十 超能力、ですか? Ⅱ
「なぜ、わかっていないのですか?」
翡翠が小さな声で聞いた。まるで、返ってくる答えを怖がるかのように。
「彼らに連れ去られた人は、二度と戻ってこないからよ。情報を集めるにも、方法がないの」
平然と言ってのけたが、これは重大事項だ。
「捜索願は?」
琳が言うと、学園長は一瞬顔を曇らせた。
「出せないわ。この学園自体表向きはただの学園。まあ、軍事用の人材を教育する学園というのを裏の顔として政府に知らせてはいるけれど、それは政府の重要幹部しか知らないわ。だから銃や剣などの銃刀法違反にはならないようにしてる。軍事用の人材なんて、志望者しか送っていないのだけれど。そうそう、民のことも、重要幹部にしか知らせないよう契約してあるの。ただ警察はこれを知らない。だから裏の活動を示す捜索願は出しにくいの。それに、ある組織が警察かもしれないという疑念もある。誰も信じられない状況なのよ」
俺たちは黙った。学園長がふふっと笑った。
「そんなにしんみりしないで。わたしたちも負けていないのよ。立ち向かうための人材育成もしているって、さっき言ったわよね?」
「それはどういうことですか?」
学園長と佐藤先生が、一瞬視線を交わしたのを俺は見逃さなかった。
「これはあまり言いたくなかったのだけれど……」
「ちゃんと説明するんじゃなかったんですか?」
俺が少し尖った声を出すと、学園長は決心したように唇を湿らせて答えた。
「立ち向かうというと語弊があるけれど、実はわたしたちは、最終的にその組織をつぶすことを目標としているの。これだけのことをされて黙ってはいられないわ。今までのなけなしの調べの結果、Lovelessは、民たちの研究をしているみたいなの」
「それだとそんなに悪そうに聞こえませんね。表向きは研究。でも、人体を実験台にしている、悪い研究、とでもいえばいいのかな?」
佐藤先生が補足した。人体実験。
「どんな実験なんですか?」
「わかっていないわ」
学園長がはっきり言い切って、俺はそれ以上食い下がれなかった。
あの眼。何か、隠している眼だ。
「戦闘能力を高める教育。後にわたしたちとLovelessへ立ち向かえる力をもつ者。それを育成しているの」
「せ、戦闘?」
翡翠が言うと、学園長はそう、と首を縦に振った。
「彼らはたいてい、正体不明の生命体をつかって民をさらおうとするわ」
「まあ、君達が今日会ったあいつらは生身の人間だけどね」
「でもそれは限られた場合だけよ。たいていはモノを寄越すの。それを倒さなければ――その大元を絶たなければ、民の未来はないわ」
重苦しい話になってきたなぁ、とのんびり琳が呟いた。
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「あら、もうこんな時間ね」
学園長は壁にかかったアンティークの時計を見やり、呟いた。もう十二時を大きく越えている。琳を見ると、目がとろんとしていた。翡翠も欠伸を噛み殺している。俺だってちょっと眠い。
「今日はここで終わりにしましょうか」
「でも、まだ聞きたいことが山ほど……」
「明日オリエンテーションをやるわ。今日はもう寝なさい。そこで、部屋なのだけれど……どこが空いていたかしら、立花くん?」
「立花?」
佐藤先生がいたずらっぽく微笑んだ。
「佐藤は偽名。僕の名前は立花真哉だよ。ちなみに、華の二十代」
いや、見てわかります。つーか偽名で先生やってんのか、あんたは。
「何それ、わたしへのあてつけ?」
「過敏なだけじゃないですか? あのね、こう見えても長谷川学園長は五十歳を超えているんだよ」
「ええっ!」
全く見えない!ドモホ○ンリン○ルでも使ってるのか? いや、それ使ってもここまで若くは見えないだろ!?
「あ、言ったわね。あなた減給よ」
低い声で学園長が言うと、立花先生はへらへらと笑った。
「ごめんなさーい。えっと、寮の説明だね。寮は男女別。建物の二、四階が女子、三、五階が男子だ。二、三階は中学生、四、五階は高校生だよ」
じゃあ……俺たちは別々になるってことか。わからないことは多いけど、とりあえず今日はここに泊まるしかない。あれだけ危険な目にあったし、帰り方もわからない。琳も翡翠も疲れているだろう。
「匡輝はどっかの部屋に放り込もう。あ、翡翠ちゃんと琳祢ちゃんの部屋はちゃんとあるからね」
なんか俺の扱いひどくないか?! 俺だけ呼び捨てだし!
「嫌です!」
すると、琳が大きな声を出した。俺に近づき、服の裾を掴む。
「一緒のお部屋にしてください……」
あーあ、出た。琳と俺は何をするにもほとんど一緒だった。今までほぼ二人で暮らしてきたようなものだ。琳は修学旅行のときも行くのを渋ったくらい。彼女は詳しく理由を言わないからよくわからないけど。
「わがまま言うなよ。何でそんなこと言うんだ?」
俺はわざと突き放すように言った。琳がより強く俺の服の裾を掴み、少し頬を赤らめた。
「べ、別に寂しいとかじゃないんだからねっ。お兄ちゃんはあたしがいないとだめだから、一緒にいるって言ってあげてるだけだもん。感謝してよねっ」
俺は一人でも平気である。ったく、琳には何の思惑があるんだか。
「あーあ、君はずいぶんお兄ちゃんっ子なんだねぇ」
立花先生が呆れたように言って、学園長を見た。二人は見つめ合っていた。困っているんだろう。
「あ、いいですから、気にしなくて。琳、翡翠がいるんだ、大丈夫だろ?」
「ダメなの。一緒じゃなきゃ」
「はいはい、可愛い子の言うことは聞きますよ。一階にもう一つ空き部屋がある。四人部屋だけど、二人で使いなさい」
立花先生が優しく言って、俺ははっと顔をあげた。代わりに琳は飛び跳ねて喜ぶ。
「やったぁ!」
「いいんですか?」
「構わないよ。卒業生が使っていた部屋だ、どうせ誰も気にしないよ。ね、学園長?」
「ええ」
二人とも優しい顔つきをしている。
「あの……」
そこで翡翠が弱弱しい声を出した。
「私は、一人ですか?」
「おや、翡翠ちゃんも従兄と一緒がいいのかい?」
翡翠の顔がさっと赤くなる。
「そ、そういうわけでは……」
「あ、立花先生。翡翠も一緒にしてください」
俺は頭を下げた。記憶喪失の彼女が知らない人たちの共同部屋はあまりにもキツすぎるだろう。
「ずるいなぁ、匡輝。こんな美少女達に囲まれて寝るとは」
「何言ってるんですか!」
言い方が悪い! また立花先生がへらへらと笑った。
「ま、いいじゃん。さぁ、行こうか。パジャマは悪いけどない。でもこれから通う学校だ、制服はあるよ」
「まだ、決まったわけじゃありません」
こんなよくわかんねぇ学園に、二人を置けるか。まだ全容が明らかになっていない以上、心からこの人たちを信じるわけにはいかないんだ。俺が、二人を守らなければならないんだ。
立花先生はけらけらと笑った。学園長も微笑んだ。
「いいわ。決断はあなたたちに任せる。ただこれだけは覚えておいて。あなたたちは危険よ。いろいろな意味で」
「は?」
学園長はそれ以上何も言わず、書類に目を通し始めた。立花先生が行こうか、と言い、俺たちは部屋を出た。多くの疑問を残したまま。




