十三 民の判別法
「はい、ここで待っていてくださいね」
ほくろが多いナイスバディの保健の先生にここで待つように言われ、俺はどっかと長椅子に腰かけた。隣にちょこんと琳も座る。翡翠はきょろきょろ興味深そうに周りを見回している。
「やった、新しい学校だ。お友達、できるかな?」
「大丈夫だよ」
俺は優しく言った。琳が嬉しそうに微笑んだ。
待合室は小さくて、長椅子とテレビと観葉植物くらいしかない殺風景なものである。保健室の隣にある部屋だ。今頃、あの保健の先生は身体測定の準備をしているのだろう。立花先生は長椅子に横になっている。どこまで自由なんだこの人は。あ、ちなみに遥は帰った。なんでも授業があるそうで。
『ようこそ、SNAへ!』
テレビにはSNAの紹介が映っている。俺たちはしまいに食い入るように見ていた。
『民の判別法。火地の民は、力が強く、茶髪で瞳が黄緑色をしています。黄緑色が鮮やかなほど能力値が高いと言われています』
ぴくっと全員が動いた。琳を見ると、びっくりしたように口をうっすら開けていた。彼女の瞳は、かなり鮮やかな黄緑色だ。
『感情の起伏が激しく、マイペースな人が多いです。体の発育は小さいか大きいか極端です。怒ると地震が起きたりするので、注意が必要です』
……ぴったりである。琳は、火地の民なのか。
『水氷の民は、白髪で、青い瞳をもっています。しかし目立つため、染める人が多いです。瞳が鮮やかな青であるほど能力値が高いと言われます。温厚で真面目な人が多いです。海沿いに住む人が多かったためLovelessに見つかりやすく、今では希少価値の高い民となっています。非常に頭がいいです』
翡翠。これもぴったりである。つまり翡翠は水氷の民。しかし、髪は染めていない。単に染めなかっただけなのだろうか?
「はい、では神代琳祢さんどうぞ」
「はーい。じゃあ、行ってくるね」
「おう」
琳が気を取り直し、部屋を出て行った。
『雨出の民は、黒髪で、灰色の瞳をもちます。一番日本人に近い民です。雨、曇り、晴れにする力以外の、雷や風を操る力をもつ人は瞳に紅い線が入っています。紅い線の無い人はどんなに修業をしても習得することができません。しかし、その紅い線をもつ人は少なく、三種の民の中で最弱と言われています。ただスピードが速いため、戦闘では役立ちます。自分をしっかりもった人が多いです』
雨、晴れ、曇りに天候を変えるだけの力なら、それは弱いはずだ。雷や風を操るのは高度な技なんだな。遥は雨出の民かぁ……そういえば、遥は瞳に紅い線が入っている。よくそれを気にしてたっけ。
ん?
黒髪に灰色の瞳、といえば……。
カズ!
カズも、まさか民なのか?
