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十二  オリエンテーション

 立花先生が起こしに来て、俺たちは他の学生の起床時間より少し早めに部屋を出た。オリエンテーションに参加するためだ。本館(学校)に向かい、立花先生、琳、翡翠、俺の四人で歩く。


「ここだよ」


 一階の一番奥にあるその部屋にはオリエンテーション室、という看板が出ていて、電気がついていた。


「入ってごらん」


 言われるがままに中に入ると、もちろんそこには遥がいた。SNAの制服だろうか。白いブラウスに白地に紺のチェックのベスト、紺のブレザーにプリーツが大きめのミニスカート。胸元には大きな白いリボンをしている。なかなかに可愛い制服だった。真っ白のホワイトボードに向かっていた遥がこっちを向くと、琳が、あっと声を上げた。


「何でいるの、遥?!」


「後で匡に聞いて。もう説明し飽きた」


 横結びの髪を更に横に払うと、彼女は立花先生を見、そして最後に入ってきた翡翠を見て動きが止まった。


「誰?」


 ん? 何か声きついぞ?


「この子は翡翠。俺の従妹だ」


「匡に従妹なんていたの?」


「ああ」


 危ねぇ危ねぇ、こいつは俺の家庭の事情をある程度知っているんだった。バレるところだった。


「ふぅん……」


 不満げに鼻を鳴らすと、遥は翡翠の前に立った。


「わたしは杉山遥。匡の昔の高校の先輩。よろしくね」


「よ、よろしくお願いします。神代翡翠です」


「敬語じゃなくていいよ。あと、呼び捨てでいいから」


「あ、はい……じゃなくて、うん」


 いい子そうじゃん、と遥が小さな声で言った。


「へ?」


「ううん、何でもない。さあ、座って」


 遥がホワイトボードの前にある十人がけくらいの大きなテーブルとイスを指差した。部屋の内壁は白く、この部屋にはそのテーブルとホワイトボードしかなかった。ホワイトボードに近い順から琳、翡翠、俺と座って、テーブルを挟んで反対側のイスに立花先生が座った。


「じゃあ、始めるよ」


 そこで遥の態度が変わった。仕事モードである。こいつは切り替えが早い。


「まず、民についてはどこまで知っていますか?」


 マニュアル通りに事を進めるつもりか。立花先生を見ると、おいおい、イスに浅く腰掛けて寝始めている。遥も一瞬立花先生を睨みつけた。けど何も言わなかった。


「ああ。火地の民、水氷の民、雨出の民、の三種があるんだろ?」


「力の内容についても聞いたよ」


「そう。じゃあ、みんなが何の民かは後で検査するから置いといて……」


 遥はホワイトボードに歴史と書いた。


「民の起源ははっきりとはわかっていません。力をなぜもったのかも。ただ、同じ力をもつ者は元をたどると同じ人物の子孫だということになっています」


 そして遥は、神、と書いた。


「神の子孫。わたしたち民は神を崇めています。その神の力を受け継いだわけだから。民が信じる神は三者。火地――大地を司る神、水氷――水を司る神、雨出――天象を司る神。それぞれの民が、それぞれの神をもち、崇めています」


 ……聞いてりゃ宗教みてぇなもんじゃねぇか。え、何、宗教徒の学園なのここ。

 翡翠を見ると、へぇ、という顔をして遥を見つめていた。琳も信じ込んでるみたいだ。素直すぎるだろ。


「証拠は?」


 俺は軽く手をあげ言った。遥が肩を竦めた。


「ない。わたしたちはただ神の存在を信じて崇めることしかできていない」


「信じれば救われるってやつか?」


 俺が鼻を鳴らすと、立花先生が目を開けた。


「まあそうだね。信じた方が支えになるじゃん。別に信じてない人もいるけどね。僕みたいに」


 そしてまた目を閉じた。この人、聞いてたのか。つーか起きてたのか。


「はぁ……とにかく、神はいます! 今もわたしたちを見守ってくれているの!」


 遥は信じているようだ。みんな純粋である。


「ふぅん。で?」


 俺はそっけなく先を促した。これ以上深入りすると俺まで毒されそうだ。

 俺は神なんか信じない。自分の目で確かめない限り。


「もう……個々の民は元は一つずつで暮らしていました。しかし、仲違いや駆け落ちなどで分家していきました。そして、民はばらばらになっていったのです。たまに集落などもありますが、それは珍しい例です。そのうちに、民であることを隠す人などが出始め、ほとんどの子孫たちが自分が民であることを知らない状況が作り出されてしまいまいた」


