それにスピードもあるから、力とスピード、二つの戦闘能力に特化したタイプ。稀よ。選抜クラス、AからJクラスまでのうち、Bクラスに入れるわ。高い戦闘能力が評価された結果よ。能力を開花させもっと修業を積めば、選抜クラスも夢ではないわ」
琳を振り返って見てみると、嬉しそうに微笑み、大きな声ではい、と返事をした。
学園長は次に、翡翠を指差した。
「神代翡翠。あなたは水氷の民。思考回路が非常に正確で速く、身体特徴も合致してる。また、クラスはAクラス。能力を完全に使いこなせるようになれば、あなたは選抜クラス確実ね」
翡翠も緊張した様子のまま少し微笑み、大きく頷いた。
俺は先生に向き直り、しゃんと立った。次は俺の番だ。
「神代匡輝。あなたは、最も稀なケース。前例がないわ」
俺は自然とごくり、と唾を呑みこんでいた。
「力、思考、スピードの三つの戦闘能力に特化している、最高の身体をもっている。ただ、あなたは身体特徴が合致せず、さらに戦闘能力測定も受けなかった。ここから導けるのは、あなたは民としての超能力を親から受け継いでいないということよ」
ほら、来た。
第一、父さんは普通の日本人だ。民なんかじゃない。母さんだって、写真でしか見たことないけど、普通の日本人に見える。戦闘能力なんて、きっとたまたまだ。
ここまで事情を知ったのに。俺だけ、ただの人間なんだな。
少し、悔しかった。
「本当は超能力をもった者でないと、この学園には入れられないの」
そこで一度学園長は言葉をきり、続けた。
「でもあなたは二人の大切なお兄さんですもの、特例にするわ。でも残念だけれど、戦闘能力のベース値しかわからないから、Iクラスね。この学園では、あなたの身体特徴の黒髪によって、雨出の民として暮らしてもらうわ。目はコンタクトということで通して」
ビリのJクラスじゃないところにまた悔しさを感じる。情けのつもりか。
「わかりました。ありがとうございます」
それでも俺はまっすぐ先生たちを見つめ、頷いた。
「杉山遥。あなたは選抜クラス続行」
「はい」
いつの間にか俺の隣に来ていた遥が返事をし、学園長はもう用は終わったかのように裏へ消えて行った。
遥、選抜クラスだったのか。通りで余裕なはずだ。能力も確かに使っていなかった。
立花先生が降りてきた。
「よし、これで君達は本当にSNAの一員だ。さあ行こう、まだ案内したいところはたくさんある」
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広い校舎を次々と案内され、俺たちは昼食の時間をへとへとな状態で迎えた。
「やったぁ、ごはんだ!」
「あ、もうちょっと待ってね。着替えてもらうから」
「制服にですか?」
「うん」
そうして連れてこられた更衣室。男子更衣室と女子更衣室に分かれ、俺たちは着替えはじめた。
白いワイシャツに袖を通し、紺色のズボンを履く。そして灰色に黒で線が入ったネクタイを悪戦苦闘しながら締め(前に一度、父さんに興味本位で教えてもらったことがある)ブレザーを羽織った。
鏡を見てみた。うーん、ネクタイ、曲がってる。
なんとか直すと、なかなか様になっているように見えた。
おっとっと、忘れるところだった。右肩に、その人の民の種類を示すバッジをつけるんだった。ペットボトルの蓋より二、三まわり小さい、盾の形をしたものだ。
火地の民は緑、水氷の民は青、雨出の民は紅である。
俺は右肩に紅いバッジをつけ、更衣室を後にした。




