ヌヴェル08 雨宿り
老爺「それにしても、よく降りますなぁ」
老女「ほんとに」
老爺「天気予報で、雨が降るって言ってましたかなぁ?」
老女「さぁ、どうでしょう?」
老爺と老女が雨宿りをしているのは、古びた民家の数寄屋門。
門に連なる板塀には、“書道教室”と墨書された半紙が貼られている。
老爺「このお家では、書道を教えておられるようですなぁ」
老女「そのようですわね」
老爺「わしの家内も、書道の先生をしておりましてな。それはもう見事な字を書きよります」
老女「そうですか」
老爺「若い頃は、よく手紙をやり取りしてましてな。それはそれは達筆な文字で手紙を寄越しよるんですわ。わしは、親兄弟や友人に自慢しちょりました。あっ、勿論中身は読ませてはおりませんよ。わしと家内だけの秘密ですからな。ハハハ」
老女「仲のよろしいこと」
老爺「ところが、歳を重ねると、亭主関白ちゅうやつですか、それがひどうなって、家内を結構泣かせたものです。こんなことしてたらあかんとは思うんですがな、なんとも・・・」
老女「それで、奥さんは?」
老爺「ある日、こんなことがありました。“愛”ちゅう字が上手く書けん言うて、何枚も何枚も半紙を使こうて、一晩中、書いとったことがね」
老女「それから、奥さんは?」
老爺「なんか、吹っ切れたんか、わしがえらそうなこと言うても上手くあしらうようになりましたわ」
老女「そうですか」
老爺「今でも、家内を愛してますねん。・・・ありゃ、見ず知らずの人に、何を言うてるんやろ」
会話が一区切りついたころ、雨が上がり、雲間から陽ざしが顔をのぞかせた。
そのとき、民家の玄関が開き、数寄屋門の引き戸をカラカラと開けて出てきたのは、その家の嫁のようだ。
嫁 「あら、お父さんに、お母さんも。ここで雨宿りしてはったんですか?」
老女「ええ、出先から戻ってきたら、お父さんがここでね。それで、私も」
老爺「やぁ、雨宿りさせていただき、申し訳ない。ありがとう」
老女「いえ、こちらこそ、久々にあなたの心に雨宿りさせていただきました。ありがとうございました」
互いに笑う老爺と老女の笑顔が、空を一層明るくした。