「君たちは分家した例だと思うよー」


 と目を瞑ったまま立花先生が言った。……もうツっこまんぞ。


「そんな中、何年か前に、Lovelessが現れました」


 少し、遥の声が震えた。


「Lovelessは民を次々とさらい、何らかの実験をしている模様です。しかし何らかの実験とは未だ解明されていません。それを解明するため、またその組織をつぶすため、わたしたちはこの学園で日々学業と戦闘能力向上に勤しんでいます」


「戦闘、って何? 第一、法律かなんかで禁止されてるんじゃない?」


 琳が言うと、遥が琳を見た。


「言葉通り、戦いのこと。法律なんて気にしないで。あっちが送ってくるのは正体不明の生命体か、遠隔操作の精巧なロボット。今まで警察につかまった生徒は一人もいないよ。第一、正当防衛」


「でも、命あるものを殺すんでしょ? 学校でダメって言ってたよ」


「こっちの命も危ないのに、そんなこと言ってられないでしょ? まずね、それは殺すと影になって消えるの」


「でも、ダメだよ!」


 イイ、と二人はにらみ合っている。あーあ、始まった。


「二人ともやめろよ。喧嘩は後。オリエンはどうした?」


「ふんっ。覚えてなさいよ琳。絶対納得させてやるんだから」


「それはこっちのセリフだもん」


「うるさい。さて、えーっと……民は戦闘能力にも長けてるってことは言ったっけ?」


「いいえ」


 翡翠が言うと、遥はホワイトボードに戦闘と書いた。


「民は、力、スピード、思考、回復力などの戦闘能力が通常の人間よりもずっと高いです。特に、火地の民は力、水氷の民は思考、雨出の民はスピードが。稀に2つくらい特化している人もいますが、それは本当に稀です。そして、民は個々に戦闘道具の適性があります。剣、弓、銃、素手、投擲など。ちなみにわたしは銃を使うよ。みんなも後で適性調べるから」


 そこからは、この学園の事務的な事だった。全校生徒は三〇〇人程度。ここへの転校願いは学校側から出す、部活動は掛け持ち禁止、許可なく能力を使うことは禁止、消灯後は学校をうろつかない(寮ならよし)、携帯の持ちこみOK、ただし保護者など他人を勝手に学園に呼んではいけない。ここは普通の学園ということになっているから、保護者にも本当のことを明かしてはいけないし、安全のため許可なく学園から出ることも禁止。ちなみに、この学園は頭と戦闘能力が良い人順に年齢関係なく順位がつけられ、順位が良い人は選抜クラスというものに入れるらしい。入ると将来この学園の教師の座が約束され、来る戦いのための精鋭部隊とされるそうだ(つまり、いいことなんて一つもない、ということである)。そんなようなことをもっと言われたけど、忘れた。


「わかった?」


「うん」


「ああ、なんとなくな」


「ええ」


「ご苦労さま、杉山。これでオリエンはおしまい。今から身体測定に入るよ。でもその前に、入学の意思を聞きたい。どうするんだい?」


 立花先生がほぼ俺を見て言った。最終決定権は、どうやら俺にあるらしい。


「みんな、どうする?」


 俺は琳と翡翠を見て言った。


「あたしは、通うよ。こんなこと聞いて、むざむざ家には帰れない。第一、危ないらしいしね」


「私も、琳と同じ。あんな目には、もう遭いたくないもの。それに、何だかわくわくするわ」


 決意した2人。

 俺はまだはっきり決められない。せっかく羽風高に転校して、仲間ができたっていうのに。

 カズ。

 じゃあな、も何も言わないで、別れてしまった。このまま、二度と会えないのか? そんなの嫌だ。昨日の琳じゃねぇけど、あいつとは離れたくない。もっと一緒の、思い出を作りたかった。

 でも、こんな大きな事実――秘密組織と秘密学園、民の存在――を知ってしまった以上、もう後戻りはできない。


「とりあえず通います。でも、あんまり信用ならないようなら出ていきます。これでもいいですか?」


 俺も決心して、まっすぐに立花先生を見て言った。先生が満足げに笑った。


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