「次、神代翡翠さん、どうぞ」
「はい。行ってくるわね」
「おう」
そして翡翠も出て行った。あとには立花先生と俺だけが残った。
「西村くんも、民ですよね?」
俺は立花先生に意気込んで聞いた。どうせまた、起きてるんだろ。
「ああ、一也? そうだよ、彼も民だ。雨出のね」
「彼はどこにいるんですか?」
「この学園にいるけど……彼は、怪我をしてる」
「何で?!」
立花先生が、寝たままぐっと拳に力を込めた。
「僕の力が、足りなかったんだよ。正体不明の生命体――僕たちはSSと呼ぶんだけど――と十対一人なんて、今までなかったし。君たちを助ける前、琳祢ちゃんを助けた後に僕はまず一也の家に向かった。そしたら、彼は連れ去られそうになっていて。僕も必死に応戦したんだけど、怪我させちゃって」
琳から立花先生に誘拐されたことは寝る前に聞いていたから、話についていけた。なぜ俺たちのところには生身の人間で、カズのところにはSSなのだろう? とはいえ、あの頑丈なカズが、怪我。
「ひどい怪我ですか?」
「少しね。でも、民の回復力なら三日せずともよくなるよ。そしたら、また会わせられる」
俺たちは少し黙った。不思議と、カズを完全には助けられなかった立花先生に憤りは感じなかった。
そして俺は、話題を変えるためにもずっと気になっていたことを聞いてみた。
「どうして俺たちの存在に気づいたんですか?」
いくらこのような特徴があるからと言えども、日本全国は広い。どうやって存在を知ったのだろう。
「だいたい一つの市、または区に一人のペースで民の先生がいるんだ。その人にタレこんでもらったわけ。琳祢ちゃんの中学の先生なんだけどね。琳祢ちゃんから聞いたんだって、兄と従姉がいることを。それからその兄と従姉が民か調べに、僕が派遣されてきたってわけ。民かを調べ、この学園に嚮導する。そんな僕みたいな人を嚮導係と言うんだ。これでもこの学園では選抜クラスだったんだからね」
立花先生がしっかりとした声で答えた。なるほど。これで辻褄が合う。
「Lovelessがここまで早く嗅ぎつけるとは思わなかったけどね。まあ、救えてよかった」
あ。そういえば、お礼を言っていなかった。
「助けてくれて、ありがとうございました」
「やだなぁ、照れくさい。僕、そういうの苦手なんだよね」
でも、声は割と嬉しそうだった。
「そういえば、立花先生って水氷の民なんですよね? どうして黒髪茶目なんですか?」
立花先生は日本人っぽい外見をしている。SNA紹介のビデオによると、水氷の民は白髪に青眼のはずだ。
「髪は染めた。目はカラーコンタクトだよ。あの、スレイプニル社の」
スレイプニル社とは、日本で有数の医療関係の大企業である。インフルエンザの全く副作用の出ない新薬や、替えなくても視力が落ちない、水に入っても激しい運動をしても絶対にとれない、ずっとつけていられるコンタクトなど、夢のようなものを次々と編み出している。何年か前からあるけど、そのときから大注目されていた。海外からも。みんなスレイプニル社と聞けば安心する。安心・安全・低価格のすげぇ会社だ。その反面、いろいろなボランティアや募金もしている。もうこの世界にはかかせない。
立花先生はかったるそうに起き上がり、目をいじった。終わって顔をあげると、目には鮮やかな青の瞳が納まっていた。
「ね?」
「本当ですね。しかも、立花先生は力が強いんじゃないですか?」
「まあね。水源や空気から水分を取り出す技は、修業しても習得できない人が多い。ある程度目が鮮やかじゃなきゃダメなんだ」
「何で目の色と超能力の強さが連動しているんですか?」
立花先生はへらへらと笑った。
「僕に聞かないでくれよ。知ーらない。実験してるLovelessにでも聞けば?」
そっけない人である。それは俺に死ねと言っているのか。俺が内心いらっとしていると、
「今度は僕から質問してもいいかい?」
立花先生が、真剣な声で言った。俺は立花先生を見た。もう瞳は茶色かった。
「何ですか?」
「君たちは、本当に家族なのかい?」
ぎくり。
「どうしてそう思うんですか?」
「翡翠ちゃんも琳祢ちゃんも違う民だろう? だから不思議に思って。違う民同士が親類にたまたまいただけかな? 民の特徴と能力っていうのは、親から遺伝するんだ。たまに受け継がない子もいるけどね」
ここは、素直に言った方がいいのだろうか。でも、まだ翡翠の記憶喪失は言いたくない。まだ完全に信じられない人たちには、言わない方がいいのではないか、と思ったんだ。
「確かに、俺と琳は違います。彼女は養子。でも俺と翡翠には血が繋がっています」
「……そうか。民は引き合うと言うからね」
「引き合う?」
「そう。民同士は出会いやすいんだ」
「どうしてですか?」
「知ーらない。運命ってやつじゃないの?」
運命、か。ガラでもねぇや。場はそれきり静かになって、テレビの施設紹介の声だけが部屋に響いていた。
「はい、神代匡輝さん、どうぞ」
「では」
そして俺は逃げるようにその場を去った。




